ヒアウィーゴー 意味。 【洋楽歌詞和訳】Waterloo / ABBA (アバ)・Mamma Mia! Here We Go(マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー)

「マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー」 の意味。 そこに込められたメッセージとは!?

ヒアウィーゴー 意味

にからリリースされた。 作詞は、作曲は、、が担当している他、が作曲した映画『』()のテーマからイントロを引用した曲や、の「」()のカバーが収録されている。 本作では当時ラジオを中心に活躍していたユニット「」によるが曲間に挿入されている。 先行シングルはなく、後に「」(1980年)がシングルカットされた。 前作『』(1980年)の成功に気を良くしたは、同様のライヴ盤のリリースを要請したが、メンバーはそれを拒否し代案として本作のリリースを提案した。 では最高位1位を獲得、日本国内での売り上げは累計で41. 2万枚を記録した。 背景 [ ] YMOは1980年のを皮切りに、のまでの10都市全13公演におよぶ初の日本国内ツアー「」を敢行。 同ツアーでは産休のためは参加せず、代わりにが参加した他、、が参加した。 その他、ツアー初日と同日に坂本が参加したのシングル「」がリリースされた。 ツアー中の、での公演後に大村が体調を崩し、の恐れがあったためメンバー変更が行われ、新たにギタリストとして、が参加する事となった。 その後、の大阪公演より大村が復帰する。 にはにて開催された写真誌『』の創刊記念イベント「写楽祭」にYMOとして参加するも、 ()のパロディやギャグを中心とした構成に観客が納得せず失敗に終わった。 また、野次を飛ばす客に対し坂本が怒号を発する場面もあった。 には『』(1980年 - )にて「写楽祭」の模様が放送された。 には坂本がプロデュースしたのアルバム『』がリリースされた。 、3人が参加したのアルバム『MONTAGE』がリリースされ、にはにての公演の模様が放送された。 6月から坂本はソロアルバム『』のレコーディングを開始、同アルバムには大村とグンジョーガクレヨンの組原正が参加した。 には『』( - )に初出演し、「」と「」を演奏、これがYMOとして初のテレビ番組での生演奏となった。 録音 [ ] アルファレコードは当初『パブリック・プレッシャー』の続編となるライブアルバムをメンバーに提案したが、細野は「ぼくなら絶対買わない。 とくに、よりすぐったものを集めて1枚出したんで、後は二番煎じになっちゃう」と否定的であり、代わりに企画されたのが本作となった。 は本は「もの」をやりたいという明確なイメージを製作前に持っていた。 さらに、当時好んで聴いていた『』をに聴かせたところ、細野も気に入り、曲の間にを挟む・アルバムを作ることを細野が決めた。 坂本は本作に関し「ギャグのコンセプトに合わせて流れを作った。 『ジャパニーズ・ジェントルマン・スタンダップ・プリーズ』っていうのは、前後の英語のギャグに曲を近づけて作った」と語っており、極めて企画性の高いアルバムとなった。 当時は多忙のため多くの曲を製作する時間もないことからのとなった。 収録されたスネークマンショーによるコントはからにかけて放送されたラジオ番組『スネークマンショー』からのものや、同番組に出演していた、、らとYMOのメンバー等によるものであった。 収録されたコントは同番組で放送されたものだが、すべてこのアルバム用に録りなおしている。 レコーディングはにシングルでのリリースを予定していた「ナイス・エイジ」、「シチズンズ・オブ・サイエンス」から行われ、1980年には「マルティプライズ」と「ジ・エンド・オブ・エイジア」のレコーディングが行われた。 リリース [ ] にから LP 、 CT の2形態でリリースされた。 当初は10万枚限定盤の予定であったが、20万枚以上の予約が入ったため通常生産盤としてリリースされ 、アルバムは特殊段ボールケースにセットして販売された(通常の12インチアルバムとサイズを合わせるため)。 レコード番号は「YMO-1」であるが、バンドの名称が番号に採用されるのは異例なことであった。 には初化にて再リリースされ、、にそれぞれCDで再リリースされた。 には細野監修によるが施され、をが担当する形でより再リリースされた。 には坂本監修によりにてより再リリース、音源は1999年の細野監修によるものが採用された。 その後もにはにて再リリース 、にはボブ・ラディック監修によりリマスタリングされ、とLPにて再リリースされた。 YMOの結成20周年企画盤として、スネークマン・ショーの桑原茂一プロデュースにより、CD版の装丁などを『増殖』そっくりに真似た『増長』がリリースされた()。 収録された楽曲や曲順はほぼそのままで、コント部分をとが全く内容を変えて演じている。 アートワーク [ ] ジャケットで使われたYMOメンバー3人の人形は、当時3人がで出演していたので使われていたものであった。 