俺ガイル 14巻 感想。 『俺ガイル』14巻 感想・考察 だから青春は「本物」を求め続ける

【俺ガイル】「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」第14巻感想 タイトルが回収されたという考察│Mangaism

俺ガイル 14巻 感想

『俺ガイル』14巻(最終巻) 感想・考察 俺ガイル 最新巻 感想 ネタバレ注意 「本物」を追い求める高校生たちの青春を描いた「」が昨年11月に完結を迎えた。 数ヶ月前から少しずつを通して感想を投稿し、ようやくこの作品に対する自分なりの見解が固まってきたため、これまでの総括を交えながら最終巻の感想をブログにまとめていきたい。 それなりに文字量のある記事(7500文字程度)になってはおりますが、興味のある方は是非とも最後までお付き合い頂きたく、宜しくお願いいたします。 <関連記事> ~14巻あらすじ~ まちがい続ける青春模様、シリーズ完結。 季節はまた春を迎えようとしていた。 同じ日々を繰り返しても、常に今日は新しい。 言葉にしなければ伝わらないのに、言葉では足りなくて。 いつだって出した答えはまちがっていて、取り返しがつかないほど歪んでしまった関係は、どうしようもない偽物で。 過ぎ去った季節と、これから来る新しい季節。 まちがい続ける物語が終わり……そしてきっとまだ青春は続いていく。 シリーズ完結巻。 俺ガイル 14巻(最終巻) :本物とは何か さて。 既に書き出しでも述べた通り、『俺ガイル』は "本物"を求める高校生たちの青春模様を描いた物語である。 "ラ"としての側面を持ちながらもその点にブレはなく、「本物」の希求こそが常にこの作品の核心であり続けた。 よって、当然 「本物」とは一体どういうものなのか……というテーマが物語を貫く要旨となってくるわけだが、この抽象的なワードを具体的に定義している内容については第9巻で既にその一端が八幡の台詞を通して描かれている。 八幡の欲した本物 俺はわかってもらいたいんじゃない。 俺はわかりたいのだ。 わかりたい。 知っていたい。 知って安心したい。 安らぎを得ていたい。 わからないことはひどく怖いことだから。 完全に理解したいだなんて、ひどく独善的で、独裁的で、傲慢な願いだ。 本当に浅ましくておぞましい。 そんな願望を抱いている自分が気持ち悪くて仕方がない。 だけど、もしも、もしもお互いがそう思えるのなら。 その醜い自己満足を押しつけ合い、許容できる関係性が存在するのなら。 そんなこと絶対にできないのは知っている。 そんなものに手が届かないのもわかっている。 「それでも……。 それでも、俺は……。 俺は、 " 本物"が欲しい」 (第9巻、アニメ2期8話より) が欲した"本物"とは 「相手のことを完全に理解したい」ということであり、その 「自己満足を押しつけ合い、許容できる関係性」を築くことだった。 「言葉にせずともわかりあえる関係性」が理想の産物だと知りつつも、言葉に裏があるのかどうかを読んでしまうにとって、「話せば何でもわかりあえる」という弁は欺瞞であり曖昧なものである。 だからこそ、たとえ手が届かないとしても、足掻きもがき苦しんで「本物」が欲しいと願ったわけだ。 うわべだけの馴れ合いではない、もっと深いつながりに憧れてしまったから。 この背景が物語の大前提として敷かれている。 そして、この大前提(=作中表現でいうところの 『信念』)は、とが言葉にせずとも確かに共有していたものだった。 「俺には確かな 信念があったのだ。 おそらくは、誰かとたった一つ共有していて。 今はもう失くしてしまった 信念を。 」(第8巻 p. 204より) 俺が見てきた。 常に美しく、誠実で、嘘を吐かず、ともすれば余計なことさえ歯切れよく言ってのける。 寄る辺がなくともその足で立ち続ける。 その姿に。 凍てつく青い炎のように美しく、悲しいまでに儚い立ち姿に。 そんなに。 