おんな 武士道。 「おんな武士道~剣道八段に挑む女性たち~」の再放送や動画の見逃し配信は?NHKミッドナイト ドキュメンタリー

大江戸捜査網(5)(第153回・通算第562回)おんな武士道・赤い暗殺網

おんな 武士道

この日たまたま偶然この番組を途中から観ることになった訳ですが、私と同世代で学生時代から存じている方が主役?でしたので、これもまた観ていて懐かしさのあまり嬉しくなりましたので、今回は、この番組に登場する方々についての話題をメインにしたいと思います。 とは言っても個人的に面識が有るわけではなく、親しい間柄ではありませんので詳しくは語れませんが、同じ学生時代を過ごした同世代の剣友?(私ごときが畏れ多いですが)として私の知っている僅かな範囲内でのお話をさせて頂きます。 この番組(おんな武士道 ~剣道八段に挑む女性たち~)の紹介記事 後日、インターネット(全剣連HPおよび剣道日本のHPに掲載)にて、この番組(おんな武士道)が2019年6月29日(土)10:55~に再放送されることを知り、極力(公用・私用ともに)調整して、再放送にて全編?をフルに観賞?させて頂いた次第です。 その最難関の剣道八段に挑む女性剣士の姿を描いた?っていうか姿を追った?ドキュメンタリーです。 日本剣道界の長い歴史の中で未だ女性の八段はいません。 新しい時代を切り開く為に今現在も日々精進し、前例の無いことに果敢に挑戦し続ける姿勢に敬意を表することは言うまでもありませんが、その原動力っていうか根幹に有るモノは、このブログの記事(173)に記載した若かりし頃の全日本女子学生選手権での敗戦がキッカケとなった?そうです。 実際に私が、その試合を日本武道館(2階のスタンドからですが)で観戦していたってことでも非常に身近?に感じられ、思わず学生時代に戻って?見入って?しまいました。 このドキュメンタリーの主役は私より2学年上のN本道世さん(記事173・228に登場)。 そのN本さんの宿命のライバルとして番組の中で紹介されているのが私と同学年のH部あけみさん(記事171・173・174・210・225・228・263に登場)です。 翌(S50)年には第14回全日本女子選手権で三位入賞されてます。 記事(173)にも記載した通り、私が大学2年生の時(S51)の関西女子学生選手権優勝者で、この(S51)年の第10回全日本女子学生選手権に(関西優勝の)シード選手として二回戦から登場。 その初戦(二回戦)の対戦相手が、この大会の優勝者であるH部さんでした。 N本さんは大学卒業後のS52(1977)年(第16回)、S53(1978)年(第17回)に全日本女子選手権を2連覇してますが、この2連覇した時の決勝戦の相手は2年連続してH部さんでした。 前述の大学2年時の第10回全日本女子学生選手権優勝を始め、翌(S52)年の大学3年時は関東女子学生選手権優勝、全日本女子学生選手権優勝(2連覇)、関東女子学生優勝大会(団体戦)優勝と三冠を達成。 大学4年時(S53)の関東女子学生選手権の5回戦(ベスト16)で敗れるまで私の知る限りでは女子学生剣道の公式戦34連勝?。 4年時の全日本女子学生選手権でも準優勝。 全日本女子学生選手権は大学1年生から4年生まで4年連続して入賞(三位以内)しています。 このS51(1976)年の第10回全日本女子学生剣道選手権の初戦でH部さんに敗れたことが、その後のN本さんの剣道人生に大きく影響しているようです。 尚、YouTubeにも、この番組を録画した動画が投稿されてますが半分(15分足らず)程度の時間で何とも中途半端ですので、上記(dailymotion)の動画がお奨めです。 YouTubeの動画には第10回全日本女子学生選手権の映像が録画されておりません。 これも大阪のオバちゃんの一種の(代表的な?)キャラクター?なんでしょうか?。 一応、N本さんは井村さんの天理大学の(4学年?)後輩ってことになりますが…。 ご存知のように井村雅代さんは1984年のロサンゼルスから2016年のリオデジャネイロまでオリンピック9大会(36年? )に渡ってシンクロナイズドスイミングのヘッドコーチ(実質の監督)としてすべての大会で代表チーム(2008年の北京と2012年のロンドンは中国代表のコーチとして)にメダル(三位以内)を獲得させています。 その厳しい指導は有名ですが、これも全ては選手にオリンピックのメダルを獲らせたい、選手をオリンピックの表彰台に立たせたいとの一途な情熱からくるもので、リオデジャネイロオリンピックで銅メダルを獲得した日本代表チームの選手たちが表彰式の後、井村さんにメダルをかけてたシーンが印象的でした。 話はN本さんに戻りますが、合格率が1%にも満たない剣道八段の審査会で、しかも男性より体格や体力の劣る女性が男性と剣を交え、その中で際立った立会いをすることは男性剣士より何倍も難しいことではないかと思います。 しかしながら男性の七段剣士と対等(以上かな?)に渡り合えるのは凄いことだと思います。 現在、矢野先生は80歳を超えていると思われますが、TV画面を通してではありますが、お元気な姿を拝見し嬉しく思います。 参考までに今回の八段審査会の結果は下記にリンクさせていただきました全剣連のHPを参照下さい。 今回の八段合格者には私が存じている方は一人もおりませんでした。 