御嶽海 ハーフ。 御嶽海はハーフで母親が美人!兄弟や父親を調査!高安と仲良し!?

御嶽海(出羽海部屋)のプロフィール&相撲経歴紹介!プロ野球・西武の山川似のハーフ力士!|相撲道

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御嶽海(みたけうみ)さんの 出身地は、 長野県木曽郡上松町です! 山と川がきれいな自然たっぷりの地域で生まれています。 小学1年生のときに相撲大会にでたことがきっかけで相撲にハマったそうです。 じぶんよりもずっと小さい相手に負けたことが悔しくてたまらなかったそうです(笑) 御嶽海はハーフなのか?それとも純日本人? 御嶽海さんは、ハーフです。 母(マルガリータさん)がフィリピンの出身。 父は純日本人だそうです。 11 【出身地】長野県木曽郡上松町 【所属】出羽海(でわのうみ) 【憧れの力士】武双山 【身長】180センチ 【体重】177キロ 【顔】かわいい、お茶目 【収入】月収180万(年収2160万円〜) 【優勝経験】幕内最高優勝2回、十両優勝1回 【小学校】上松町立上松小学校 【中学校】木曽町立福島中学校 【高校】木曽青峰高 【大学】東洋大学法学部企業法学科 まだ続きを書く。 その他の将来有望な幕下力士はこのような方がいらっしゃいます! 御嶽海の幕内最高優勝2回 2018年名古屋場所13勝2敗 2019年九月場所12勝3敗(優勝決定戦) 大関への昇進目安としては、3場所合計で「33勝」以上となっています。 (一応、絶対的なルールではなく、あくまでも相撲内容を含めた目安となっています。 9月場所は横綱の鶴竜と白鵬が途中休場。 そして大関の高安も休場しており、上位がほぼいない状態でした。 11月の九州場所では、白鵬と鶴竜の2横綱も復活するとおもうので、かなり厳しいチャレンジになる可能性もあります! 個人的には、 御嶽海さんを心から応援しているので九州場所では優勝+大関昇進を果たしてほしいです^^b 「2019年」御嶽海の直近の成績.

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御嶽海はハーフ?高安も?母はスナック経営?彼女を目撃!かわいいと噂?|ニュースポ24

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地元で相撲大会が開催され出場したのがきっかけとなる。 御嶽海は負けず嫌いの性格であったために、その相撲大会で自分よりも体の大きな相手に負けたことで闘志に火がついた。 本格的に相撲に取り組むために、相撲クラブに通い始めるほどであった。 そんな御嶽海だが、小学5年生の時にはに全日本小学生相撲優勝大会で準優勝の好成績をあげるまでに成長していった。 中学3年生の時には全国大会で8強入り、高校では国体の少年の部で3位という好成績を納めていった。 高卒業後は、東洋大学へ進学した御嶽海。 大学では大活躍の御嶽海は、個人タイトルを15個獲得。 大学4年生の時には、学生横綱とアマチュア横綱の2冠に輝き幕下10枚目格付出の特権を得ている。 しかし、御嶽海は各界入りすることに対しては前向きではなかったこともあり、和歌山県庁への内定を得ているほどであった。 そんな御嶽海が各界入りすることになったのは、大学の監督と入門することとなる出羽海親方が知り合いであったことだ。 出羽海部屋は関取不在の低迷期に陥っていた時期で、親方としてどうしても御嶽海に入門して欲しいと願っていた。 本人に思いの丈をぶつけたことで、御嶽海も少し各界入りへ傾いた。 また、大学時代にぶつかり合っていた関取・遠藤が大相撲の世界で活躍する姿を見て、自分も遠藤と良い勝負をしていたのだからやれるかもしれない、と思っていたらしい。 それでも和歌山県庁への内定を頂いた状態から各界入りすることには、かなり悩んでとのこと。 各界入りするからには、絶対に成功し活躍しなければならないと考え最終的には出羽海部屋へ入門することを決めた御嶽海であった。 2015年3月場所で、幕下10枚目で初土俵を踏んだ御嶽海。 二場所連続で6勝1敗の成績を納めて、7月場所には早くも関取となった。 十両昇進となった7月場所では、11勝4敗ながら十両初優勝。 翌9月場所では12勝3敗と優勝こそならなかったが好成績を納めて早くも幕内昇進となった。 幕内昇進後は二場所目で負け越してしまうものの、その後は二桁勝利などを収めるなど活躍し2016年11月場所には初の三役昇進を決めた。 2017年3月場所からは小結、関脇と三役の座を守りながら2018年7月場所には13勝2敗の成績で幕内初優勝を飾ったのである。 初土俵から3年4ヶ月でのスピード優勝を遂げた御嶽海。 大関取りも期待されたが、翌9月場所と11月場所では成績が奮わず大関への昇進は叶わず。 11月場所では、7勝8敗と負け越してしまい西小結へ番付を下げてしまった。 2019年は御嶽海とって飛躍の年としたいところ。 まずは1月場所で好成績を納めて関脇復帰と大関取りへの足がかりをつかみたいところ。

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御嶽海(みたけうみ)はハーフ?母や本名も!相撲に入った理由は?

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2015年9月(十両時代) 基礎情報 四股名 御嶽海 久司 本名 大道 ジャスティン 久司 愛称 オオミチ、みーたん(自称) 、Real Deal 生年月日 1992-12-25 (27歳) 出身 (出生地) (育ち) 身長 180cm 体重 177kg BMI 54. 6 所属部屋 得意技 突き・押し 成績 現在の番付 西 最高位 東 生涯戦歴 265勝179敗5休(31場所) 幕内戦歴 230勝170敗5休(27場所) 優勝 幕内最高優勝2回 十両優勝1回 賞 殊勲賞5回 敢闘賞1回 技能賞2回 データ 初土俵 3月場所 入幕 11月場所 趣味 ・、 、プリン作り 備考 2個(日馬富士1個、鶴竜1個) 現在 目次• 来歴 [ ] アマチュア時代 [ ] としてで生まれた。 フィリピンでは慶事であるクリスマスに限って医療費が無料であり、これが1つの親孝行となった。 母は「クリスマスジャストに生まれたから」という理由でミドルネームを「ジャスティン」と命名した。 4歳の時に移住したの自然で育った。 父親と一緒にやを山で採取したり、で泳いだり、や、などのを釣って塩焼きにして食べたりしたことなどを、後に思い出として語っている。 保育園時代には生まれつき障害のある子と手を繋いだり、運動会の徒競走で1着でゴールインした後にその障害のある子が困っているところに手を貸したりと弱きを助ける面があった。 大道少年が相撲を始めるきっかけとなったのは、上松町立上松小学校1年の時にで開かれた相撲大会に出場した際に、初めて挑戦した相撲で自分より体の小さな相手に負けたことである。 これをきっかけに負けず嫌いの魂に火がつき、地元の木曽少年相撲クラブに入り相撲一筋の人生が始まった。 小学生の時は父と約束し自宅の庭石の上で毎日400回、四股を踏むことを日課とした。 