きっと俺は、憧れていたのだ。 (第5巻 p. より) 八幡と雪乃の強固な"つながり"、がに憧れていたとわかる明確な記述。 こうした背景を元に 「本当の」を知っていく過程が『俺ガイル』の本流にあり、今の自分から "変わりたいと願う雪乃"と "変わることを逃げと評してきた八幡"の対比関係(及び、すれ違い) が中盤以降のストーリーで展開されていく。 八幡「変わるなんてのは結局、現状から逃げるために変わるんだろうが。 逃げてるのはどっちだよ。 本当に逃げてないなら変わらないでそこで踏ん張んだよ。 どうして今の自分や過去の自分を肯定してやれないんだよ」 雪乃「……それじゃあ悩みは解決しないし、誰も救われないじゃない」(第1巻より) 無論、アニメ第1期(原作 第1巻~第6巻)の段階における雪乃自身の「変わりたい」という願望は遠回しにしか語られておらず、序盤で見える雪乃像はあくまでも八幡のフィルターを通した完璧な理想像であったため、物語を通じて変えられていく対象は雪乃以外の人物たちだった。 しかし、巻が進むにつれ、真に変わりたいと願っていたのが雪乃自身だったという事実が浮き彫りになる。 いつか、私を助けてね 第9巻の 「いつか、私を助けてね」の台詞がその決定打となり、終盤の論点ががいかにして変わるのか、あるいはいかにして自立を果たすのかに寄っていたのもおそらくはこのためだと考えて良い。 うわべだけではないお互いを知り、お互いの感情に歩み寄りを図る。 相手への理解を「本物」と定義し、との相互理解を一つのテーマに据える。 俺も、雪ノ下も、お互いのことを知らなかった。 何を持って、知ると呼ぶべきか。 理解していなかった。 ただお互いの在り方だけを見ていればそれで分かったのにな。 大切なものは目に見えないんだ。 つい、目をそらしてしまうから。 俺たちは。 この半年近い期間をかけて、ようやく互いの存在を知ったのだ。 (第6巻 p. 353~354より) 以上の背景より、の想い人がであることは最初から明示されていたと読むのが筋なのかもしれない。 理由や理屈に拠らない、自身の感情で動く八幡と雪乃のラストに物語の集大成があったように思う。 待ち続けたヒロイン とはいえ、それはあくまでも構造上のお話である。 八幡と雪乃の成長ストーリーが軸にあったことは間違いないが、 ラとしての側面を交えればより多くの接点を持っていたのはの方である。 にも関わらず、最初から可能性がゼロで彼女の恋が失恋前提だったと解釈してしまうのは流石に胸が痛むし、個人的にあまり好きな読み方ではない。 はたぶんまちがえない。 彼女だけはずっと正しい答えを見ていた気がする。 (第11巻、アニメ2期13話より) 上述の台詞からもわかるとおり、そもそもこの物語において は「まちがえない」存在として描かれてきた。 の恋 「まちがいラ」の象徴が八幡と雪乃であるならば、彼女は最初から正しい答えを知り、ちゃんとしたやり方を知っていた人物。 そして、ここで言うところの正しい答えとは 「相手の"感情"を推し量ること/理屈ではなく感情(=主観)で動くこと」だと推測ができ、理由を与えられなければ動けない八幡と雪乃のやり方を彼女はずっと傍で見守り待ち続けていたことになる。 だからこそ、「第12巻~第13巻で書かれていた彼女の独白(=「Interlude」)がひどく胸を打つ切ない描写に映ったのだと思う。 「彼女のお願いはもう決まってる。 あたしと同じであたしと反対。 似ているけれど全然違う。 けどもう少しだけこの時間を続けさせてください。 ちゃんと終わらせるから。 そんな彼女が心の片隅で願ったのは「曖昧な時間を続けること」であり、それは当然「本物」ではなく、 雪乃の願い(+物語の目指す場所)とは真逆の願いとなる。 恋も友情も奉仕部として過ごす時間も、その全部が欲しい。 彼女が自身を「ずるい子」と評している理由はそういう欺瞞を求める在り方に自己嫌悪があったからである。 