大村愛知県知事のリコール目指す会。 高須院長 大村愛知県知事のリコール目指す会設立「県民として支持できない」(デイリー) AN

河村市長そりゃないぜ―愛知の新型コロナ対策と、大村知事リコール騒動①|しんかい37(山川賢一)|note

大村愛知県知事のリコール目指す会

回答先: 投稿者 赤かぶ 日時 2020 年 6 月 04 日 22:40:05 高須院長 大村愛知県知事のリコール目指す会設立「県民として支持できない」 デイリー 2020. 02 美容外科「高須クリニック」の高須克弥院長(75)が2日、名古屋市のホテルで会見し、愛知県の大村秀章知事(60)の解職請求(リコール)のため、政治団体「お辞め下さい大村秀章愛知県知事愛知100万人リコールの会」を設立したことを明かした。 設立主旨とし、芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展」展示による主催者責任を問うことなどとした。 税金で行った展示内容がふさわしくないと主張する高須氏は「愛知県民として恥ずかしいことをしてくれる知事は支持できない」とし、新型コロナウイルス流行以前から解職請求運動を考えていたと告白。 名古屋市の河村たかし市長とも1日に会談したといい、大村知事に対する考えで「ズレは1つもない」と力説した。 住民投票実現には約86万人強の署名が必要とされ、高須氏は「たぶん大丈夫」と自信を見せた。 自身が思う知事像を聞かれ、「河村市長に先頭に立っていただいて、知事をやっていただき、大阪のように市長を選ぶといういうのが1番いいと進言したが、河村市長は『国政を狙ってるから、知事なんてやっとれんがね』と言われた」と拒否されたことを明かした。 会見には高須氏に賛同した作家の百田尚樹氏、政治評論家の竹田恒泰氏、ジャーナリスト・有本香氏、武田邦彦中部大特任教授が同席した。 出席者5人のうち、高須氏と武田氏が愛知県に在住している。 高須氏は大村知事から「府が医療崩壊を起こしていた」と指摘され、完全否定した大阪府の吉村洋文知事にも出席を呼びかけたが、この日は欠席。 「公務でかなわなかった。 (吉村知事の)お使いの方がいらした」と明かした。

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高須院長が愛知県大村知事のリコール目指す会を設立!ネットでは賛同する声が多数

大村愛知県知事のリコール目指す会

美容外科「高須クリニック」の高須克弥院長(75)が2日、名古屋市のホテルで会見し、愛知県の大村秀章知事(60)の解職請求(リコール)のため、政治団体「お辞め下さい大村秀章愛知県知事愛知100万人リコールの会」を設立したことを明かした。 設立主旨とし、芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展」展示による主催者責任を問うことなどとした。 税金で行った展示内容がふさわしくないと主張する高須氏は「愛知県民として恥ずかしいことをしてくれる知事は支持できない」とし、新型コロナウイルス流行以前から解職請求運動を考えていたと告白。 名古屋市の河村たかし市長とも1日に会談したといい、大村知事に対する考えで「ズレは1つもない」と力説した。 住民投票実現には約86万人強の署名が必要とされ、高須氏は「たぶん大丈夫」と自信を見せた。 自身が思う知事像を聞かれ、「河村市長に先頭に立っていただいて、知事をやっていただき、大阪のように市長を選ぶといういうのが1番いいと進言したが、河村市長は『国政を狙ってるから、知事なんてやっとれんがね』と言われた」と拒否されたことを明かした。 会見には高須氏に賛同した作家の百田尚樹氏、政治評論家の竹田恒泰氏、ジャーナリスト・有本香氏、武田邦彦中部大特任教授が同席した。 出席者5人のうち、高須氏と武田氏が愛知県に在住している。 高須氏は大村知事から「府が医療崩壊を起こしていた」と指摘され、完全否定した大阪府の吉村洋文知事にも出席を呼びかけたが、この日は欠席。 「公務でかなわなかった。 (吉村知事の)お使いの方がいらした」と明かした。

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高須院長、大村愛知県知事のリコール目指す会設立「愛知県民として恥ずかしいことをしてくれる知事は支持できない」

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6月2日、愛知県の知事のリコールを目指すが設立された。 (以下、敬称略) 団体名は「愛知の未来を」、 主唱者はの院長、 賛同者は作家の、政治評論家の、 そして長の、の吉村洋文らも、この運動に賛意を示している。 これについて、上では「 大村知事のリコールを支持します」「 大村知事のリコールに反対します」「 大村やめろ」「 大村がんばれ」などのが「交戦」状態となっているようだ。 大村知事がリコールに値するのかしないのか、私には特に意見がない。 おそらく愛知県民であっても、(実のところ)ほとんどの人はそうではなかろうか。 ここで書こうとするのは、日本の民主主義の性質である。 一言で言って 今の日本の民主主義というのは、 「有名人民主主義」 「著名人民主主義」 なのではなかろうか。 つい最近起こった「法の改正(の定年延長)反対」運動では、芸能人らの連鎖ツイートによって世論が盛り上がり、ついに政権側は改正を見送った。 これは、国民の・民衆の・人民の、民主主義による政権側への輝かしい大勝利とみなすこともできる。 しかしそれが、「芸能人らの連鎖ツイートによる」という点については、どうだろう。 もし芸能人らの有名人がそんなことをしなかったら、世論は(少なくとも、は)盛り上がっただろうか。 今から4年前、「 保育園落ちた」という無名の一般人のが、一世を風靡したことがあった。 あれはたぶん、「世の中を動かした」うちに入るのだろう。 しかし私は思うのだが、 無名の一般人のツイートなり他の行動なりで世の中を動くことは、年々難しくなっていないだろうか。 それはつまり、ネット社会の進展とともに、ますます「無名人の価値が下落し、有名人の価値が上昇する」ようになっている、ということである。 世の中の人はますます無名の人の存在を軽んじ、バカにさえし、 逆に有名な人の言動に注目しやすく、影響されやすくなっている…… いや、そればかりか、 それこそが「社会道徳」であって「善いこと・当然のこと」と見なすようになっているのではなかろうか。 むろんこういう傾向は、今に始まったことではない。 いわゆる「タレント議員」が国政や地方政治の場に進出するようになって以来、ずっと言われてきたことではある。 しかし世の中には今、加速度的に 「有名人に影響されて動くことこそ、人としての当然のあり方」 「有名人の言動に乗っかって動いてこそナンボ、そうでないのは情弱」 みたいな道徳的雰囲気が確立つつあるのではなかろうか。 大昔の中国などでは、確かに「無名の一般人」が歴史を動かした実例がある。 ・の乱などは、その代表例である。 しかしもしかしたら現代の日本では、そういうことはもう起こらないかもしれない。 kamakuramin222.

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