5年次にで2位となった。 木曽町立福島中学校に進学すると3年で全国大会ベスト8となっている。 在学中に国体少年の部で3位となった 後に法学部企業法学科 に進学した。 一方で大相撲入りに関しては、相撲部屋へ何度も見学に行って、厳しいということを恐れていたことから、頭になかったという。 東洋大学には監督の濱野文雄から「復活のために力を貸してほしい! 」と低迷から脱却するための要員として期待されて勧誘された。 東洋大学時代は力強い突き押しを武器に、個人タイトル15冠。 4年時の11月に 、12月にとなり、現行基準では日大出身の元幕内・(清瀬海)、同じく日大出身の幕内・に続き3人目となる幕下10枚目格付出の資格を得た。 入門 [ ] 当初はプロ入りする意向はなく、アマチュア相撲の強豪・への就職が内定しており、就職したら家族を呼んで和歌山で一緒に暮らす ことを考えていたが 、大学の相撲部の浜野監督の知人から部屋を紹介され 、また「最近10年くらい幕内力士が出ていなくて、今は名門とは言えないかもしれない。 でも、きっと再興させたいと思っている。 是非とも力を貸してほしい」という11代出羽海親方(元幕内・)の説得もあり 、2015年2月12日に出羽海部屋へ入門した。 2月に出羽海部屋を継承したばかりの11代出羽海にとっては初の直弟子である。 後にで大道は「大学卒業後、プロに進もうとは思っていませんでした。 を受け、和歌山県庁から内定をいただき、両親も喜んでくれていましたから。 辞退した県庁のみなさんにも申し訳が立たない。 行くからには、絶対に結果を出すという気持ちで入門しました」と入門時の心境を語った。 入門時に目標の力士として元大関・(現・年寄:)の名を挙げたが、ので身長を測定したのは奇しくもその元・武双山の藤島審判副部長だった。 なお、大道は出羽海部屋は知っていたが部屋の出身力士はくらいしか知らず、入門した後で名門であることを改めて知ったといい、出羽海部屋が出羽海一門のトップであるということも知らなかった。 大相撲入門後 [ ] 2015年 入門当初は本名を四股名とする力士も多いが既に自身の本名の姓と同じ文字の元幕内・(、現・年寄:)がいたこともあり 、四股名には地元上松町から望めるに出羽海部屋の「海」をつけた「御嶽海」に決まった (ただし、「御嶽」の読みは、山は「おんたけ」と読むのに対し、四股名は「みたけ」と読む。 「御嶽」の読みを「みたけ」にしたのはによる被災者への配慮でもあり、部屋の行司の木村千鷲と話して決めた )父は嶽王(たけおう)や嶽ノ王(たけのおう)という四股名を考えていたと言い、親戚に王という苗字の人がいたので四股名に『王』を付けることを考えたという。 入門当初から外出には力士にふさわしい着物や履物を身に着けないといけないため、その点で御嶽海は他の部屋と比べて厳しいと感じたという。 3月場所で初土俵。 初土俵の場所は2番相撲(3日目)にからプロ初黒星を付けられたものの、これがかえって緊張をほぐす契機となり 、最終的に6勝1敗の好成績となった。 5月場所は東幕下3枚目の地位で6勝1敗の成績とし、場所後の番付編成会議にて、7月場所での新十両昇進が決定した。 十両昇進まで所要2場所で昇進するのは11人目である。 長野県は元幕内のが1月場所限りで引退して以来全都道府県で関取不在の期間(37年間)が最も長かったが 、長野県出身力士として47年ぶりの新十両となり、平成以降関取を出していない都道府県は皆無となった。 関取になってからは取的に指導やアドバイスもしなければならなくなったが、早い出世だったため当初は関取という立場であっても兄弟子たちには話しづらく、そうしたことができるようになったのは幕内上位となった2016年になってからのことであった。 7月場所において、11勝4敗の成績を収め、十両優勝を果たした。 長野県出身力士の十両優勝は、1949年5月場所の以来66年ぶりである。 10日目のから激しい張り手を受け口内から激しく流血し、翌日の取り組み後に左上唇を15針縫う怪我を負った。 以降の取り組みでは本来の突き押しが出来ず、いつも以上に立合いの変化を多用した。 7月17日、のが、にての打ち合わせの際に優勝したら御嶽海のを撮ると約束していた。 結果、十両優勝したため2015年9月9日に出羽海部屋にて撮影が行われ、開催中であった『篠山紀信展 写真力』の展示を変更し御嶽海のモノクロ写真が白鵬や朝青龍に並んで掲げられた。 9月場所14日目は初めて幕内で相撲を取り勝利した。 また、若手のためにと中入り後最初の取組にを掛け続けていたによる初めての懸賞金を受け取った。 この場所は西十両5枚目で12勝3敗という好成績だったことから、続く11月場所では新入幕となり、この場所は千秋楽に勝ち越した。 2016年 1月場所は途中休場により入門丸1年にして初めて勝ち越しを逃したが、3月場所は10勝とした。 同年4月24日から食あたりで嘔吐を繰り返し、体重が10kgも落ち、回復したと思われた矢先に風邪を引いた が、西前頭8枚目として迎えた直後の5月場所は場所前の不調とは裏腹に11勝を挙げ、敢闘賞を受賞した。 東前頭筆頭まで大きく番付を上げて臨んだ七月場所は7日目までの大関戦で力の差を見せつけられ1勝6敗。 最終的には5勝10敗と自身初の皆勤負け越し。 初めて大銀杏を結って挑んだ9月場所 は11日目に勝ち越しを決めるなど好調であり、最終的に10勝5敗の2けた白星を収め、11月場所では新三役となり小結に昇進した。 長野県出身力士としては春場所の以来84年ぶり、出羽海部屋からは2005年9月場所の以来11年ぶりの新三役であり、東洋大卒業者としては初である。 福岡県新宮町の出羽海部屋宿舎で新三役昇進会見に応じた御嶽海は、新番付を手に「率直にうれしい。 (新三役の県出身力士が)八十四年もでてなかったのか、とびっくりした」と率直に喜びを語った。 先場所を「上位と戦って『もうちょっとできる』と思った。 その経験があったからこそ、先場所は十勝できた」と振り返り「今まで通り、しっかりと自分の相撲を取れば白星につながっていくと思う。 苦しい場所にはなると思うけど、勝ち越せるよう頑張りたい」と九州場所への決意を語った。 また、御嶽海の新三役昇進を記念して中日新聞社は10月31日、特別号外を発行し、上松、木曽両町で配布した。 11月場所では上位陣相手に健闘するものの6勝9敗で負け越し、三役の座からは陥落する。 靖国神社奉納大相撲 御嶽海の相手は勢(2017年4月17日撮影) 2017年 西前頭筆頭で迎えた1月場所では初日から3横綱・4大関との対戦が続いたが、2日目に横綱・を寄り切りで破り長野県出身力士として1955年初場所初日の大昇以来62年ぶりとなる初金星を挙げると4日目にはにも勝利し、二つの金星を含む11勝4敗で初の技能賞を獲得した。 これにより3月場所は三役復帰となった。 場所後の2月17日に佐久市中込のホテルで行われた「御嶽海関技能賞受賞祝賀会」では「応援をしていただいた皆さんの熱気を感じる。 3月場所でも二桁の勝ち星を挙げ、また佐久へ戻ってきたい。 期待に応えられるよう精進します」と決意を語り、会場の盛大な拍手を浴びた。 