だから、もう少しだけ。 そうやって言い訳をして。 噓をついて。 頑張って笑顔を作る。 ほんとに、ずるくて、嫌な子だ。 (第13巻より) しかし、そういう「感情」の発露こそが彼女の正しさの象徴に他ならず、たった一人で運命に抗おうとした女の子の強さだ。 八幡が「はやさしい女の子だ... そう勝手に決めつけていた。 は強い女の子だ.... そうやって理想を押し付けていた。 (アニメ第2期13話より)」と語っていたが、まさしくその通りだと言って良い。 能動的に何かを待ち続けることの難しさは誰もが理解しているところで、その実現が難しい願いであるのならなおさら切なさが募る。 待っててもどうしようもない人は待たない。 こっちから行くの。 ……なんか、待ってみたかったから (第14巻より) けれど、彼女はただ受け身で構えていたわけでもなく、自ら関わりを持ったうえで八幡たちの答えを待つ選択をした。 奉仕部に入部をしたことも、八幡のやり方を見守り傍で支え続けてきたことも。 確かに彼女が選び、積み上げてきた「今」という時間の結果である。 にとってがかけがえのない大切な存在になったのはこうした「今」の積み重ねがあったからであって、たとえ恋に敗れようともその日々がなくなることは決してない。 の強さ もどかしい「まちがいラ」の中で、誰よりも真っ当に恋の熱を帯びていたの強さ。 彼女がいたからこそこの作品を好きになれた自分がいる。 その点を深く留意したうえで結末を前向きに受け入れていきたいと思う。 がもたらす問題提起 さて。 奉仕部3人の関係を更に深く考えるにあたり、の存在がキーだった点にも触れていく。 の姉であり、雪ノ下家の長女でもある。 彼女がどういう存在で、どんな役割を担っていたのか。 ひとつは、奉仕部の現状について問題提起を行う人物であったという側面が挙げられる。 「自意識の化物」「」「代償行為」などのワードを始め、陽乃の視点は常に "客観"で語られている。 陽乃の示唆はいつも客観 例えば第13巻の骨子は、3人がそれぞれに「」というワードからの脱却を画策する様子に比重があった。 2人のやり方に 素直な 感情はなく、 「からの脱却」という記号を攻略しようとしていたに過ぎないことがわかる展開であった。 しかし、対するは自らの感情に基づき 「少なくとも自分はなんかじゃない」と陽乃の言葉を正面から否定する。 自分の中から湧き出る感情を「」なんて容易い言葉で第にタグ付けされるなんてあってはならないから。 その感情は一言で片付けて良いものでは決してないからである。 もうひとつ気になるのは、陽乃自身が奉仕部の現状を写す鏡であったと思われる点。 言わずもがな、作中においては 停滞や後退のメタファー(=歩みを止めてしまった者)として描かれてきた。 「 あ、勘違いしないでね。 家のことなんて正直どうでもいいのよ? わたしは別に家継ぎたいわけじゃないし」 「こんな結末が、わたしの二十年と同じ価値だなんて、認められないでしょ。 もし、本気で譲れっていうならそれに見合うものを見せてほしいのよね」(第14巻より) ちゃんと決着つけないと、ずっと燻るよ。 いつまでたっても終わらない。 わたしが二十年そうやって騙し騙しやってきたからよくわかる……。 そんな偽物みたいな人生を生きてきたの (第14巻より) 上述の台詞通り、母の言い付けで家を継ぐこと自体は彼女にとっておそらくどうでもいいことなのだとは思う。 しかし、宿命を受け入れる期間として過ごしてきた自分の20年がつまらない妹の茶番劇(=本物から目をそらす奉仕部)で塗り替えられるなんてのはやはり納得がいくものではない。 対価として八幡たちに「本物」を求めたのは、やはり歩みを止めてしまった者として 陽乃自身もまた「本物」を希求していたからだろう。 そう解釈をすると、単なる舞台装置ではない "生きたの想い"を感じ取ることができるのかもしれない。 颯爽と、は前を歩く 一方、そんな陽乃と対照的だったのが世界の平塚ことである。 