ミステリー サスペンス 違い。 サスペンスとミステリーの違い。

「ミステリー」と「サスペンス」の違いとは?分かりやすく解釈

ミステリー サスペンス 違い

Contents• サスペンスとミステリーの辞書的な意味を調べてみる サスペンスとミステリーの違いを知るためにまずは辞書で意味をみてみましょう。 ・サスペンス(suspense 未解決・不安・気がかりの意味。 小説・ドラマ・映画などで、筋の展開や状況設定などによって、読者や観客に与える不安感や緊張感 ・ミステリー(mystery 神秘的なこと。 不可思議。 推理小説 サスペンスの方が緊迫感や不安感を与えるようなイメージで ミステリーのほうが超常現象などの不可思議なことに使われるというイメージですね。 今度は辞書の意味だけではなく小説やテレビなどで使われる際のサスペンスとミステリーの違いを説明します。 サスペンスとミステリーの大きなたった1つの違いとは? テレビや小説などで使われるサスペンスとミステリーについてですが1つ大きな違いがあります。 それは 犯人や謎が分かっているかどうかです。 違いは以下のとおりです。 ・サスペンスはあらかじめ犯人が分かっていることが多い ・ミステリーは誰が犯人かわからないことが多い。 また最後で全ての謎が明らかになる展開が多い。 とはいってもサスペンスとミステリーの違いはかなり微妙で、ほぼ同義語として使用されていることも多く、違いがわかりにくのが実情です。 それでは次に代表的な作品をそれぞれ挙げておきますね。 代表的なサスペンス作品 代表的なサスペンス作品をあげます。 サスペンス小説5作品 ・殺人鬼フジコの衝動 真梨幸子 ・流星ワゴン 重松清 ・ハサミ男 殊能将之 ・スロウハイツの神様 辻村深月 ・十角館の殺人 綾辻行人 サスペンス映画5作品 ・ミスト。 羊たちの沈黙 ・バットマンダークナイト ・サイコ ・インセプション スポンサードリンク 代表的なミステリー小説・映画作品 代表的なミステリーの小説を映画作品をあげておきます。 ミステリー小説5作品 ・火車 宮部みゆき ・すべてがFになる 森博嗣 ・悪の教典 貴志祐介 ・陽気なギャングが地球を回す 伊坂幸太郎 ・黒い家 貴志祐介 ミステリー映画5作品 ・バタフライエフェクト ・シックスセンス ・セブン ・ユージュアル・サスペクツ ・ソウ(SAW) まとめ サスペンスとミステリーの分別は難しく、同じ意味として使われていることも非常に多いのです。 もし迷った場合は、犯人や謎が最後に分かるのか、それとも最初から分かっているのかを参考にされてください。 それではありがとうございました。 Sponsored Link•