2月に1日15番を計12日間取って体が鍛えられたことと初場所後に後援者との食事会が急増したことで場所直前には自己最高を更新する161㎏にまで体重が増加。 場所前の稽古は同じ堺市に宿舎があり、遠藤ら関取5人を擁する追手風部屋への出稽古が中心であったが。 2日、3日、6日の3日間、申し合い稽古で計35番を取ったが、結果は12勝23敗と不調であった。 「立ち合いの踏み込みや出足がしっくりこない」と持ち味が影を潜めた様子が報道された。 東小結で迎えた3月場所は大関以上に対して自力勝利なし(5日目の白鵬戦は不戦勝)であったが関脇以下に対しては実力を発揮して14日目に勝ち越し。 「ほっとしています。 (勝ち越しは)うれしい。 自分の相撲が取れたので良かった。 体が動いている。 前に出る気持ちを忘れずにやっているのがよかったのかな」と声をはずませた。 自身2場所目の三役の地位であったが、この場所は9勝6敗で自身初の三役での勝ち越しであったが関脇に負け越しがおらず、地位は留め置きとなった。 横綱、大関戦での勝ち星がなかった事もあり「まだまだです。 横綱、大関に勝てるようにやってきたい」と気を引き締め直していた。 御当地の春巡業松本場所では稽古中に左手首を負傷、ほぼぶっつけ本番で挑んだ5月場所は初日から3連勝、6連敗、5連勝とツラ相撲ぶりを発揮し、8勝7敗 で場所を終え、7月場所は西関脇へと昇進した。 長野県出身の新関脇は髙登以来84年ぶり。 6月26日午後、愛知県犬山市内にある出羽海部屋名古屋場所宿舎で記者会見に臨んだ際、御嶽海は「今は上(大関)は目指していない(意識していない)。 しっかり勝ち越しを続けることが大事。 課題は精神的な部分。 力は通用しているから、あとは気持ち。 新関脇でも8勝し、そこから二桁勝利を目指したい」と抱負を語った。 県出身者として84年ぶりの関脇昇進には「上の人が歴史をつくってきたことはすごいと思う。 自分も歴史に刻んでいきたい」と語った。 宿舎に入る前日の25日朝に木曽郡内で震度5強を記録した地震の際は、上松町の実家に帰省中だった。 「大きな縦揺れで目が覚めた。 (地元では)御嶽山噴火災害も思い出されるかもしれないが、不安を帳消しにできるように、自分の相撲を取りたい」と強調した。 29日に境川部屋に出稽古へ行った際には豪栄道と三番稽古に挑み、1勝10敗。 押し相撲を試みても全く歯が立たず「体力がきれて押す力もなくなってしまった。 何回か来て収穫を得たい」と語る。 7月場所では、初日に稀勢の里を破って自己最多となる46本の懸賞金を獲得し、「46本? 2つ(の懸賞の束)を持ったのは初めて。 気分よかった。 最高のスタートが切れた」と6度目の対戦で稀勢の里に初勝利した喜びを見せた。 11日目に、と並ぶ歴代最多勝記録が懸かったに勝利し、記録達成を阻止した。 、この一番について「めっちゃうれしかったです。 横綱も記録がかかっていた一番で、緊張感が伝わってきた」と振り返り 、さらに「今までで一番多く舞ったんじゃないですか。 いやー、うれしい。 今まででいちばんうれしい」と喜んだ。 同場所は9勝6敗で、2場所連続の殊勲賞を受賞した。 三賞選考委員25人中21人の賛同を得ての受賞であった。 夏巡業では15分ほどの四股、すり足、体幹トレーニングで体を鍛えた。 帰京してから8月29日に稽古を再開し、この日は四股を15分ほど踏み続け、基本動作を終えると、幕下以下の兄弟子たちを相手に14番を連続で取った。 夏巡業では稽古の土俵で相撲を取っていなかったこともあり、相手に与える圧力が「軽い」と振り返った。 「体調は悪くなく、初日までに本場所の体の切れを戻したい」とコメントしつつ「今場所は(白鵬と稀勢の里の2横綱を破った)先場所通りにはいかない。 でも、当たって前に出る相撲を貫き、隙が出たら、つけ込めるはず」と再び殊勲を狙う。 続く9月場所、11月場所共に関脇の地位で勝ち越しを果たし、2017年の年六場所を全て勝ち越した唯一の幕内力士となった。 2018年 -7月場所で初優勝- 1月場所は初日から7連勝を果たして、鶴竜との優勝争い、そして大関獲りへの足掛かりの場所となることを期待された。 しかし場所前から増えすぎた体重によって体に痛みが走るなどの症状が出てしまい 、8日目に逸ノ城、9日目にと今場所好調の平幕力士に連敗すると調子を崩し、勝ち越しを目前にして連敗は5まで伸びた。 13日目に同じく連敗中の鶴竜を下してなんとか勝ち越しを決めたものの、残りの大関戦も負けて結局8勝7敗の成績だった。 なお、9日目に栃ノ心と1敗同士で対戦しているが、平幕と関脇が9日目に1敗同士で対戦するのは、1972年3月場所のと、1981年9月場所のと以来これが3例目となった。 3月場所は12日目の豪栄道戦で不戦勝に恵まれたものの13日目と14日目を連敗して負け越しを確定させ、千秋楽に勝ったものの7勝8敗の負け越しに終わり、連続関脇在位が5場所でストップした。 4月10日の春巡業伊那場所では高安との三番稽古では4勝5敗。 一気の出足で押し出すこともあったが、つかまると力負けした。 白鵬にはぶつかり稽古で5分間にわたって胸を出してもらい、俵と俵を往復したり、白鵬に頭を押さえ付けられた低い姿勢ですり足をしたりして、何度も転がされた。 スタミナ不足は御嶽海も認識しており「体力面で失速しないように、この巡業で鍛えていきたい」と意気込んだ。 御嶽海の両親にとっては伊那場所はご当地場所である。 との間はで結ばれており、伊那市内はクリスチャンの母が礼拝する教会があり、夫婦で買い物も楽しむ場である。 「地元に近い会場で、友人と連れだって観戦できる」と両親は巡業が始まる前に息子の雄姿を楽しみにしていた。 同年7月場所では西関脇で初日から11連勝と好調な相撲を取り、12日目に大関・に敗れたものの、14日目にに勝利して 幕内初優勝を決める。 千秋楽こそに敗れて最終的に13勝2敗となったが、御嶽海の幕内最高優勝は大相撲の優勝制度が制定された1909年(明治42年)6月場所以後、初となる長野県出身力士の優勝であり、また出羽海部屋にとっても1980年(昭和55年)1月場所の横綱・以来38年ぶりにして通算50回目の幕内最高優勝ともなった。 千秋楽の朝、記者に足しては「優勝しても泣かない」と話したが、インタビューが始まると涙を堪え切れなかった。 8月8日、長野県は御嶽海にスポーツ特別栄誉賞を授与すると発表した。 同日に記者会見した県知事のは「多くの県民に喜びと大きな希望をもたらした業績をたたえたい」と述べた。 9月場所は大関取りの場所となるが、審判部長のは7月場所は3横綱が全休と途中休場で中盤までに不在となり、大関の栃ノ心も途中休場したことに言及。 数合わせではなく「(秋場所は)それを踏まえ、内容が大きく加味される」との見解を示している。 2018年9月場所前の記事ではから「詰めが甘いというのではなく、勝負がつく前に勝ったと思いこんでしまっている。 その前のエアポケットみたいなところを防げるようにならないと、取りこぼしが多くなってしまいます」と指摘されている。 