平塚先生 誰かを大切に思うということは、その人を傷つける覚悟をすることだよ 君でなくても本当はいいんだ。 この先いつか、雪ノ下自身が変わるかもしれない。 いつか彼女のことを理解できる人が現れるかもしれない。 彼女のもとへ踏み込んでいく人がいるかもしれない。 それは、にも言えることだ。 君たちにとっては、今この時間がすべてのように感じるだろう。 だが、けしてそんなことはない。 どこかで帳尻は合わせられる。 世界はそういうふうに出来ている。 ……ただ、私はそれが君だったらいいと思う。 君とが雪ノ下に踏み込んでくれることを願っている。 この時間がすべてじゃない。 ……でも、今しかできないこと、ここにしかないものもある。 今だよ、比企谷。 ……今なんだ (アニメ2期8話より) 控えめに言って至言だらけの先生であるが、はただ大人として彼らに助言を与えるだけではなく、八幡たちの目線を汲み取ったうえでクリティカルな示唆を提示してくれる存在であった。 を指して「歩みを止めてしまった者」と評したのも彼女であり、 「今を肯定する者」として彼女が陽乃と対を為していたこともおそらく偶然ではない。 平塚先生の語った、 なんて、簡単な言葉で括るなよ…… その気持ちをわかりやすい記号で済ませるなよ (第14巻より) という言葉が奉仕部のこれまでと「今」を肯定し、 「なんて言葉で簡単に片付けて良い人間関係は存在しない」という示唆を八幡にもたらす。 奉仕部が積み重ねてきた今 「今」という瞬間は更新を繰り返して止まず、彼らは彼らだけの「今」を前向きに生きていく。 ならば、第が決めた客観的記号に果たしてどれだけの価値があるだろうか。 陽乃は後継ぎとして家に囚われ続けてきたが、雪乃が家を継ぐことによって晴れて自由の身になることができる。 きっとここからの、偽物ではない本当の人生が始まるのだ。 もう「歩みを止めてしまった者」ではいられないし、家に依存することもできない。 代償行為ではない「」を自分自身で見つけ、自分の足で歩き出さなくてはならない。 もし可能であるのなら、是非とも彼女の行く末を書いていただけたら幸いである。 (刊行予定の短編集に期待しております。 ) 「青春」はいつまでも「本物」を探し続ける さて。 ここまで様々な見解をつらつらと書き続けてきた結果、新しく気になった点が一つある。 そもそも 雪乃はなぜ奉仕部を作ったのか。 彼女が最初に「変えるのよ、人ごと、この世界を」と語っていたことから「持っているもの」が損をする世界を変えるためと捉えても良いのだろうが、それではあまりにも対象が広く一介の高校生には荷が重い。 とすると、奉仕部の活動方針が 魚の獲り方が分からない人に魚の獲り方を教えて「自立」をうながす というものであったことて、やはり 雪乃自身の「自立」が目的の一つであったと見た方が妥当だろうか。 他者に手を差し伸べながらも本当に救われたかったのは雪乃で、結果を見るに八幡とによって彼女は救われたことになる。 実際に雪乃は彼女の意志で父親の仕事を手伝うと決めているし、八幡との恋も自分の気持ちに従って意思決定を行った。 平塚先生「どんな言葉でもどんな行動でもいいんだ。 その一つ一つをドットみたいに集めて、君なりの答えを紡げばいい。 キャンバスの全部を埋めて、残った空白が言葉の形をとるかもしれない」 八幡「お前は望んでないかもしれないけど……、俺は関わり続けたいと、思ってる。 義務じゃなくて、意志の問題だ。 ……だから、お前の人生歪める権利を俺にくれ」 雪乃「あなたの人生を、私にください」 「あなたが好きよ。 比企谷くん」 八幡が自分なりの答えを紡ぎ、雪乃が残った空白の2文字(=好き)を言葉にする。 その「言葉」がうわべで曖昧なものに映らないのは、お互いを大切に想い合う前提を積み重ねてきた彼らだからこそなのだと思う。 雪乃の「自立」と八幡の欲した「本物」。 