次の

「ミステリー」と「サスペンス」の違い・意味と使い方・使い分け

ミステリー サスペンス 違い

どうもミステリ警察です。 ろくにミステリに対して愛も知識もないこんな輩に、何の解説を求めるのかって話ですが。 「最初から犯人がわかってるのがサスペンスなので古畑やコロンボはサスペンスだ!」って、いやいや……。 [] サスペンスってドキドキハラハラのことだから、別に謎や犯人を必要とはしないのでわ 最初から犯人や謎が明らかな「倒叙ミステリー」とサスペンスはまたちょっと別のような気もします こうやって内容を読んだ上で、きちんと指摘しているコメントがついているのに管理人はスルーしてスターを付けないのってどういうことなんだろう? 最近は、互助会だとかマジでどーでもいいんですが、 「そうだったんですか!知りませんでした!!」みたいな社交辞令だけの「なんでも褒めてくれる」ひとしか読者にならないのは不幸だと思う。 ただ「倒叙ミステリも知らねーのか」なんてマウントを書いても仕方ないので、以下でサスペンスとミステリの差異について少し考えてみる。 なぜサスペンスではなくミステリなのか? なぜミステリではなくサスペンスなのか? 少しはマシなものが書けるかと。 【スポンサーリンク】 まずは古畑がサスペンスだというところから。 記事から根拠を引用すると、 サスペンスとは、物語の中で追いつめられる犯人への感情移入による緊張感や、その事件を追う過程で味わう不安感や緊張感を楽しむ作品です。 代表的で分かりやすい映画作品は「刑事コロンボシリーズ」や「古畑任三郎シリーズ」などの犯人が最初から明らかな作品があげられます。 ただ、犯人が最初から分かっている作品というのは少ない為、どちらかというと犯人を追い詰める過程や謎解きを行う時の不安や緊張感を味わう作品のことをサスペンスしているようです。 調べたなら情報ソースを示してほしいものですが。 これは、以前から出ている誤情報(デマと呼ぶほどではないか?)でして。 一説には、水野晴郎氏がこういう極論を語ったという。 だが当時の記事を調べてみると面白いものが出てくる。 今田が司会の「知ったかぶりクイズ あなた説明できますか」という番組で以下のようなことがあったのだそうだ。 このとき「名探偵コナン」はミステリーで「古畑任三郎」はサスペンスであるというフリップが。 これは用意された「解答」に従ったものだという。 解答を聞く相手として登場したのは水野晴郎。 おいおい。 というセレクトの問題は一旦おいといて。 質問を投げかけられて彼が違いを説明した後で 番組的にまとめられた「解答」は、「ミステリーは最後に犯人が分かるもの。 サスペンスは最初から犯人がわかっているもの」(具体的な文言は違ったかもしれませんがこういう趣旨の内容)だったのだ。 というところだけ取り出すと水野晴郎を非難したくなるのは当然である。 が、彼の説明自体はここまで極端ではなかったのだ。 「ミステリーは視聴者が一緒に謎について考え犯人を探し、サスペンスは最初から犯人がわかっていてハラハラドキドキする」というような言い回しで「違いは犯人がいつわかるかである」と言ったわけではないのだ。 そりゃあ水野氏は多くのサスペンス映画を観ているわけですからこんな認識をするのはおかしい。 出典の時点で歪んだ認識だったわけですね。 どこで読んだか知らないが(多分どっかのNAVERかなんかで)「サスペンスとは~ミステリとは~」なんてのを読んで記事を書いたんだろう。 実に魂が震える。 メタ では、上記の分類のどこに誤謬があるか? ここでサスペンスは、観客(読者)を「ハラハラさせる」ことを主眼とし、ミステリは「謎」に主眼があると仮定する。 あくまでも「主眼」であり「要素があるかないか」ではない。 例として挙げている「古畑任三郎」。 古畑役の田村正和が、スポットライトを浴び視聴者に向けて語りかける。 「え~、犯人はどうして犯行に及んだんでしょうハンマカンマ~」 古畑が作中と作外に存在するメタな場面。 あれはミステリ小説の「読者への挑戦状」と同じ。 あれにより物語の「謎」にスポットを当て、視聴者を誘導する。 ここからは微妙ですが、古畑の場合、犯人側視点のサスペンス的な「ハラハラ」演出より「古畑が犯人を言い当てたポイントは何だったか?」という謎にフューチャーしているからこそ倒叙ミステリと呼べる。 ヒッチコックがサスペンスの巨匠と呼ばれるのは、「ハラハラ」の緊張感を最後まで持続するからであり、謎解きによる減速がないからでもある。 「北北西に進路を取れ」しかり、「裏窓」しかり。 もし古畑をサスペンス作品にするのであれば、メタな挑戦状のシーンを挟まず、犯人の隠蔽工作が気づかれるか気づかれないかという犯人側視点だけで描き、ハラハラ演出だけに主眼を置けばいい。 だがあの「視聴者への挑戦と謎の提示」があることによって、古畑は倒叙ミステリになっているとも言える。 ちなみにですがコロンボの場合「さらば提督」や「騙されたコロンボ」などのように倒叙構造ではない回もある。 ただ「ユージュアル・サスペクツ」みたいにカイザーソゼは誰なのか?という部分に主眼を置きながら結局あーいうトリックを仕掛けられてしまうとなかなか難しい。 全編サスペンスフルなのにもかかわらず、作中「誰も素顔を知らない伝説の悪党カイザーソゼとは誰なのか?」という単純な謎を中心として、チャズ・パルミンテリ演じるクイヤン捜査官の頭の中だけに仕掛けられたトリックを観客は、映画を観ながら共有する構造になってる。 作中世界では何の謎でもないわけです。 なにせほとんどの関係者は死んでるが、知ってるやつが顔を見れば一発でソゼってわかる。 だからあの映画においてのトリックは映画「サスペリアパート2」などと同じく「作中人物が作中人物に対して仕掛ける」トリックではなく「作中人物や映画製作側が観客(作外)に対して仕掛けるトリック」だということでして。 だからあの作品はハラハラするのにもかかわらず、そのメタな謎のせいでミステリと呼びたくなってしまう。 サスペンス・ミステリでいいのかもしれない(逃 元も子もない言い方をすれば、サスペンスもミステリも 「編集者がそう思って売り出せばそれはサスペンスでありミステリでありサスペンスミステリだ」 というのが真理ですし、更にはサスペンス・スリラーなんてものまで出てくるもんですからもはやカオスなんですがね。 厳密なジャンル分けが難解だからこそ、こういう話が定期的に出ては結論が出ない。 ハラハラがサスペンスでドキドキがスリラー……うわぁ。 犯人不在 ちょっと整理します。 ・サスペンスとミステリは重複しうる ・ミステリがなくてもサスペンスは成立するし、サスペンスがなくてもミステリは成立する ・犯人がいなくてもサスペンスもミステリも成立する(日常の謎系、パニック系、動物系サスペンス) ・最初から犯人がわかっていてもミステリは成立する(倒叙ミステリなど) ・途中で犯人がわかってもサスペンスは成立する ・船越英一郎が出てきてもミステリである可能性はあるが、崖に立って犯行の動機を語るときはサスペンスの可能性が高い 途中で真犯人がわかるサスペンスなんてなんぼでもある。 「火曜サスペンス劇場」みたいに雑なワードの消費によってジャンルの語義はすっかりブレている。 テレビや出版社が安易にサスペンスだのミステリだの呼称する事で千差万別なジャンル認識が生まれてしまった。 ちょっとハラハラする要素があればサスペンスと呼び、多少の謎があればミステリと呼びたがる。 要は、作品の中でハラハラと謎の「どちらに主眼があるか、比重があるか」の差でしかなく、だからこそ「ハラハラするし謎もある」作品はハンパなサスペンス・ミステリという雑な呼ばれ方をしてしまう。