同時期の記事で舞の海はおっつけ、もろ差し、右前ミツとバリエーション豊富な立合いを評価しており、稽古不足を指摘されがちな点に関しても逆に2018年7月場所前に体力を温存して本場所に備えて幕内最高優勝という結果を出したことから「御嶽海の場合は相撲をスポーツの1競技としてとらえ、本場所の土俵で勝つか負けるかという感覚で取り組んでいるのだと思います」と評価している。 大関昇進がかかる秋場所は初日から5連勝と先場所からの好調を維持する。 6日目に豪栄道に敗れ後退するも7日目には貴景勝の張りにも動じず連敗はしない。 しかし中日に勢から初黒星を喫すると、上位対戦の連戦で5連敗。 稀勢の里に敗れたところで今場所での大関昇進は無くなってしまう。 それでも13日目に妙義龍から白星を得ると翌日には大関としての高安に初めて勝った。 千秋楽も白星を得て9勝6敗。 来場所に望みを首の皮一枚ながら繋がる形となった。 続く九州場所は、初日いきなり黒星発進。 さらに、4日目と5日目で連敗と、序盤終えてすでに3敗を喫するが翌日から3連勝でやや調子を取り戻す。 しかし、3連敗と2連敗が響き、14日目に負け越しが決まる。 翌日の千秋楽では、勝てば優勝決定戦に進出する高安を土俵際の掬い投げで破り、小結にとどまれる成績を残した。 2019年 1月場所は初日から2横綱を破るなど5連勝と好調。 しかし6日目の妙義龍戦で左膝付近を負傷し車椅子で運ばれ、7日目から休場。 11日目から再出場し、その1番で10戦全勝としていた白鵬を破って関脇以下で横綱3人撃破という1984年3月場所の以来35年ぶりとなる記録を達成。 大関以下の力士が再出場最初の一番で横綱を倒すのは1951年秋場所で がに勝って以来約67年ぶりの戦後2人目。 勝ち越しを決めた後は思うような相撲が取れなかったものの、3横綱1大関に加え、優勝した玉鷲、優勝を最後まで争った貴景勝の両関脇にも勝っていたことが評価され、殊勲賞を受賞した。 途中休場した力士が再出場して三賞を受賞するのは史上初となった。 再出場によって優勝争いの流れを変えたことから藤島審判副部長(元大関・武双山)の後押しで前例のない受賞に至った。 本人も受賞するとは思っていなかったという。 3月場所は1月場所6日目の妙義龍戦で痛めた左膝が完治しておらず、ぶっつけ本番で挑むこととなった。 この場所前は出稽古なしで、最後まで関取と相撲をとらない、異例の調整となった。 この場所は大関以上には横綱の鶴竜以外に勝てないなど上位の壁に阻まれ13日目に負け越しを確定させるも、残りを2連勝して7勝8敗と踏みとどまった。 春巡業中は怪我の影響で実戦稽古が1日数番にとどまるなど稽古不足が伝えられ、5月場所前には体重が175㎏を計測するなど稽古不足による体重過多が懸念された。 14日目に勝ち越しを決めて3場所ぶりの関脇、そして15場所連続の三役を確定させた。 千秋楽は既に優勝を決めたを一方的に寄り切って勝利し、「力の差を見せつけました。 差が出たんじゃないですか」「伊達に三役を2年張ってきたわけじゃない」と意地を見せた。 7月場所前の時津風部屋出稽古では、昨年優勝した場所という事もありいつになく稽古を積み、特に前場所優勝した朝乃山を警戒し申し合いを重ねた。 7月場所は、中日を終えて6勝2敗と好調だったが後半2連敗などをして失速、結局2場所連続の9勝6敗に終わり、またも10勝に届かなかった。 9月場所は、初日にに敗れるも2日目から7日目まで6連勝をする。 8日目ので負け2敗をする。 10日目の戦で勝って勝ち越しを決める。 11日目の戦で負けるも、13日目の戦で勝って、初優勝した平成30年度7月場所以来の10勝を挙げた。 14日目の戦では珍しくをし11勝を挙げ、3敗の貴景勝、と優勝争いの先頭に立つ。 ただしこの注文相撲は波紋を呼び(場内でもどよめきがしばらく続いた)、解説者のに、「次期大関の呼び声も高い力士が、今場所最大の見せ場に立ち合いの変化とは、こんな勝ち方をして誰が喜ぶというのか。 実に情けないことだ。 すっかり気分が悪くなった。 もう寝よう」と酷評されてしまった。 千秋楽は遠藤を寄り切りで下し、12勝3敗同士の優勝決定戦で貴景勝と対戦。 その貴景勝を寄り切りで下して自身2度目の幕内最高優勝を達成。 関脇の地位で2度の優勝は、後の横綱・以来62年ぶりの快挙だった。 優勝を果たした場合という条件付きで千秋楽に受賞を懸けていた殊勲賞も獲得。 大関昇進の夢を11月場所でかけることになった。 11月場所はまたこの年のが懸かっており、9月場所終了時点で45勝の暫定1位。 これにより同点で暫定1位タイの阿炎と並ぶ格好となった。 しかしその11月場所は1勝1敗で迎えた3日目の明生戦で右目の上を切り(この取り組みには寄り切りで勝利)、そこから恐々と相撲を取るようになって3連敗を喫するなど失速、14日目に負け越しを確定させて大関取りは白紙になった。 更には千秋楽にもに敗れて6勝9敗となり、17場所連続で務めた三役から陥落となった。 12月26日の部屋での稽古では出稽古に来た、栃煌山らと17番取ったが本来の動きの良さは取り戻せておらず、圧力負けする場面が目立ち「前に出ることと、しっかり当たることを意識したが、まだ体が重い」と振り返った。 2020年 出羽海部屋で行われた出羽海一門連合稽古では妙義龍ら関取衆と9番、相撲を取った。 押し負ける場面が目立つなど仕上がりはこれからの印象で、「体が重かった」と振り返った。 西前頭2枚目で迎えた1月場所は11日目に7勝4敗としながら4連敗を喫し7勝8敗で負け越し。 3月場所は初日から6連勝、7・8日目は両横綱に連敗するも、14日目にに敗れるまで優勝争いに残り10勝5敗で終えた。 4月27日の番付発表において西関脇となり、2場所で三役復帰を果たす。 エピソード [ ] 取組関連 [ ]• 小学校6年生だった2005年に、「」の少年力士が関取に挑戦する企画で、大関返り咲き直後のの胸を借りた。 先述の元幕内・大道とは2015年7月場所7日目に対戦し勝利。 「大道対決」はこの一番のみだった。 2016年1月場所7日目の戦は「寿司屋の常連対決」として話題になった。 その4年前から千代大龍が通う九重部屋近くのすし屋に御嶽海が通い始め、千代大龍は「負けたら店で会った時に気まずいから絶対勝とうと思った」という。 取り組みは千代大龍が右上手をつかむと、力強い寄りで御嶽海を破った。 2017年5月場所4日目の高安戦で首投げによって黒星を喫した際には「意識せざるを得ないです。 置いて行かれたから」と大関取りで先を越されたことを悔しがるコメントを見せ、さらに「興奮しすぎて(相撲内容が)分かっていない」との様子であった。 2017年1月場所2日目に日馬富士から初金星を奪った御嶽海だが、この時インタビュールームでは泣こうとしつつも泣けないような微妙な表情をしていた。 音楽評論家で作詞家の和田靜香は「まるで『お母さん~』とウソ泣きを通した80年代の聖子ちゃんのガッツある魂に重なるかのよう」と評している。 巡業関連 [ ]• 2017年4月14日の春巡業松本場所では長野県のご当地力士として人気を集め、6000枚のチケットはほぼ完売するなど盛況であった。 土俵外の相撲関連 [ ]• 絵がとても下手であることを自認しており、日刊スポーツの企画で絵日記を書いたときに話題になった。 本人は「絵は本当にダメなんです。 