他者から与えられてパートナーを得たわけでもなければ、に向けて歩き出した雪乃に依存の影を見るのもやはり無粋でしかない。 今の八幡と雪乃ならばきっと、面倒な遠回りを繰り返しながらも同じ歩幅で「本物」を求め続けていけるはずだ。 「青春」はいつまでも「本物」を探し続けていくのだから。 たどり着いた青春ラの答え そして願わくば、作品最大の功労者として2人を見守り待ち続けてきたにも幸せな未来が訪れて欲しいなと。 そんなことを想いつつ、この場を借りて、最高の物語を生み出してくださった作者の渡先生に感謝を申し上げます。 本当にありがとうございました。 huwahuwa014.

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14巻 あらすじ

俺ガイル 14巻 感想

『俺ガイル』13巻 感想・考察 俺ガイル 最新巻 感想 ネタバレ注意 あたしの全部が、痛いくらい 、好きだって悲鳴を上げてる。 『俺ガイル』の第13巻が発売されました。 物語はついに「最終章へ!」ということで、次の14巻で完結を迎える予定の本作ですが、13巻まできてもなお彼・彼女らの関係が盛大に拗れまくっている様子は、ストーリー的な面白さと心情的な閉塞感が相まって何とも心が締め付けられますよね。 というより、八幡の言葉を借りるならこの今の現状は 「まちがっている」と表現した方が適切なのでしょう。 まぁ、タイトルとの整合性を鑑みても 「まちがっている」の姿を描くことこそが物語のテーマなので、作品的にはこの展開こそが正しいのだとは思いますが...。 ~Interludeの語り手~ 1つ目(p10-11): or (?) 2つ目(p90-95):& 3つ目(p132-133): 4つ目(p208-209): 5つ目(p258-263):& 6つ目(p330-333):& 7つ目(p358-359): また、前回の12巻に引き続き、「Interlude」という形で 登場人物たちの独白が盛り込まれている点も凄く興味深かったです。 基本的に『俺ガイル』は主人公であるの一人称視点で物語が進んでいるので、こういう幕間を利用して他の人物の想いを表現していく手法はグッとくるなぁ... とは言え、今回の1つ目の「Interlude」は結構イレギュラーで、内容的に 八幡視点っぽい感じもあるんですよね。 普通に考えれば、本文自体が彼視点で構成されているのだから、わざわざ「Interlude」として彼の視点を盛り込む必要はないように思えるのですけど...。 そこを踏まえると、この「Interlude」は雪乃によるものと考えてもいいのかもしれません。 さてさて。 そんなわけで、今巻も非常に示唆に富んだお話が繰り広げられていたので、次の最終巻に向けての注目ポイントやストーリーの要旨を簡単にまとめていきたいと思います。 ~13巻あらすじ~ エンドロールが流れる前に。 暦は雪解けの季節を迎えるが、新しい希望の芽吹きはまだ遠く感じられる3月。 それぞれの想いを言葉にし、行動しようとする雪乃、結衣、八幡。 は、最後まで見届けて欲しいと願った。 は、このままずっと一緒にいられたらと祈った。 美しい夕日に時が止まればと願っても、落日を迎えなければ新しい日はやってこない。 前に進むために諦めること、終止符を打つこと。 悩むまもなく、巻き戻すことも出来ず、エンドロールは流れ始める……。 <関連記事>• からの脱却、それぞれのやり方 今回の13巻では 「それぞれのやり方でからの脱却を試みる3人の姿」が一つのテーマとして描かれていました。 が3人の歪な関係性を評する際に用いた「」。 そのワードは、これまで 「奉仕部として共に築き上げてきた時間の否定」を意味する言葉でもある。 それゆえに、このワードがプロムの開催という舞台設定の中で彼・彼女たちの行動に影響を与えていくわけですね。 雪ノ下「...... そうねきっと今までと変わらない そして結局最後はあなたに頼り切りになるの... 