人形は各メンバーにつき100体、合計300体が製作された。 人形の製作者は市田喜一であり、材質は前面の数体が製 で、それ以外はFRPの個体から複製した製である。 その後、この人形は大手電気店にて飾られる事や雑誌でのプレゼント商品にもなった。 また、に復刻されて市販されている。 12インチ盤のジャケットの大きさに合うように段ボール製の赤色の外枠にはめ込まれており、外枠の裏面にはスネークマンのギャグ調のコメントが羅列されている。 ツアー [ ] 本作のリリース後にはツアーは行われなかったが、リリース前の1980年3月21日から5月7日にかけて行われた国内ツアーのでは本作品の収録曲である「ナイス・エイジ」と「シチズンズ・オブ・サイエンス」が演奏されている。 そして1980年10月11日のニューシアター(オックスフォード)を皮切りにワールドツアー「』が行われている。 批評 [ ] 専門評論家によるレビュー レビュー・スコア 出典 評価 コンパクトYMO 肯定的 CDジャーナル 肯定的• 音楽本『コンパクトYMO』にてライターの佐藤公稔は、「企画性の要素が目立つものの、コンセプト至上主義のYMOにしてみればアイロニカルな部分を強調するマスト・アイテムと成り得た作品」と本作を位置付けており、レコード会社主導によるリリースに関して「『何でも売れてしまう時期に、何でもイイから出したい』という意向が反映されて誕生した感は否めない」と指摘しているが、当時のによる「わしらが、こういうアルバムを作らなアカンねん」という発言やという時代背景、小学生にまで浸透した人気などを鑑みた上で「YMOにおける傑作アルバムの一つと言えるだろう」と肯定的に評価した。 音楽情報サイト『CDジャーナル』では、「YMOの諸作中、もっとも毒を含んだこの一作。 人気絶頂時にこういうアルバムを出すところが憎い 」、「人気者となっていながらもギャグ満載でシニカルな態度は大胆不敵でしびれる 」、「ユーモアあふれるスタイリッシュな内容に聴き入ること必至 」と曲間のコントに関して肯定的に言及しているだけでなく、「とかくスネークマン・ショーのインパクトによって語られがちだが、楽曲的にも当時の最先端。 2 はニュー・ウェイヴの体現だし、古典的名曲 6 のカヴァーを組み込む構成も斬新 」と楽曲や構成の新しさや斬新性に関しても肯定的な評価を下している。 チャート成績 [ ] ではで最高位1位、では最高位3位を獲得、LPは登場回数24回、CTは登場回数30回となり、売り上げ枚数はLPで33. 1万枚、CTで8. 1万枚、累計では41. 2万枚となった。 収録曲 [ ] A面 全編曲: イエロー・マジック・オーケストラ。 タイトル 作詞 作曲 時間 1. " イエロー・マジック・オーケストラ 0:20 2. 「 ナイス・エイジ」 NICE AGE 、坂本龍一 3:46 3. 「 スネークマン・ショー」 SNAKEMAN SHOW 1:56 4. 「 」 TIGHTEN UP Japanese Gentleman Stand Up Please! () () 3:41 5. 「 スネークマン・ショー」 SNAKEMAN SHOW 2:05 6. 「 スネークマン・ショー」 SNAKEMAN SHOW 1:26 8. 「 シチズンズ・オブ・サイエンス」 CITIZENS OF SCIENCE クリス・モスデル 坂本龍一 4:29 9. 「 スネークマン・ショー」 SNAKEMAN SHOW 2:08 10. 「 マルティプライズ」 MULTIPLIES 、イエロー・マジック・オーケストラ 2:56 11. 「 スネークマン・ショー」 SNAKEMAN SHOW 3:45 12. 「 ジ・エンド・オブ・エイジア」 THE END OF ASIA 坂本龍一 1:32 合計時間: 29:19 曲解説 [ ] A面 [ ]• " ラジオ番組のを模した曲で、小林がラジオ風のトークを聞かせた後、次の曲に切れ目なしに続く。 はIII、と「パン!」となるはを使用している。 は単にジングルということで、職業作家みたいなノリで書いたものとコメントしている。 リリースの監修のベストアルバム『』ではディスク1冒頭で単独で使用され、にリリースされた監修のベストアルバム『』ではこのつなぎをそのまま再現している。 ナイス・エイジ - NICE AGE アルバム製作前にからの依頼でアメリカ用シングルとして「シチズンズ・オブ・サイエンス」と共にレコーディングされた(ただし、アメリカのマーケティングにそぐわないという理由でリリースはされていない)。 曲中でニュース速報を読んでいるのは元のである。 本作の録音当時、イエロー・マジック・オーケストラはとのセッションを予定していたが 、来日したポールが不法所持によって逮捕勾留されたため、セッションが不可能となってしまった。 その時のポールの妻のメッセージが曲中のニュース速報である。 