小学生のとき、50歳くらいの先生に『今まで生きてきた中で、見たことがない(くらい下手)』と言われたことがありますからね。 あれは衝撃でした」と言う。 昇進が早く、入門当時稽古を付けてもらっていた兄弟子を今は付け人にしている。 2017年5月場所前の記事では、場所に際して「まずは勝ち越し」としか言わない力士であるとされている。 上位へは勝ち越しを続ければ絶対に上がるというのが本人の考えである。 新関脇昇進会見でも「力は上に通用している。 高安関と同じ地位に立ちたい気持ちはすごく大きい。 でも、意識しても上には行けない」と堅実に勝ち越しを目標とした。 東洋大学1年生のとき、全日本大学選抜相撲十和田大会決勝で遠藤聖大を破って優勝を果たした時、両親から腕時計をプレゼントされた。 この腕時計は角界に入ってからも大切にしている。 2018年2月10日の第51回では、オープニングでと元気よく『』を歌った。 ソロでは『』を歌い上げた。 その他相撲関連 [ ]• 学生時代は「遊び稽古」という、土俵の外でいろいろと小技を試す嗜みを行い、勝負勘や技術を養った。 「稽古をもっとすれば強くなる」という意見に対して御嶽海は「稽古場でやったことが本場所の土俵で出るんだ、というけれど、その逆の力士だっていると思うんです。 今の自分は、稽古だけじゃないと思う『このままでは現役寿命が短くなるのでは』などとも言われますけど、例えば、今、幕下でガンガン稽古して、3年後に強くなるぞと言われても、その頃には膝がボロボロで関取になれなかった---では意味がない。 "今この時の稽古"を自分なりにして、今、結果を出さないと。 そう僕は思っています。 それが、もしこの先の現役寿命を短くしてしまうことになっても、そこは変えたくない。 僕は"今を生きている"んです」と自分なりの相撲論を展開している。 稽古嫌いとされているにもかかわらず相撲で結果を残すことから、2019年2月3日に行われたの豆まきに参加した際、控室である横綱から「稽古しないで勝つ方法、オレに教えてくれよ! 」とからかわれた。 2018年8月の報道によると、大関昇進を機にやといった部屋ゆかりのに改名することに対して「歴史ある部屋だからこそ、しこ名を受け継げる。 その資格を備えて許されるものなら名乗ってみたい。 それが伝統だから」と意欲を示している。 「15戦全勝」に繋がるとしてさがりの本数を15本にしている白鵬にならって自身も同様にさがりを15本にしている。 2019年9月場所の優勝インタビューで投げキッスを行ったが、これには大相撲解説者のも「僕らの時代では考えられないです。 新しい時代、相撲とともに変わりつつあるんですかね」と終始笑顔で振り返り、好角家のも「お相撲さんが投げキッスをするの、初めて見ました」と笑っていた。 トークショー関連 [ ]• 2017年6月16日、郷の障害者支援施設「阿智温泉療護園」を訪れ、利用者ら約120人と交流した。 東小結で臨んだ5月の夏場所で勝ち越して初の殊勲賞を獲得し、7月の名古屋場所では関脇昇進が有力になっている御嶽海は「さらにその上を目指していきたい」と意気込みを語った。 利用者から「ご飯は何杯食べるか」などの質問が飛び、御嶽海関が「夜は茶わんで10杯くらい。 これでも少ない方」と答えると驚きの声が上がった。 理想の女性像を聞かれると「きれいめな人が好き」と照れながら話し、会場から笑いを誘った。 訪問のお礼に、好物のが職員から贈られると、思わず笑みがこぼれた御嶽海。 交流後には利用者や子どもたちに囲まれ、サインや握手に快く応じていた。 握手をした利用者の女性は「大きくて優しそうな手だった」と感激していた。 御嶽海との交流は、同施設が毎年開いている利用者とその家族の交流会に先立ち開催。 御嶽海が村内の旅館関係者と親交があり、同日にこの旅館を訪れていたことから実現した。 2017年10月1日、坂城町鉄の展示館で一日館長を務めた。 同館で開催中の特別展「大相撲と日本刀」を見学したり、トークショーに登場したりして、詰めかけた大勢のファンらと交流した。 同館で山村弘町長から一日館長の任命を受けた御嶽海関は「先場所は、ハラハラドキドキさせました。 来場所は、皆さんが落ち着いて見ることが出来るように頑張りたいと思います」とあいさつ。 続いて、握手会に臨み、集まった約560人のファンらを笑顔と握手で迎えた。 特別展「大相撲と日本刀」の会場では、展示中の歴代横綱の化粧まわしや、土俵入りで使用された太刀などを学芸員の説明を聞きながら熱心に見て回った。 トークショーでは、2017年9場所に7勝6敗で迎えた14日目以降「ストレスで胃炎になった。 けっこうしんどかった」。 だが、千秋楽で勝ち越し、「ほっとした。 胃の痛みもどこかへ行ってしまった」。 また「(自身は)さみしがり屋でコンビニも1人では入れない」と言う。 「彼女はいますか? 」との質問には「一緒にいてなごめるような人」がタイプと返答。 「彼女、募集中です」などと、巧みなトークで会場を沸かせた。 2018年7月2日に行われた名古屋駅前の商業施設「KITTE名古屋」でのトークショーでは「地元に近い場所ですし、声援は名古屋場所が一番大きいと自負しています」と話す一方で「ファンからの手紙を1度ももらったことがない」というエピソードを披露した。 また、数日前に名古屋場所に向け、関取衆が各自で七夕の短冊に願い事を書くという企画があった。 MCから何を書いたか問われた御嶽海は「イケメンになりたいと書きました。 まあまじめに言えば、2ケタ勝ちたいとかありますけど、僕には"イケメン"の方が切実です」。 自虐ネタ連発で、場内の笑いを独占していた。 2019年11月5日に福岡市内でトークショーに参加した際、理想の結婚相手の条件として「年上」「母親似」「フィリピン料理が得意」」と挙げた。 趣味・嗜好・特技 [ ]• 2017年3月場所前の週刊誌の記事では「僕はスラッとしたクール系の女性が好きです。 さんやさん、さんのような。 でも性格はおっとり系がいいなぁ。 そういうギャップに弱くて(笑)。 お互いに成長できる関係が理想です。 自分より人生経験豊富な人は勉強になる部分がたくさんあるので、年上の女性に惹かれます」と答えている。 が好きであり、父親の実家に近い長野県の開田高原の中にある温泉には、少なくとも月に1回は通っていたそうである。 「硫黄のにおいが好き。 地元の温泉は鉄分が強い真っ茶色なんですけど、硫黄がすごく強い。 乳頭温泉も硫黄のにおいがすごくて、好きな温泉でした」と御嶽海は2016年の夏巡業中に振り返っている。 ボウリングも趣味の1つ。 その縁で2018年9月5日、からボール、シューズ、バッグの「ボウリング3点セット」と「ボウリング1ゲーム無料券」100枚が御嶽海に贈呈された。 贈呈はとが手渡しで行った。 その他 [ ]• 2017年5月場所中、同じ東洋大OB(卒業後、御嶽海在学途中まで職員として勤務)であるのプロボクシング世界タイトル初挑戦があったが、御嶽海は「ニュースで見ただけ」と自らの相撲に集中した。 2017年11月12日から御嶽海のヒノキで作った彫像の販売がインターネットなどで始まった。 