」 比企谷「けど、その責任も俺は取るべきだと思う。 今までがそうだったから...。 陽乃の言う通り、これまでの自分は全部彼に頼り切ってしまっていた。 だから、この依存関係は終わらせないといけない。 今度こそ自分一人で解決してみせないといけない。 それが雪乃の考え。 それが八幡の導きだした最適解でありました。 ここで関わることを諦めてしまえば、 それは俺たちの過去の関係性を、奉仕部の在り方を否定することになりかねない。 だから、俺は試みるべきなのだ。 (p85) 「あいつが助けを必要としていなくて、それでも俺が助けたいと思うなら... 、それはなんかじゃない。 それが証明できればいい。 」(p257) しかし、この対立構造を 周囲の人間が見た時、それはもうあまりにも歪に見えていることでしょう。 ) 「プロムを開催させる」という目的は同じなのに、2人が向いている方向はてんでバラバラ。 というか、最終的に相手のために対立までしているのです。 その姿を見てが 「あんなのほとんど告白だ」「それか痴話喧嘩か別れ話」と評していますけれど、もう完全にこれが当意即妙なセリフとしてこの物語を表現していますよね。 お互いがお互いの世界(=不器用なやり方)に閉じこもり 「からの脱却」という見えない敵と戦っている。 本当に対峙すべき人はそこにいて、きっとその 「正解」を彼と彼女も知っているはずなのに...。 それなのに、当たらずとも遠からずの選択をしてしまうから「まちがえる」。 同時に、決して実現されることのない ダミープロム(=犠牲案)の立案についても、これまで自己犠牲を図ることによって周囲の問題を解決してきた 八幡らしい「まちがった」やり方として物語に意味を与えているのでしょう。 そんな背景を踏まえても(例え彼のやり方で一時的に事なきを得ることができたとしても... )、この解決法では、雪乃が「自立ができた」などと納得できるわけがないことは自明の理。 雪乃を助けること自体は間違っていないのに、その行為に対する動機を 「責任(p81)」や「男の意地(p257)」という言葉で誤魔化し、曖昧にしてしまうからこそ「本物」が得られない。 一方の雪乃も「自立」を果たすことが「ちゃんと始めること」=「に並び立ち、八幡へ想いを伝える資格を得ること」だと決め込んでいるから、こんなにも「自立」にこだわっているのかもしれない。 そんな拗れた構図が最終巻においてどう解決されていくのかに期待したいですね。 と、そしての過去とは... ? また、13巻において非常に大きなポイントとなるのは、葉山が自身の後悔を明確に述べていた点でしょうか。 だから、昔の話さ。 小学校の時、彼女が孤立していたのは知ってるか。 その時も、似たようなことを言っていた。...... 一人でできる、あなたには頼らない....... 助けはいらないって」 「俺は中途半端に手を出して余計に傷を広げたんだ。 可能な範囲でなんとかする...... なんて言いながらな」 「あの時、全力で助けるべきだったんだ。 そうすれば... 」(p252-253) この一連の語りを見てもわかるように、葉山は 「今の」に「過去の」を見ていたわけです。 だから、懺悔なら壁に向かってやってくれと言われて、 「似たようなものだろ?」と答える。 中途半端に手を出すだけで、本気で、全力で、彼女と向き合うことが出来なかった。 それが今のであり、あの頃のでもあったから...。 やはり、 葉山と八幡は似たもの同士(共感できて理解できない存在)と言えるのでしょう。 「君は中途半端なことはすべきじゃない。 本気で、全力で向き合うべきだ。 俺にはその覚悟も動機もなかったけれど...... 君は違うだろう」(p256) でも、それでも... 葉山は自分と八幡は"違う"と言います。 「俺にはその覚悟も動機もなかったけれど」「君は違うだろう」と。 要するに、にはを全力で助けたいと心の底から思う 「覚悟」も「動機(=恋心?)」 