近年、八段に合格された私が存じている方々に関しては記事(307・331・333)を参照下さい。 そしてこの番組を観て何よりも嬉しかったのが、このブログの記事(173)に記載した第10回全日本女子学生選手権大会の映像が観られたことです。 前記の(dailymotion)動画では6分00秒あたりからS51(1976)年の第10全日本女子学生選手権大会に関するTV放送の映像が出てきますが、このオープニングのテーマソング?っていうかテーマミュージック?からして毎日系?のTBSで放送されたのではないかと思われますが…。 この大会の主催が毎日新聞社であることからも間違いないと思います。 これに関しては正確な情報をご存知の方がおられましたらコメントにてご教授いただければ幸いです。 この第10回全日本女子学生選手権のN本さんvsH部さんの試合に関しての映像は(二回戦だから?)出てませんが、N本さんvsH部さんの対戦の記録を表わすトーナメント表(プログラムそのものではなく学連の記録として保管された資料?)が映し出され、H部さんの名前の上(の欄)に國學院のM尾先輩(静岡・浜松海の星高=現在の聖星高、記事173・214・224他多数登場)の名前が出ていました。 これも記事(173)に記載してますが、H部さんが二回戦で(関西女子学生優勝者でシードの)N本さんを破った次の試合(三回戦)の相手がM尾先輩でした。 しかしながら(S51)当時、N本さんのことを(関東の女子学生ではないから)良く存じていなかった為、國學院大學剣道部内では皆、三回戦のM尾先輩vsH部さんの対戦に頭が行ってましたので、なんかH部さんが苦戦はしたものの危なげなく順当に(N本さんに)勝ったってぐらいにしか思ってませんでした。 後のN本さんの全日本女子選手権2連覇(S52・53)など数々の実績を知るにつけ、この(S51)時の私自身の無知ぶり?は誠にお恥ずかしい限りです。 まぁ私一人だけの問題ではありませんが…。 N本さんに対する認識が足らず大変な失礼をしてしまいましたこと謹んでお詫び申し上げます。 これも記事(173)に記載してますが、私が大学を卒業した数年後に、たまたまTV放送で観た全日本女子学生選手権大会(の中継番組)ではN本さん(天理大OG)がゲスト解説者として出演されてましたので、N本さんが女子剣道の第一人者であるってことは、この番組(おんな武士道)を観る以前から当然、認識しておりました。 ところで、この第10回全日本女子学生選手権の映像はN本さんのインタビューの後、H部さんの準決勝と決勝の試合のハイライト?シーンが映し出されてました。 この(準決勝・決勝)2試合とも(S51)当時、生で(スタンド2階席から)観てましたが、この映像のようにリングサイド?から観られると、また格別な?モノがあります。 決勝の映像はH部さんが最後に優勝を決めた一撃のシーンですが、どうも私の記憶と微妙に違うような…。 現役で毎日、剣道の稽古をやっていた頃ならしっかりと有効打突を見極められたと思いますが…。 今現在、改めて動態視力が(かなり)落ちていることを痛感しております。 試合内容には直接関係ないことですが、K松さんの剣道着は上下(胴衣・袴)とも白だったんだな…。 これに関しても事実関係をご存知の方がおられましたらコメントにてご教授いただければ幸いです。 これも記事(173)に記載済みのことですが、H部さんは、この大会で全日本女子選手権のタイトルホルダーの3人(N本さん、K須さん、K松さん)を撃破してます。 改めて、この大会はそうそうたるメンバーだったんだな…。 ってことで、この大会のプログラムを所持してましたので、この際ですから、この大会のトーナメント表をスキャンしたものを下記に掲載?させて頂きます。 1976(S51) 第10回全日本女子学生剣道選手権大会のプログラム(左:表紙、右:トーナメント表) シード選手は各地区(北海道、東北、関東、北信越、東海、関西、中四国、九州)大会の優勝者8人です。 この大会結果の詳細?(私の記憶の範囲でしかありませんが)については記事(・174)を参照下さい。 全日本女子剣道選手権のタイトルホルダーであるN本さん、K須さん、K松さん、この私より2学年上のお三方が、この大会のビッグ3?だと思われますが、この私より2学年上の方々は(オチャラケた例え?で誠に申し訳ございませんが)キャンディーズのランちゃん(伊藤蘭)と同学年になります。 因みにK松さんは高校3年時のS47(1972)年と大学卒業後のS53(1978)年の全日本女子剣道選手権で三位に入賞しております。 他に、この大会(第10回全日本女子学生選手権)に出場した選手で、全日本女子剣道選手権で入賞した選手は前述の通り、S52(1977)年・S53(1978)年の2年連続で準優勝したH部さんを始め、京都教育大のH川潤子さん(京都府立紫野高、この第10回全日本女子学生選手権ベスト8、記事173・174・199・200・228に登場)がS48(1973)年・S49(1974)年に2年連続して三位入賞、亜細亜大のA田美保さん(山口県立徳山工業高、この大会ではベスト8、記事174に登場)がS49年に三位入賞しております。 このお二方(H川さんとA田さん)はH部さんと同じく私と同学年で、キャンディーズのスーちゃん(田中好子)と同学年になります。 