速報中で読み上げられる「22番」とはポールの内での番号であり、同じく「Coming Up Like A Flower」は同じ年の4月に発売されるポールの「」で歌われるフレーズである。 シングル『』のB面にも納められている。 イントロ部分は『』スペシャルゲストクイズの衝立登場時に使用されている。 スネークマン・ショー - SNAKEMAN SHOW スネークマン・ショーでのコント名「 KDD」。 「ミスター大平」とはのパロディーであり、大平が会社名の「KDD」を言いにくそうにしているのはのパロディーである。 - TIGHTEN UP Japanese Gentlemen Stand Up Please! 詳細は「」を参照。 スネークマン・ショー - SNAKEMAN SHOW スネークマン・ショーでのコント名「 ミスター大平」。 コント「KDD」の続きで、大平が英語があまり話せなかったことを利用し、日本人を冒涜するという内容。 スネークマン・ショー - SNAKEMAN SHOW スネークマン・ショーでのコント名「 ここは警察じゃないよ」。 中毒者と逮捕しに来た警官のやり取りである。 アメリカの、の作品に直接的なインスパイアを受けて作られている。 桑原はスネークマン・ショーで麻薬撲滅キャンペーンを行っており、このコントは麻薬の醜さを表現するために幾つか作られたコント(中には前述のポール・マッカートニー逮捕を題材にした「ポールマッカートニー取調室」が存在する)のうちの1つである。 ちなみに姉妹編に「エディはここにいないよ」が存在する。 シチズンズ・オブ・サイエンス - CITIZENS OF SCIENCE 「ナイス・エイジ」と共にアメリカ用シングルとしてレコーディングされた。 途中にが歌っている部分(というより台詞)がある。 ライヴでの同部分は坂本がを用い担当した。 スネークマン・ショー - SNAKEMAN SHOW スネークマン・ショーでのコント名「 林家万平」。 林家万平はのパロディであり、公演でを介してを行っている設定のコントである。 マルティプライズ - MULTIPLIES 当時等の台頭でムーブメントとなっていたを意識した主体の作品で、本盤および米国発売ののタイトルとなった曲。 発売時のは「作曲:イエロー・マジック・オーケストラ」だったが、冒頭で『』のを使用したことから問題が生じ(細野は後年「はしっかり者ですから」とのコメントを残している)、現在は作曲者名が変更されている。 スネークマン・ショー - SNAKEMAN SHOW スネークマン・ショーでのコント名「 若い山彦」。 コントに登場する番組名「若い山彦」は当時のの若者向け音楽番組『』のパロディである。 コントの中でYMOを褒めるものの相手にされていないのはYMOの3人である。 本作は『それいけスネークマン』で1979年4月17日に放送された「続・若い山彦」の改作であり、それはYMOの代わりにの上がりの女評論家が加わるという内容である。 なお、スネークマン・ショーでは「続々・若い山彦」という続編も存在する。 ジ・エンド・オブ・エイジア - THE END OF ASIA 元々は坂本のオリジナルアルバム『』の収録曲だが、YMOの初期ライブでも頻繁に演奏されている。 このアルバムでのバージョンは非常に日本的なアレンジが施されている。 坂本は、やのをイメージしていて、初期からやりたかったことだったとコメントしている このアレンジを「街道もの」と呼んでいる。 途中のヴォイスはによるもの。 の音色はPS-3100、その他はで演奏されている。 スタッフ・クレジット [ ] 参加ミュージシャン [ ]• /コントパート、ボイス(「タイトゥン・アップ」、「ヒア・ウィ・ゴー・アゲイン」)• /コントパート、ボイス(「タイトゥン・アップ」、「ジ・エンド・オブ・エイジア」)• /コントパート• - ボイス(「シチズンズ・オブ・サイエンス」)• - (「ジングル"Y. "」及び「ジ・エンド・オブ・エイジア」以外の音楽パート)• - バック・アップ・ボーカル(「ナイス・エイジ」、「シチズンズ・オブ・サイエンス」)• - ボイス(「ナイス・エイジ」)• - コンピューター・プログラミング スタッフ [ ]• 細野晴臣 - プロデューサー• - ディレクター、ミックス・エンジニア• 吉沢典夫 - レコーディング・エンジニア• 小池光夫 - レコーディング・エンジニア、ミックス・エンジニア• 齊藤篤 - レコーディング・エンジニア• 寺田康彦 - レコーディング・エンジニア• 田中ミチタカ - レコーディング・エンジニア• 市田喜一 CINQ ART - 人形造形• 高橋ユキヒロ - 人形コスチュームデザイン• - 写真撮影• - アート・ディレクション• - エグゼクティブ・プロデューサー リリース履歴 [ ] No. 