もなかったけれど、には それ(=本気になる動機)があるだろうとそう言っているわけですね。 じゃあ、葉山はどうしてそんなにも「後悔」をしているのか。 、つまりは 「"感情"をなんていうか、知っているか」と葉山は八幡に問うているわけですが、葉山には雪乃に対してそういう「感情(=動機)」はないと言った。 それなのに「後悔」をしている。 それはなぜなのか。 葉山「彼らはあれでよかったんだ。 そうやって少しずつ...... 」 陽乃「そんなの、紛い物じゃない。 私が見たいのは本物だけ」 葉山「そこから成長する想いだってあるよ」 陽乃「ありえない。 そうだったでしょ?」 (p262) きっと、その疑問符こそが の物語を紐解く鍵になっていく。 雪乃を助けられなかったことで、葉山・雪乃・陽乃の関係は変わってしまった。 「そうだったでしょ?」という言葉がその事実を雄弁に物語っている。 ゆえに、葉山は今もなお後悔をし続けているのではないかと解釈できるのかもしれません。 葉山の想い人は陽乃であり、それゆえに贖罪を求め、せめて... せめて 彼(=八幡)と彼女(=雪乃)には、自分たちのようになって欲しくないと願っている。 それがの「Interlude」。 そんな妄想をしてみると、拗れてしまった 「葉山と陽乃」の関係にもどんな結末が待っているのか、次巻が楽しみになってきますね! の独白、の行方は... の願いは... ? さて、そんな感じで13巻の内容を掻い摘みながら語ってきたわけですが、最後に 「ラ」ブログらしく、 恋愛方面の結末がどうなるのかに関して個人的な想いを書いていきたいと思います。 というのも、まず今回の最新刊を読み終わった時に真っ先に抱いた感想が、 「さんが可愛すぎる... 」だったのですよ...。 この13巻は、序盤から八幡とさんがダミープロムを立ち上げるために一緒に動くことになるわけですけれど、要は、雪乃のために対立を選ぶ八幡をさんが支える構図(これが陽乃の言うの形)になっていました。 きっと、現時点では読者の大半が雪ノ下エンドを予想していることでしょう。 かくいう僕もそう思ってます。 上述したように、葉山との会話を見ても八幡 が雪乃に特別な感情を抱いていることは明白ですからね...。 ここからのどんでん返しを期待するのはなかなかに修羅の道というもの。 でも、それでも、 さんにも幸せな結末があって欲しいな... と思わずにはいられません。 だって、雪乃も八幡もどうしようもなく「まちがえる」けれど、さんだけはずっと「まちがえる」ことなく正しいあり方を知っていた人なんですから。 だから、彼女は3人が辿ることになる結末を最初から知っていて、それでもこの2人のやり方を優しく見守ってきたこの作品最大の功労者なんだと言えるはず。 「ずるいのも、言い訳なのも、嘘なのも、全部わかってるけど。 けどもう少しだけこの時間を続けさせてください。 ちゃんと終わらせるから。 あたしと同じであたしと反対。 似ているけれど全然違う。 これこそがキモ。 この感情は「」なんていう簡単な言葉で片付けられるものじゃない。 それが彼女の想いなのでしょう。 きっとさんにとっては、勝負も本物もも関係なくて、ただ、心の底から湧きあがる 「好き」の気持ちこそが全てだったのです。 だから、ずっとこの時間が続いて欲しいと願った。 ちゃんと終わらせなければいけないことを知りながら、それでも「好き」な人と一緒にいる時間を求めてしまう乙女心...。 あぁ、なんとも切ない。 本当に今回のさんは可愛すぎました...。 さてさて。 そんなわけで、まだまだ気になる要素が満載の『俺ガイル』ですが、果たして本当に次巻で物語に決着が着くのでしょうか。 雪乃の願いは... ?さんの願いは... ?そして、八幡の想いは... ?どんなラストが待ち受けていても受け入れる所存!14巻が楽しみです。 <最終巻の感想はこちら> huwahuwa014.