皆さんご承知のことと思いますが、記事(155)などにも記載した通り、スーちゃんは2011年4月21日(享年55歳)他界されました。 謹んでご冥福をお祈り親します。 もう一人(これも記事174に記載済みですが)私と同学年の方で忘れてはならないのが、この(S51)年の九州女子学生選手権優勝の福岡大のF吉功美子さん(福岡県立南筑高、記事174・184・228・239に登場)です。 彼女(F吉さん)は後のT木功美子さん、1995 H7 年、福岡県の柳川高の野球部長として、それまで女人禁制だった甲子園球場のベンチに(史上)初めて坐った女性です。 その甲子園ベンチ入り3年後の1998 H10 年、41歳の若さで他界されました。 謹んでご冥福をお祈り致します。 ついでのような感じになってしまいましたが、前出の國學院のM尾先輩を始め、国士舘のN附さん(福岡県立南筑高、S48インターハイ女子個人優勝、記事117・174・184・210・225・228に登場)、東海大のA峰さん(大分県立野津高、関東女子学生選手権三位、この大会ではベスト8、記事174に登場)など…、私より1学年上の方々はキャンディーズのミキちゃん(藤村美樹)と同学年になります。 また、この第10回全日本女子学生選手権三位で関東女子学生選手権優勝者の国士館のT橋良子さん(山形城北女子高、記事117・174に登場)、前出のH川潤子さんのお姉さんである京都産業大のH川玲子さん(京都府立紫野高、この大会ではベスト8、記事173・174に登場)も、この(S51)時の4年生(私より2学年上)で、キャンディーズのランちゃんと同学年になります。 オチャラケついでに、もうひとつ、この第10回全日本女子学生選手権には東北女子学生選手権優勝の秋田経済大のK田?さん(秋田県立大館南高)を始め1年生が6人ほど出場してますが、彼女等(当時1年生)は、この(S51)年にデビューし一世を風靡したピンクレディの二人(ミー:根本美鶴代、ケイ:増田恵子)と同学年になります。 なんかオチャラケっぱなし?で申し訳ございませんが、なにしろ第10回全日本女子学生選手権大会の非常にインパクトの有った準決勝と決勝の試合の映像を観させて頂き、頭の中では完全に(S51)大学2年生当時にタイムスリップ?してますので、何卒ご容赦願います。 ところでN本さんが大学卒業後に2連覇した全日本女子剣道選手権に関しては(TV放送も無かったようですので)私は観戦しておりませんので、詳細?に関しては下記にリンクさせて頂きました剣道日本のHPに掲載された記事をご覧下さい。 N本さんとH部さんの2年(S52・53)連続の全日本女子剣道選手権決勝戦に関する剣道日本の記事 また上記の剣道日本の記事を拝見したところH部さんに関する特集記事を二つほど発見しましたので、これに関しても詳細?は下記にリンクさせて頂きました剣道日本(HP)の記事をご覧下さい。 H部さんに関する剣道日本の記事 上記の記事を拝見したところH部さんの原点は記事 171 にも記載しましたとおり、品川区の武蔵小山剣友会(後に東京武蔵剣友会に改称)にあるようです。 私は小学6年生 S43 の春に当時所属していたS館の大将で武蔵小山剣友会の第二回剣道大会に参加してますが、この時にH部さんは居たのかな?。 H部さんも小学生から剣道を始められてるようですが、この時の武蔵小山剣友会の女子は、上記の剣道日本の記事にも(お名前が)登場されてます故坪内八郎先生(範士八段、私が学生時代の帝京大学の監督)の娘さん(S43当時小学4年生で確か岬さんってお名前だったかな?)しか居なかったように記憶してますが…。 1978年2月号の記事にH部さんが第10回全日本女子学生選手権で優勝し、常陸宮妃殿下から優勝杯を受け取っている写真が掲載されてますが、記事(225)に記載した通り、私が大学4年間(関東及び全日本の大会)で唯一、閉会式に参列したのが、この大会でした。 従って、この(表彰の)シーンを間近で見ております。 またH部さんは2000(H12)年、44歳の時に、前述の1978(S53)年の第17回大会(準優勝)以来、実に22年ぶりに全日本女子剣道選手権に(栃木県代表で)出場されてたんですね。 これも非常に素晴らしいことではないかと思います。 この記事全般に関して事実と異なる点などお気づきの方、またより詳しい正確な情報をご存知の方がおられましたら、コメントにてご指摘またはご教授いただければ幸いです。 IGKC九州地区クラブの会報に李成根氏の一行が月例稽古会に参加されたことが記載されています。 詳しく?は下記にリンクさせていただきましたIGKC九州地区クラブの会報を参照下さい。 今年(R1)が第64回ってことで、我々の学生時代っていうか我々の生まれる前から開催されてたんですね。 因みに九州出身のTJでさえ学生時代には西日本学生剣道大会の在在を知らなかったそうです。 この西日本学生剣道大会に関しては下記にリンクさせて頂きました(主催者である九州学生剣道連盟の)HPを参照下さい。 第64回西日本学生剣道大会・第34回西日本女子学生剣道大会に関するHP 大会要項によれば西日本の定義?は北信越(新潟、長野、富山、石川、福井)及び東海(静岡、愛知、岐阜、三重)以西(要するに静岡県・長野県・新潟県以西)とのことです。