日付 国名 規格 最高順位 備考 1 YMO-1 LP ALC-22001 CT 1位 LP盤は10インチの特殊形状 2 日本 アルファレコード ALCA-12 3 Roadrunner Records CD LS 9149 2 - 4 Restless Records CD 7 72708-2 - 5 日本 アルファレコード CD ALCA-9041 - 6 日本 アルファレコード CD ALCA-5218 - 7 日本 CD TOCT-24236 - 細野晴臣監修、リマスタリング盤、ライナーノーツ: 8 日本 CD MHCL 207 55位 坂本龍一監修、 9 、 CD 513448 2 UK ・EK 91848 CA - 10 日本 ソニー・ミュージックダイレクト MHCL-20103 195位 1999年リマスタリング音源、紙ジャケット仕様、スーパーピクチャーCD 11 日本 ソニー・ミュージックダイレクト ・LP MHCL-10111 SACD MHJL-64 LP MHJL-66 LP - ボブ・ラディック監修、リマスタリング盤 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 『オリコン・チャートブック LP編 昭和45年 - 平成1年』オリジナル・コンフィデンス、1990年、74頁。。 TOWER RECORDS ONLINE. 2010年9月28日. 2019年6月1日閲覧。 ナターシャ 2010年7月29日. 2019年6月1日閲覧。 CDジャーナル. 音楽出版 2010年8月5日. 2019年6月1日閲覧。 ジャパンミュージックネットワーク 2010年7月30日. 2019年6月1日閲覧。 TOWER RECORDS ONLINE. 2018年11月26日. 2019年6月1日閲覧。 ナターシャ 2007年6月21日. 2019年6月15日閲覧。 CDジャーナル. 音楽出版 2007年8月9日. 2019年6月15日閲覧。 CDジャーナル. 音楽出版. 2019年6月15日閲覧。 CDジャーナル. 音楽出版. 2019年6月15日閲覧。 CDジャーナル. 音楽出版. 2019年6月15日閲覧。 CDジャーナル. 音楽出版. 2019年6月15日閲覧。 CDジャーナル. 音楽出版. 2019年6月15日閲覧。 外部リンク [ ]• - 発売一覧 1. - 2. - 3. - 4. - 5. - 6. - 7. - 8. - 9. EGO - 10. BROADCAST FROM HEAVEN - 11. A Day In The Next Life - 12. Life Time, Happy Time - 13. YT - 14. Fate Of Gold - 15. Portrait With No Name - 16. A Sigh of Ghost - 17. A Ray Of Hope - 18. The Dearest Fool - 19. BLUE MOON BLUE - 20. Page By Page - 21. Life Anew ベスト.

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【洋楽歌詞和訳】Kisses Of Fire / ABBA (アバ)・Mamma Mia! Here We Go(マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー)

ヒアウィーゴー 意味

こんにちは。 今回は、珍しく映画のレビューなどしてみたいと思います。 …と言っても、いち語学オタク/ミュージカルオタクとして「」の続編を観て感じたことを、オタクなりにつらつらと書くだけです。 あと、タイトルにもある通り、日本で公開される洋画に対して日々思っていることなども書いていきます。 ネタバレを含む箇所にはきちんと但し書きをしますので、未視聴の方も安心してお読みくださいませ。 というわけで、観た作品は「 ヒア・ウィー・ゴー」です。 言わずと知れた伝説のミュージカル、映画化作品の続編。 ブロードウェイミュージカル大好きな私、もちろんこの前作もDVDを持っていてサントラ(ブロードウェイ版/映画版両方持ってます)を聴き込んだりしているのですが、続編のこの邦題を知ったときは「なんでこんなダサいサブタイトル…?」と不思議に思いました。 で、調べてみたところ、原題は "Mamma Mia! Here We Go Again"というのですね。 "again"がついています。 これを見て、ようやく腑に落ちました。 映画のタイトルチューンになっているの名曲"Mamma Mia"のサビの歌詞、"Mamma mia, here I go again"からきていたのですね。 この歌詞と、続編であるということを掛詞にしての"Here I we go again"(もう一回いくよ! 的な意味)なわけなのです。 また映画の中では、主人公ソフィが妊娠したことと、その昔ソフィの母親のドナがソフィを妊娠・出産するまでの経緯が2つの時間軸で描かれていますので、そういった意味でも"again"の要素があるわけなんですね。 …って、"again"を省略しちゃったら、 サブタイトルの意味なくない!?!? まあ「ヒア・ウィー・ゴー・アゲイン」にすると、くどくなっちゃうのかな。 そもそも、洋画の邦題って、どうしてカタカナ英語ばっかりなのでしょうね。 新作映画の邦題を見かけるたびに疑問に思うんですが、 「」とか、 「」とか、カタカナにするととたんにダサくなっちゃうような気がするのです。 「」なんて、ホラー映画なのに「ドンと来い!」みたいな響きになっちゃってちょっとガッカリしてしまうのは私だけ? 「アルファベットにしたら、読めないだろう!」ってことかも知れないけど、アルファベットが読めないような人はそもそも洋画観ないと思うし…。 だいたいみんな、お店の名前とかブランド名とか、アルファベットで表記してあるの、きちんと読めるでしょう? ""と書いてあるバッグを見たら「あっ、だ!」って思うし、""って書いてある看板を見かけたら「ちょっとスタバで休まない?」って言うでしょ? 読めてるでしょ? なんで洋画のタイトルだけ、 「英語の原題をカタカナにしただけ」のやつばっかりなんだー!! …と、常日頃から悶々と考えている私なのでした。 でも、これ(洋画の邦題カタカナ英語問題)について論じている人を見たことがないのですが、気にしているのは私だけなんだろうか…? 一昔前までは、""が「」だったり、 "Shawshank Redemption"が「」だったり、 "Sister Act"が「」だったりと、 しゃれた日本語の邦題が多かった気がするのですが。 なんかが変わったのかな? あ、でもディズニー映画は結構がんばって邦題考えた感のある作品が多いですね。 特に作品。 「」は、なんと原題が"Up"だったりします。 アップ。 それだけ。 「」は"Tangled"だし、「」は"Frozen"。 子どももたくさん観に来るものだから、タイトルからバチっと内容が伝わってくるよう工夫しなきゃならないんでしょうね。 子どもは吹替で観るだろうから、英語の響きとかあんまり関係ないしね。 と、タイトルのことでぐだぐだ申しておりますが、「マンマミーア」続編を観て感じたことも少し、書いていきます。 注意!! といっても私は映画通でもなんでもないし、1回観ただけで内容を鮮明に覚えているわけでもなく、わかったような口をきくのもなんか恥ずかしいので、本当に思ったことをただ羅列していきます。 全体的に、しんみりした曲が多かった。 泣ける要素という意味では良かったが、もう少しみんなでワッと盛り上がるシーンが欲しかったなあ。 個人的によかった楽曲は、回想シーンでハリーが歌う「」(っぽいキャラからのギャップが素敵)と、ソフィが父親たちと再会するときの「ダンシング・クイーン」の盛り上がり。 心躍りました。 冒頭、ソフィーが皆に招待状を出すところから始まる描写が前作のオマージュになっていて良かった(前作は結婚式の招待状、今作はホテルのリニューアルパーティの招待状)。 終盤、ソフィの子どもの洗礼式を教会で行うシーンも、前作の結婚式の描写と対になっていた。 こういうところは丁寧で良かったなあ。 ハリーが仕事で嫌々会議に参加している舞台が東京で、まじめっぽい日本人が会議に無駄に時間をかけている描写が素晴らしかった。 世界よ、日本はそんな国です。 前作から映画の設定上はたぶん5年くらい経っているけど、実際には10年(前作は2008年製作)経っているので、登場人物はそれなりに歳をとっていた。 のおっさんっぷりがヤバかった。 前作ではあんなにピ チピチしてたのに。 は相変わらず可愛かった。 そして歌がうまい。 の母親役(=の祖母役)がシェールなのは無理がある。 絶対に。 前作では、ソフィの父親が誰なのか? という謎に挑むスリルがあったり、3人の父親候補たちが「自分がソフィの父親だ!」と信じきって(他にも父親候補がいることをまだ知らず)とんちんかんな会話劇が繰り広げられたりするのが面白かったが、今作でそういった脚本上の技巧的な面白さはあまり見られなかった。 映画の感想としては、こんなところでしょうか。 ただ、やっぱりミュージカルオタクとしては、 前作の設定がきちんと活かされているのかが気になってしまいます。 基本的にこの「ヒア・ウィー・ゴー」は前作を知らない人も楽しめる作りになってはいましたが、残念だったのは、前作の内容がきちんと引き継がれていない点が多く、 ストーリー上の矛盾が多く生じていたこと。 以下、前作の設定との矛盾を挙げてみます。 前作で登場したドナの日記帳と今作の回想シーンで、ドナが3人の男(ソフィの父親候補)に出会う順番が違っている(前作ではハリーは最後に出てきていたのに、今作ではいちばん最初)。 ソフィの父親候補3人の若い頃、前作ではかなり古めかしいいでたち(70年代らしく、ヒッピーだったり、ヘビメタだったり)の写真が残っていたのに、今作ではふつうに爽やかファッションの好青年たちだった。 ここは前作を踏襲してくれたら面白かったんだけどなあ。 ハリーは前作だとパリに留学中の設定だったけど、今作では旅行中になっていた。 