次の

似ているようで違う!「ミステリー」と「サスペンス」の違い

ミステリー サスペンス 違い

一般に「ミステリ」は幅広い傾向の作品を含むジャンルの総称で、「サスペンス」もその「ミステリ」中の一部と見なされます。 ですから、「ミステリ」と「サスペンス」でどこかが違うと言うことではないです。 「野菜」と「キャベツ」の違いって何ですか? という質問と同じ事です。 ミステリの中でも、謎解きの面白さや論理の整合性などではなく、現在何が起きているのか不明なことによって生み出される焦燥感や、心理的に追い詰められることによる圧迫感などの、ハラハラどきどきの展開の面白さを重視したタイプの作品を「サスペンス」と呼んでいます。 なお、ミステリをよく知らない人が 始めから犯人がわかっているのがサスペンス 最後まで犯人がわからないのがミステリ と言うことがありますが、これはわかりやすい言い方ではありますが、明らかな間違いです。 サスペンスには最後まで犯人がわからないものもありますし、始めから犯人がわかっているものもあります。 もちろん始めから犯人がわかっているミステリもありますし、最後までわからないミステリもあります。 このように最初から犯人がわかっていて、犯人側から描かれたミステリのことを、一般に「倒叙ミステリ」と呼んでいます。 倒叙ミステリはサスペンス物もありますが、東野圭吾『容疑者Xの献身』のように「本格ミステリ」と呼ばれるタイプの作品もあり、さまざまです。 「倒叙ミステリ=サスペンス」ではありません。 「サスペンス小説」の最高傑作と呼ばれているのはW・アイリッシュの『幻の女』ですが、これは最後の最後であっと驚く意外な真犯人が明らかになりますし、「サスペンス映画」と言われて誰もが思い浮かべるヒッチコックの作品も、始めから犯人がわかっているものはほとんど無いです。 一般に「サスペンス」と呼ばれる作品で始めから犯人がわかっている物はむしろ少数派です。 あるいは、そういう解釈を広めたい、という陰謀とか・・・w 実際映画の「A級、B級」と言うのは単に製作予算規模の大小をいい、作品の質には関係ないんですが、「A級はよい作品」という間違いが広まり、知恵袋でも多数そういう嘘回答が寄せられています。 ネットがデタラメの発信源となる、一つの例であり、「ネットの情報や知識の信憑性」はまだまだ、という例でもあるでしょう。

次の