御嶽海の地元である上松町の樹脂切削加工会社「今泉製作所木曽工場」が手掛け、3Dスキャナーを使って計測した本人の立体データを基に、木曽産のヒノキの角材を工作機械で削りだした。 御嶽海の彫像は台座部分を含めて高さ23cm。 大銀杏を結い、御嶽山が描かれた化粧まわしを締めた御嶽海が仁王立ちしている。 筋肉の隆起や化粧まわしのかざり部分など、細部の質感までリアルに表現されているのが特徴である。 2018年1月場所中日、マスク姿で国技館へと場所入りした。 力士がマスク姿で場所入りすることは珍しい。 2018年6月23日に地元長野県のを本拠地とするプロサッカーチームのホームゲームにゲストとして来場した。 その際「チームが勝利したら名古屋場所で2桁勝利する」と宣言した。 チームはに4-2で逆転勝ちし、御嶽海は名古屋場所で2桁勝利だけでなく幕内最高優勝までもを果たした。 なお、チームでは御嶽海が優勝した7月21日に行われた戦でホームスタジアムでアナウンスがあり、サポーターから御嶽海コールが行われた。 2018年名古屋場所で優勝した後に北海道巡業でに挨拶をしたところ、「おー、母ちゃんきれいだな」「母ちゃん金星だな」と言われたという。 母親は応援に来てくれる人々一人ひとりに挨拶をして回り、普通は「〇〇関のお母さん」と言われるところを「マルガリータさん」と名前呼びで親しまれている。 自身が母親のサイン入り色紙にサインを求められることもあり、そのようにファンに接してくれている母親と表には出ないが裏でしっかりサポートしている父親に感謝の思いを述べている。 2019年5月2日放送の系「」に出演し、『の才能査定ランキング』に挑戦。 「の電車」をお題に詠んだ一句「居残りの 鉄砲響く 春巡業」が才能アリ1位の評価を受ける。 「春場所で負け越し、次の五月場所に向けて思いを春巡業にぶつけたい。 パワーアップして五月場所優勝したい」という思いを込めたと話した。 のは「『居残りの』『鉄砲響く』で読者に一体何事? という謎かけをして、最後の下五の『春巡業』()で全容が分かる句。 この下五の力が大きい。 鉄砲が相撲の稽古のしかたと分かるとさらに楽しめ、『響く』の位置も効果的でよく考えて言葉の配置をしている」と分析、直しなしとしている。 2019年12月6日の冬巡業大分場所中、2019年を表す一文字に「無」を選んだ。 一文字の意味を「無心とか、無の心」と説明。 取り口 [ ] 基本的に突き押しを得意とするがとっさの変化も見られる。 は新入幕を迎えた御嶽海を「力が強いというよりも、瞬発力なんです。 ほかの力士よりコンマ何秒か速いのです」と評しており、NHK大相撲ジャーナルの編集長である緒方喜治は「藤島親方の若いころを思い出すのではないですか」と感想を漏らしている。 は「いちばんいいのは、膝が常に曲がっていることです。 だから体の芯がブレません。 叩きも食いにくいのです」と評する一方で「ただ、押し切れないときに差すことがありますが、差してしまうとまだまだ。 これからの課題です」と注文を付けている。 中学生の時にもろ差しになって密着する相撲を取っていたので四つになることもあるが、部屋でも「まわしがないと思って取れ」と押し相撲に徹するように指導されている。 あまり稽古熱心でないことでも知られており、2016年11月場所前の座談会では出羽海部屋の部屋付き親方でもあるからは「入門以来、がっちり稽古をした日はないかもしれない(笑)。 何というか、周りに合わせて稽古をしているというか。 だから、そのうち、大きな怪我をするんじゃないかな。 そこが心配だね。 ちょっと痛かったりするとすぐに逃げようとするから」と苦言を呈された。 は2016年11月場所前に押しをベースとしてその流れで廻しを取って攻める相撲を評価しており、今後この相撲をどう取ればよいかについて「具体的に話すと、まずは、丸い体でバンと一発頭から当たります。 背中を丸めて、当たる角度も考えます。 そして、パンパンパンと弾くような突っ張り、または伸びのある突っ張りで相手をのけぞらします。 そして、もう一回しゃがんで中にもぐりこむのです。 理想的な形としてはのようなイメージです」と話している。 2017年1月場所中の朝日新聞の記事では御嶽海の指導に当たる中立が、場所4日目に鶴竜を破った相撲を指して「俺らの方がビックリしているよ。 場所前のけいこでは、春日野部屋の力士に歯が立たないんだもの。 でも、本場所の一番になると力を出す。 あいつは『場所相撲』だな」とうなった。 おっつけは相撲の流れの中で多用することがあり、2017年3月場所7日目の日馬富士戦では敗れはしたがおっつけで土俵際まで追い詰めた。 2017年5月場所前の元の論評では、土俵の真ん中で四つになることをせずに土俵際まで押し込んで最後に四つになるケースが増えれば、2ケタ白星も楽に狙えるだろうと言われた。 ケガを訴えても直後の場所では平気で土俵に上がるタイプであり、2017年5月場所前の西岩(元関脇・)は「何場所か前でしたけど、場所直前にケガをして自力で立てなかったのに、初日はケロッとしていい相撲を取っていましたからね。 御嶽海のケガは信用できません(笑)」と発言しており、同時に「いかにも現代っ子というか、入った部屋が良かったんですね」と感想を述べている。 2017年5月場所の相撲を見たは「以前は押し相撲だったが、組んでも相撲が取れるようになった」とこの時点での御嶽海を評している。 2017年7月場所前のコラムでは、舞の海が「当たってもろ差しといういい意味での癖がついています。 また塩を取りに行く時、厳しい顔つきで肩を回したりしますが、朝青龍や日馬富士のように、自分を乗せていくのが上手いと思います」「御嶽海は、稽古で負けながらも、相手の癖とか強いところをチェックしているのではないでしょうか。 御嶽海は稽古場では死んだふりをしているので、それにだまされちゃいけないんですよ(笑)」 2017年7月場所後の記事では緒方喜治が、一瞬不利な体勢になっても瞬時に立て直す相撲センスなどを評価している。 同時期の座談会では、錣山が「相撲がはっきりしなくてこれだけ勝っているのですから、すごいと思いますね」と感心している。 2017年9月場所前の記事では中立(元小結・小城錦)が「決まり手は寄り切りや押し出しになるが、そこに至るまで相手の嫌がる方に、かいなや足を素早く運べる。 教えて出来る技ではなく、子どものころから培われた天性の素質」と言っており、八角理事長は「高安には厳しいかち上げを受け、白鵬には張り手を、どんどん受けたらいい。 四つになっても勝てるなんて勘違いしたらいけない」ときついコメントを残している。 2018年1月場所の相撲をは、、、とまとめて「自分はこれが強いというものがあまりないですね」と指摘している一方で、相撲の臨機応変さを評価している。 2019年1月場所後の記事では、県相撲連盟選手強化副部長で、子供の頃の御嶽海を指導した中村協和はもろ差しで巨漢力士の重心を挙げる相撲を評価する一方、体重を同時点での170kgよりも増やさないようにと体重管理を訴えた。 2018年3月場所前には舞の海から、概して「大兵や怪力の相手には二本差しにして上手を取られる前に出るかどうかが肝心」という論評を受けている。 