旅の中の一夜限りの恋になってしまっていたので、ドナと一緒に買ったはずのギター(二人のイニシャル付き)も登場せず。 ハリーがゲイであるという設定はどこへ? 前作で彼氏ができてあんなに幸せそうだったのに。 ドナが島で経営を始めたホテルは、もともとビルの大叔母がドナに遺産をくれたから買えたという設定で、前作ではビルがソフィとの繋がりに気付く重要なファクターなのに、この設定が消滅していた。 ドナは本当に無一文で、カフェのオーナーのおばちゃんの善意で廃屋を譲ってもらうかたちになっていた。 (ちなみに そのカフェのおばちゃん、ドナがソフィを出産するときに産婆としても活躍していてすごかった。 便利な存在。 ソフィが「絵がめっちゃうまい」という設定が消滅していた。 それで絵の道を目指すのか、母のホテル経営を継ぐのかという迷いを残したまま終わっていたのに、そこには全く触れず。 こんなところでしょうか。 ていねいに検証すればもっと出てくるかもしれませんが、いちど観て気付いたところだけ挙げてみました。 オタクなので、どうしても重箱の隅をつっつくようなツッコミが多くなっちゃいますね。 まあエンタメとして楽しめる作品にはなっていたので、こういう指摘をするのも野暮というものかもしれませんが、全世界でトッルの名作ミュージカルの続編を作るというのだから、もう少し前作の設定に気を遣ってほしかったなあ…と思わなくもないです。 さて、ここまでつらつらと書いてきました。 ふだん語学のことを書き散らしているブログなので、最後に、英語にからめて気付いたことを少し。 上の感想にも多く名前が登場した「ハリー」という人物。 「マンマ・ミーア」の中でも私のいちばんのお気に入りキャラでして、演じているのも私がずっと大ファンをしているです。 ソフィの父親候補の一人で、まじめ一辺倒の仕事人間ですが、作中では「本当は冒険に憧れている」ということをずっと言っています。 そのためか、"spontanious"(自発的な、本能的な、無計画な)ということばに異常なこだわりを見せるのです。 前作でビルに初めて会ったときには、 "I'll never be the spontaneous adventurer. "(本能的な冒険なんて僕には無理だ) などと言っていたり、過去にただ一度ドナと情熱的な一夜を過ごしたあと、ドナを追いかけてまで来てしまったことも "I hopped on a train and followed her to Greece, quite spontaniously. " (電車に飛び乗って、彼女を追ってに行ったんだ、きわめて衝動的にね。 ) と回想していたりします。 また、自分がソフィの父親かもしれない…と困惑するビルに "Bill, where's your spontaniety? 初めての会話との対比が面白いですね。 きちんと数えたことはないですが、ハリーは作中でこの"spontanious ly "や"spontaneity"ということばを何度も何度も繰り返して使っていて、それがなんだか可笑しかったのを覚えています。 で、今作でも若かりし頃のハリーが、きちんとこの"spontanious"を連呼して「真面目な自分から脱したいんだ!!」的なことをたくさん言っていたので、思わずニヤリとしてしまったわけなのです。 日本語字幕つきで1回観ただけなので、上記のように詳しく検証することはできませんが、何回この単語を言っているのか数えてみると面白いかもしれませんね。 ここまで「 ヒア・ウィー・ゴー」にからめて色々と書いてきました。 個人的にこだわりの強い作品の続編なので、かなり細かいところまでツッコミを入れてしまいましたね。 色々書きましたが、音楽や情景がとても美しく、観ていて楽しめる作品でしたよ。 映画のレビューなどという、ほとんどやったことのないテーマに挑戦してみましたが、機会があればまたやりたいなあ。 では、次回は毎週恒例企画「のぼうけん」英語ディクテーションをお送りいたします。 またお会いしましょう〜。 よろしければクリックをお願いいたします。

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「here we go」の意味と使い方

ヒアウィーゴー 意味

こんにちは。 今回は、珍しく映画のレビューなどしてみたいと思います。 …と言っても、いち語学オタク/ミュージカルオタクとして「」の続編を観て感じたことを、オタクなりにつらつらと書くだけです。 あと、タイトルにもある通り、日本で公開される洋画に対して日々思っていることなども書いていきます。 ネタバレを含む箇所にはきちんと但し書きをしますので、未視聴の方も安心してお読みくださいませ。 というわけで、観た作品は「 ヒア・ウィー・ゴー」です。 言わずと知れた伝説のミュージカル、映画化作品の続編。 ブロードウェイミュージカル大好きな私、もちろんこの前作もDVDを持っていてサントラ(ブロードウェイ版/映画版両方持ってます)を聴き込んだりしているのですが、続編のこの邦題を知ったときは「なんでこんなダサいサブタイトル…?」