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俺ガイル14巻読破 感想 やはり彼ら彼女らの青春は間違い続けて行く...

俺ガイル 14巻 感想

俺ガイルこと『』が、ついに今回発売された14巻で完結しました! は最近はまったく読んでいないんですけど、1巻の発売から約9年間かかって完結したこの作品だけは、続けて読んでいました。 それほど、と、そしての三角関係にどう決着がつくのか知りたかったんですね。 恋愛もののはそれほど読んでいないんですが、昔に流行った『』の結末が気持ち悪すぎて、の恋愛ものの結末なんてこんなものかな…で自分の中で評価がガクッと下がってしまいました。 まぁ、実の妹との恋愛なんて成立させたらそりゃ気持ち悪くなるんですけどねw これは作者が何も考えずにストーリーを始めてしまったからなのかなと思います。 俺ガイルの場合は、著者の先生は絶対にこの三角関係にきっちり答えを出してくれるだろう、と作者を信頼していたので、本当に最終巻が楽しみでした。 八幡が最終的にどちらを選ぶのか…やっぱりを選ぶんだろうなって思いましたが、とにかく3人ともいい子で幸せになってほしい。 だからが八幡に「待たなくていい」と言われた時は、涙が出そうになりましたよ…。 その後、我慢していたけど家でついに崩壊して号泣してしまうシーンはたまりませんでしたね。 そして八幡の不器用で回りくどい、好きだと正直に言わない告白シーン。 なるほど、これは確かにとの告白シーンだな、って納得できて読んでいてニヤニヤしてしまいました。 以外にもが好きだと言葉に出したのは驚きましたけど、雪乃にとってはどれほどの勇気が必要だったんだろうって考えると、なんか感動してしまいました。 最終的に、が一旦フラれた形になりましたが、実は八幡を狙っているっぽい可愛い後輩ちゃんと、高校に進学した妹ちゃんの策略?で、まだ三角関係は続きそうですね。 この作品は基本的に三角関係でヒロインは2人。 でも他にも恋愛ゲームなら攻略候補になる女の子がたくさん登場しました。 を筆頭に、川崎さんやめぐる先輩、平塚先生などなど…。 特に平塚先生は、先生としてすごく八幡にとって大きな存在でしたが、最後にダンスを踊ったシーンが印象的で、もしかすると八幡を生徒以上に思っていたのでしょうか。 そこはすごく気になるし謎ですね。 俺ガイルは、自分が高校生活で青春しているような、本当に恋愛をしているような感情移入をさせてくれるでした。 文章もすごく面白くて、旬のネタをふんだんに取り入れて定期的に笑わせてくれるし、すべてのキャターが本当に魅力的だし。 本来なら適当でいいようなモブキャラでさえしっかり作り込んでいて、先生の力量はすごいものがあると思います。 あとがきによれば、まだ俺ガイルで短編を出してくれるみたいだし、何より来年春にアニメで最後までストーリーを進めるみたいだし、これからも俺ガイルが楽しみです! w739hw02.

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