2019年11月場所中、から前屈みになって背中を丸めて前に出ること忘れ、上体だけで相撲を取っていると指摘された。 その場所の負け越しを確定させた際、が「頭同士で当たって裂傷を負うなど相撲には付きもの。 そんなことを嫌がって、こわごわと取っていては大関になどなれない」と一刀両断している。 14日目の白鵬戦の完敗について、は「今のままでは大関は厳しいと言わざるを得ません。 考えてもダメであれば体をつくって稽古をするしかありません。 彼の強さ、うまさ、才能も知っているだけに、あえて厳しく言いますが、本当に残念です」とコメントしている。 11月場所後、は張られないように顔を上げず顎を引くべきだと指摘している。 2020年始にも7代高砂同様に2019年11月場所に右目の上を切って意気消沈してしまったことを残念がるコメントをしていた 年表 [ ]• 2015年3月場所 - 初土俵(幕下付け出し)• 2015年7月場所 - 新十両• 2015年11月場所 - 新入幕• 2016年11月場所 - 新小結• 2017年7月場所 - 新関脇• 2018年7月場所 - 幕内初優勝 主な成績 [ ] 2020年3月場所終了現在• 通算成績:265勝179敗5休(31場所)• 通算勝率:. 597• 幕内成績:230勝170敗5休(27場所)• 幕内勝率:. 575• 前頭成績:77勝56敗2休(9場所)• 前頭勝率:. 579• 小結成績:56勝46敗3休(7場所)• 小結勝率:. 549• 関脇成績:97勝68敗(11場所)• 関脇勝率:. 588• 幕内在位:27場所• 三役在位:18場所(関脇11場所、小結7場所)• 三役連続在位:17場所(2017年3月場所 - 2019年11月場所・歴代2位)• 十両成績:23勝7敗(2場所)• 十両勝率:. 767• 幕下成績:12勝2敗(2場所)• 幕下勝率:. 857• 三賞:8回• 殊勲賞:5回(2017年5月場所、2017年7月場所、2018年7月場所、2019年1月場所、2019年9月場所)• 敢闘賞:1回(2016年5月場所)• 技能賞:2回(2017年1月場所、2018年7月場所)• 金星:2個• 日馬富士:1個(2017年1月場所)• 鶴竜:1個(2017年1月場所)• 各段優勝• 幕内最高優勝:2回(2018年7月場所、2019年9月場所)• 横綱・白鵬には3勝11敗(うち不戦勝1)。 2017年7月場所の取組は、白鵬に史上最多となる通算1047勝目がかかる取組であったが、寄り切りで勝利して記録達成を1日遅らせた。 2019年1月場所の取組は、自身が7日目から10日目まで休場し、11日目から再出場した当日の勝利であり、67年ぶりとなる「再出場の力士の横綱戦勝利」となった。 横綱・鶴竜には6勝8敗 うち不戦勝1。 直近の勝利は2019年3月場所で、決まり手は送り出し。 大関・貴景勝には8勝7敗(他に優勝決定戦で1勝)。 貴景勝の大関在位中は1勝3敗。 2019年5月場所から2020年1月場所まで貴景勝戦本割4連敗していたが、2020年3月場所で勝利し連敗を止めた。 直近の勝利は2020年3月場所で、決まり手は寄り切り。 2019年9月場所では貴景勝との優勝決定戦を制し、2度目の幕内最高優勝を飾った。 大関・朝乃山には4勝2敗。 いずれも朝乃山の大関昇進前における対戦成績である。 元大関・琴奨菊には11勝4敗。 琴奨菊の大関在位中は2勝2敗。 元大関・照ノ富士には3勝4敗(うち不戦勝1)。 照ノ富士の大関在位中は2勝4敗。 元大関・髙安には6勝13敗。 髙安の大関昇進後は3勝7敗。 直近の勝利は2019年5月場所で、決まり手は叩き込み。 2018年11月場所の対戦はに組まれ 、掬い投げで勝利した。 髙安は14日目終了時点で12勝2敗の成績で貴景勝と並び優勝争いの先頭に立っていたが、先に貴景勝が勝って13勝としていた状況で髙安を倒したことで、貴景勝の初優勝が決定することになった。 なお、この場所の御嶽海は貴景勝も撃破している。 元大関・栃ノ心には4勝8敗。 栃ノ心の大関昇進後は2勝3敗。 直近の勝利は2019年9月場所で、決まり手は寄り切り。 (以下は横綱・大関の引退力士)• 元横綱・日馬富士には2勝5敗。 2017年1月場所で自身初めての金星を獲得。 最後の勝利は2017年5月場所で、決まり手は寄り切り。 元横綱・稀勢の里には2勝6敗。 稀勢の里の横綱昇進後は2勝3敗。 勝利した時は2回とも三役在位中のため金星は獲得していないが、殊勲賞を受賞した。 元大関・豪栄道には8勝9敗(うち不戦勝1)。 最後の勝利は2020年1月場所で、決まり手は寄り切り。 最高位が関脇以下の力士との幕内での対戦成績は以下の通りである。 力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数 関脇 4 4 5 1 9 4 2 3 1 7 3 0 10 8 5 2 4 1 21 2 7 2 1 0 4 4 4 4 小結 6 2 8 5 3 2 1 3 5 4 8 2 4 1 6 5 8 7 1 1 5 前頭 1 0 1 0 3 1 1 0 1 0 1 0 1 0 2 0 0 2 2 0 1 0 1 0 1 4 0 1 1 0 2 1 2 0 7 0 0 1 2 2 1 2 0 3 1 1 0 1 1 2 0 2 1• 他にでは、貴景勝に1勝がある。 (カッコ内は勝数、負数の中に占める不戦勝、不戦敗の数。 太字は2020年3月場所終了現在、現役。 ) メディア出演 [ ] テレビ番組 [ ]• (2015年3月30日・5月25日、)• ハッキヨイ御嶽海!! 知るしん 信州を知るテレビ(2015年7月31日・11月29日・2016年5月27日・7月29日・2017年3月3日・7月28日・2018年2月2日・9月7日・2019年10月4日 、)• チャンネル4 突き進む 御嶽海 新入幕への道(2015年10月31日、)• 信州に大相撲がやって来た! 〜郷土力士の松本場所〜(2015年11月1日、)• (2015年12月28日・2016年9月9日・11月10日・12月28日 、NHK長野)• (2016年6月2日、)• (2016年7月8日、)• 平成二十八年大相撲名古屋場所前夜祭(2016年7月9日、)• (2016年8月8日、)• (2016年9月9日・12月28日・2018年12月26日 、信越放送)• (2017年4月1日、)• (2017年4月11日、)• たけい荘Z〜壮だったのか! スポーツの極意〜(2017年6月18日、)• 密着180日! 大相撲〜新時代を担う力士たち〜(2018年3月9日、)• 「能町みね子のシブ5時相撲部」(2018年7月23日、NHK総合)• 土俵の高みへ 〜御嶽海 初優勝への軌跡〜(2018年8月5日、信越放送)• (2018年9月3日、)• 大相撲がっぷり総見(2018年9月8日、)• 前夜祭で楽しもう! 〜大相撲九州場所 直前スペシャル〜(2018年11月10日、・)• 大相撲密着450日 目指せ! 