と不思議に思いました。 で、調べてみたところ、原題は "Mamma Mia! Here We Go Again"というのですね。 "again"がついています。 これを見て、ようやく腑に落ちました。 映画のタイトルチューンになっているの名曲"Mamma Mia"のサビの歌詞、"Mamma mia, here I go again"からきていたのですね。 この歌詞と、続編であるということを掛詞にしての"Here I we go again"(もう一回いくよ! 的な意味)なわけなのです。 また映画の中では、主人公ソフィが妊娠したことと、その昔ソフィの母親のドナがソフィを妊娠・出産するまでの経緯が2つの時間軸で描かれていますので、そういった意味でも"again"の要素があるわけなんですね。 …って、"again"を省略しちゃったら、 サブタイトルの意味なくない!?!? まあ「ヒア・ウィー・ゴー・アゲイン」にすると、くどくなっちゃうのかな。 そもそも、洋画の邦題って、どうしてカタカナ英語ばっかりなのでしょうね。 新作映画の邦題を見かけるたびに疑問に思うんですが、 「」とか、 「」とか、カタカナにするととたんにダサくなっちゃうような気がするのです。 「」なんて、ホラー映画なのに「ドンと来い!」みたいな響きになっちゃってちょっとガッカリしてしまうのは私だけ? 「アルファベットにしたら、読めないだろう!」ってことかも知れないけど、アルファベットが読めないような人はそもそも洋画観ないと思うし…。 だいたいみんな、お店の名前とかブランド名とか、アルファベットで表記してあるの、きちんと読めるでしょう? ""と書いてあるバッグを見たら「あっ、だ!」って思うし、""って書いてある看板を見かけたら「ちょっとスタバで休まない?」って言うでしょ? 読めてるでしょ? なんで洋画のタイトルだけ、 「英語の原題をカタカナにしただけ」のやつばっかりなんだー!! …と、常日頃から悶々と考えている私なのでした。 でも、これ(洋画の邦題カタカナ英語問題)について論じている人を見たことがないのですが、気にしているのは私だけなんだろうか…? 一昔前までは、""が「」だったり、 "Shawshank Redemption"が「」だったり、 "Sister Act"が「」だったりと、 しゃれた日本語の邦題が多かった気がするのですが。 なんかが変わったのかな? あ、でもディズニー映画は結構がんばって邦題考えた感のある作品が多いですね。 特に作品。 「」は、なんと原題が"Up"だったりします。 アップ。 それだけ。 「」は"Tangled"だし、「」は"Frozen"。 子どももたくさん観に来るものだから、タイトルからバチっと内容が伝わってくるよう工夫しなきゃならないんでしょうね。 子どもは吹替で観るだろうから、英語の響きとかあんまり関係ないしね。 と、タイトルのことでぐだぐだ申しておりますが、「マンマミーア」続編を観て感じたことも少し、書いていきます。 注意!! といっても私は映画通でもなんでもないし、1回観ただけで内容を鮮明に覚えているわけでもなく、わかったような口をきくのもなんか恥ずかしいので、本当に思ったことをただ羅列していきます。 全体的に、しんみりした曲が多かった。 泣ける要素という意味では良かったが、もう少しみんなでワッと盛り上がるシーンが欲しかったなあ。 個人的によかった楽曲は、回想シーンでハリーが歌う「」(っぽいキャラからのギャップが素敵)と、ソフィが父親たちと再会するときの「ダンシング・クイーン」の盛り上がり。 心躍りました。 冒頭、ソフィーが皆に招待状を出すところから始まる描写が前作のオマージュになっていて良かった(前作は結婚式の招待状、今作はホテルのリニューアルパーティの招待状)。 終盤、ソフィの子どもの洗礼式を教会で行うシーンも、前作の結婚式の描写と対になっていた。 こういうところは丁寧で良かったなあ。 ハリーが仕事で嫌々会議に参加している舞台が東京で、まじめっぽい日本人が会議に無駄に時間をかけている描写が素晴らしかった。 世界よ、日本はそんな国です。 前作から映画の設定上はたぶん5年くらい経っているけど、実際には10年(前作は2008年製作)経っているので、登場人物はそれなりに歳をとっていた。 のおっさんっぷりがヤバかった。 前作ではあんなにピ チピチしてたのに。 は相変わらず可愛かった。 そして歌がうまい。 の母親役(=の祖母役)がシェールなのは無理がある。 絶対に。 前作では、ソフィの父親が誰なのか? という謎に挑むスリルがあったり、3人の父親候補たちが「自分がソフィの父親だ!」と信じきって(他にも父親候補がいることをまだ知らず)とんちんかんな会話劇が繰り広げられたりするのが面白かったが、今作でそういった脚本上の技巧的な面白さはあまり見られなかった。 映画の感想としては、こんなところでしょうか。 ただ、やっぱりミュージカルオタクとしては、 前作の設定がきちんと活かされているのかが気になってしまいます。 