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おんな武士道~剣道八段に挑む女性たち~

おんな 武士道

6月16日 月 放送のNHKミッドナイトドキュメンタリーは「おんな武士道~剣道八段に挑む女性たち~」が放送されます。 新しい時代を開こうと挑み続ける女性剣士の物語です。 【女性初の剣道八段をめざす】 人生をかけて修練してきた成果を「2分間」にこめる、女性剣士の物語を…。 その歴史の中で女性の合格者はまだいない。 その剣道八段の高みを目指す女性がいる。 これまで20回以上、審査会に挑戦してきた。 今年5月の審査会(京都)にも彼女の姿があった。 課題は「初太刀」と呼ばれる最初の一振り。 人生をかけて修練してきた成果を2分間に込める。 その不屈の闘志の陰には、20代で出会った宿命のライバルの存在があった。 新しい時代を開こうとする女性剣士の挑戦の物語 再放送・見逃し配信 放送 2019年6月16日 月 夜10時50分~11時20分 再放送 2019年6月29日 土 午前10時55分~ 【29日午前・再】「おんな武士道~剣道八段に挑む女性たち~」は、29日 土 午前に再放送予定。 女性初の 八段をめざしこれまで20回以上、審査会に挑戦してきた元高校教員。 不屈の闘志の陰には宿命のライバルの存在が…。 新しい時代を開こうとする女性剣士の物語。 ミッドナイトドキュメンタリーとは? NHK総合にて月曜夜に不定期で放送されているドキュメンタリー番組。 今回のミッドナイトドキュメンタリー 「おんな武士道~剣道八段に挑む女性たち~」は見逃し動画の配信はありません。 再放送は、 2019年6月29日 土 午前10時55分~予定されています。 動画配信について、現在は以下2作品のミッドナイトドキュメンタリーを動画配信サービスで配信中です。 - カテゴリー•

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「おんな武士道~剣道八段に挑む女性たち~」の再放送や動画の見逃し配信は?NHKミッドナイト ドキュメンタリー

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