大関・新三役(2018年12月14日、BS-TBS)• 年末SP2018(2018年12月28日、テレビ信州)• 壮だったのか! たけい荘ゴールデン(2019年1月11日、東海テレビ)• 大相撲スペシャル(2019年2月24日、)• (2019年3月4日、日本テレビ)• (2019年5月2日、・TBS)• 令和元年大相撲名古屋場所前夜祭 (2019年7月6日、中部日本放送)• (2019年8月25日、日本テレビ)「」の演芸コーナーにも出演• (2019年10月30日、日本テレビ)• (2020年2月4日・11日、毎日放送) 脚注 [ ]• 2016年2月11日に行われたNHK福祉大相撲にて自称。 日刊スポーツ 2016年2月12日9時1分 紙面から• NHK大相撲英語実況でのニックネーム 大空出版『相撲ファン』vol. 3 63頁• 出羽海部屋. 2018年7月21日閲覧。 大空出版『相撲ファン』vol. 06 p68-71• web Sportiva(2019. 17)• web Sportiva(2019. 17)• 『大相撲ジャーナル』2017年6月号25頁• 産経新聞 2015年2月13日(2015年5月28日閲覧)• 刊 『』 2015年4月号(春場所総決算号) 118頁• 公益財団法人長野県体育協会• 東洋大学• 日本経済新聞 2014年11月8日(2015年5月28日閲覧)• 産経新聞 2014年12月19日(2015年5月28日閲覧)• スポニチアネックス 2015年3月9日(2015年5月28日閲覧)• 2015年5月28日, at the. 東洋大学報WEB2014• 日刊スポーツ 2015年2月12日(2015年5月28日閲覧)• 刊 『』 2015年4月号(春場所総決算号) 20頁• その元幕内・大道からは「俺が名前を変えようか? 」との申し出が御嶽海にあったという。 東洋大学• 刊 『』 2015年4月号(春場所総決算号) 19頁• デイリースポーツonline] 2015年5月27日(2015年5月27日閲覧)• 2015年9月24日, at the. スポーツ報知 2015年5月28日(2015年5月28日閲覧)• 2015年5月28日, at the. 信濃毎日新聞 2015年5月25日(2015年5月28日閲覧)• 朝日新聞 2015年5月27日(2015年5月28日閲覧)• 長野県から関取が誕生したことで、関取不在の期間が最も長い都道府県はから関取不在の福井県になった。 2015年7月21日19時30分• Daily Sports Online 2016. 信毎Web 2016年9月11日• 『相撲』2016年11月号8ページ• 中日新聞 2016年11月1日• 朝日新聞 2017年1月22日• 毎日新聞2017年2月18日 地方版• 信濃毎日新聞 3月11日• 日刊スポーツ 2017年3月25日19時50分• CHUNICHI Web 2017年6月27日• 信毎Web 2017年6月27日• 毎日新聞2017年6月29日 18時04分 最終更新 6月29日 18時16分• 『大相撲中継』2017年8月12日号 p27• 『大相撲中継』2017年9月16日号 p16• 信毎web(信濃毎日新聞) 8月30日(2017年9月6日閲覧)• 『大相撲中継』2018年2月17日号 p. 秋田魁新報 2018年4月10日 掲載(秋田魁新報社、2018年4月11日閲覧)• ニッカンスポーツ・コム. 日刊スポーツ新聞社. 2018年7月21日. 2018年7月21日閲覧。 4-5• SANSPO. 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COM 2019年12月26日15時44分(2019年12月28日閲覧)• 日刊スポーツ• 朝日新聞DIGITAL 2016年1月16日21時36分• 『大相撲ジャーナル』2017年8月号 p26• 『大相撲中継』2017年9月16日号 pp24-25• 『大相撲ジャーナル』2017年6月号23頁• 『大相撲中継』2017年5月27日号40頁• 日刊スポーツ• 『大相撲ジャーナル』2017年6月号24頁• 日刊スポーツ 2017年6月27日• 『大相撲ジャーナル』2018年3月号 p12-14• 『相撲』2018年3月号 p. 12-13• 日刊SPA! 2019年04月02日(2019年11月29日閲覧)• 日刊スポーツ 2019年5月17日10時0分(日刊スポーツ新聞社、2019年5月19日閲覧)• AbemaTIMES 2019. 23 07:00(2020年2月1日閲覧)• CHUNICHI Web 2017年6月19日 [ ]• 朝日新聞DIGITAL 2017年10月3日03時00分 2017年10月6日閲覧 [ ]• 日刊スポーツ 2018年7月2日17時32分(日刊スポーツ新聞社、2018年9月3日閲覧)• 東スポWeb 2019年11月06日 16時30分(2019年12月30日閲覧)• 日刊スポーツ(日刊スポーツ新聞社)(2017年8月23日)• 『相撲』2018年10月号 p. 120• 中日新聞 2017年11月11日• 『大相撲中継』2018年2月17日号 p. おすもうさんWEBマガジン 2019年5月11日. 2019年6月18日閲覧。 2019年5月3日閲覧。 2019年12月7日 8時33分スポーツ報知(2019年12月7日閲覧)• 『大相撲ジャーナル』2016年1月号19ページ• 『大相撲ジャーナル』2016年12月号59ページ• 『大相撲ジャーナル』2016年12月号86ページから87ページ• 朝日新聞DIGITAL 2017年1月11日20時59分• 『大相撲ジャーナル』2017年5月号39ページ• 『大相撲中継』2017年5月27日号10-11頁• 『大相撲中継』2017年5月27日号52頁• 『大相撲ジャーナル』2017年7月号 p52• 『大相撲ジャーナル』2017年8月号 p20-21• 『大相撲中継』2017年8月12日号 p14• 『大相撲中継』2017年9月16日号 p67• 『大相撲ジャーナル』2018年3月号 p. 中日新聞 2019年1月28日(中日新聞社、2019年1月28日閲覧)• 『大相撲ジャーナル』2018年3月号 p. Sponichi Annex 2019年11月20日 20:15(2019年11月22日閲覧)• スポニチAnnex 2019年11月24日. 2019年11月25日閲覧。 時事通信 2020年1月1日(2020年1月3日閲覧)• インフルエンザのため中日から休場、11日目から再出場• 左大腿四頭筋腱部分損傷のため7日目から休場、11日目より再出場• と優勝決定戦• 無観客開催• 関脇力士が千秋楽結びの一番に出場したのは、2001年9月場所の栃東以来、約17年ぶり• www. nhk. 2020年2月10日閲覧。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• - 日本相撲協会• - 相撲レファレンス• - 出羽海部屋公式サイト• - 出身地上松町公式サイト.

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