基本的にこの「ヒア・ウィー・ゴー」は前作を知らない人も楽しめる作りになってはいましたが、残念だったのは、前作の内容がきちんと引き継がれていない点が多く、 ストーリー上の矛盾が多く生じていたこと。 以下、前作の設定との矛盾を挙げてみます。 前作で登場したドナの日記帳と今作の回想シーンで、ドナが3人の男(ソフィの父親候補)に出会う順番が違っている(前作ではハリーは最後に出てきていたのに、今作ではいちばん最初)。 ソフィの父親候補3人の若い頃、前作ではかなり古めかしいいでたち(70年代らしく、ヒッピーだったり、ヘビメタだったり)の写真が残っていたのに、今作ではふつうに爽やかファッションの好青年たちだった。 ここは前作を踏襲してくれたら面白かったんだけどなあ。 ハリーは前作だとパリに留学中の設定だったけど、今作では旅行中になっていた。 旅の中の一夜限りの恋になってしまっていたので、ドナと一緒に買ったはずのギター(二人のイニシャル付き)も登場せず。 ハリーがゲイであるという設定はどこへ? 前作で彼氏ができてあんなに幸せそうだったのに。 ドナが島で経営を始めたホテルは、もともとビルの大叔母がドナに遺産をくれたから買えたという設定で、前作ではビルがソフィとの繋がりに気付く重要なファクターなのに、この設定が消滅していた。 ドナは本当に無一文で、カフェのオーナーのおばちゃんの善意で廃屋を譲ってもらうかたちになっていた。 (ちなみに そのカフェのおばちゃん、ドナがソフィを出産するときに産婆としても活躍していてすごかった。 便利な存在。 ソフィが「絵がめっちゃうまい」という設定が消滅していた。 それで絵の道を目指すのか、母のホテル経営を継ぐのかという迷いを残したまま終わっていたのに、そこには全く触れず。 こんなところでしょうか。 ていねいに検証すればもっと出てくるかもしれませんが、いちど観て気付いたところだけ挙げてみました。 オタクなので、どうしても重箱の隅をつっつくようなツッコミが多くなっちゃいますね。 まあエンタメとして楽しめる作品にはなっていたので、こういう指摘をするのも野暮というものかもしれませんが、全世界でトッルの名作ミュージカルの続編を作るというのだから、もう少し前作の設定に気を遣ってほしかったなあ…と思わなくもないです。 さて、ここまでつらつらと書いてきました。 ふだん語学のことを書き散らしているブログなので、最後に、英語にからめて気付いたことを少し。 上の感想にも多く名前が登場した「ハリー」という人物。 「マンマ・ミーア」の中でも私のいちばんのお気に入りキャラでして、演じているのも私がずっと大ファンをしているです。 ソフィの父親候補の一人で、まじめ一辺倒の仕事人間ですが、作中では「本当は冒険に憧れている」ということをずっと言っています。 そのためか、"spontanious"(自発的な、本能的な、無計画な)ということばに異常なこだわりを見せるのです。 前作でビルに初めて会ったときには、 "I'll never be the spontaneous adventurer. "(本能的な冒険なんて僕には無理だ) などと言っていたり、過去にただ一度ドナと情熱的な一夜を過ごしたあと、ドナを追いかけてまで来てしまったことも "I hopped on a train and followed her to Greece, quite spontaniously. " (電車に飛び乗って、彼女を追ってに行ったんだ、きわめて衝動的にね。 ) と回想していたりします。 また、自分がソフィの父親かもしれない…と困惑するビルに "Bill, where's your spontaniety? 初めての会話との対比が面白いですね。 きちんと数えたことはないですが、ハリーは作中でこの"spontanious ly "や"spontaneity"ということばを何度も何度も繰り返して使っていて、それがなんだか可笑しかったのを覚えています。 で、今作でも若かりし頃のハリーが、きちんとこの"spontanious"を連呼して「真面目な自分から脱したいんだ!!」的なことをたくさん言っていたので、思わずニヤリとしてしまったわけなのです。 日本語字幕つきで1回観ただけなので、上記のように詳しく検証することはできませんが、何回この単語を言っているのか数えてみると面白いかもしれませんね。 ここまで「 ヒア・ウィー・ゴー」にからめて色々と書いてきました。 個人的にこだわりの強い作品の続編なので、かなり細かいところまでツッコミを入れてしまいましたね。 色々書きましたが、音楽や情景がとても美しく、観ていて楽しめる作品でしたよ。 映画のレビューなどという、ほとんどやったことのないテーマに挑戦してみましたが、機会があればまたやりたいなあ。 では、次回は毎週恒例企画「のぼうけん」英語ディクテーションをお送りいたします。 またお会いしましょう〜。 よろしければクリックをお願いいたします。

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