かくしごとお父さん 死。 『かくしごと』、久米田康治先生が「最初から狙ってました!」と言いそうな件

かくしごと 12巻 りるぷんさんの感想

かくしごとお父さん 死

漫画家の父 可久士と小学4年生の娘 姫の日々を描く「かくしごと」の単行本には、 冒頭と末尾に雑誌では連載されていない「18歳になった姫」の描き下ろしのストーリーが 毎巻カラーで掲載されているのはファンの方ならご存知のはず。 この「18歳になった姫」のストーリーを読んでいくと、いくつか疑問点が浮かんできます。 舞台が中目黒から海の近い七里ヶ浜になっていること。 七里ヶ浜には中目黒の姫の自宅と全く同じ間取りの家があること。 その家を、可久士ではなく可久士のアシスタントの墨田 羅砂(すみた らすな)が案内していること。 そしてこの7年後のストーリーには、姫の父 可久士が出てこないことーーー 以上の展開から、 「7年後の世界では可久士は死んでいるのでは?」 という疑問や憶測が読者の間で飛び交ったり、 可久士死亡説まで囁かれることとなっています。 ここでは「かくしごと」の結末についてと、7年後の可久士についてを原作から解説・考察していきます。 』 色々なシチュエーションで、愛する一人娘・姫の名を呼ぶ可久士。 雑誌では味わえない、斬新な楽しみ方ですね。 こちらの「18歳になった姫のストーリー」は、未来編と呼ばれています。 18歳になった姫は、羅砂の案内により鎌倉の家に訪れます。 この時に初めて父 可久士が漫画家であったことを知ったようです。 姫自身は「なにも隠すことないのに」と思う反面、 「本当は父が隠していたのではなく私が知ろうとしなかった」と独白しています。 可久士が漫画家を廃業した理由 可久士が漫画家をやめた理由は、プライベートなことである妻の死が新聞によって公になってしまったことでした。 (原作から) ギャグ漫画家として、「配偶者の死別」という悲惨な面を知られたら、読者が心から笑ってくれないからと漫画を描くことをやめてしまいます。 その「かくしごと」がプライベートかつ悲惨だというのもあり、「これでは読者はこれから自分の漫画で心から笑ってくれない」と思い込んだ可久士は筆を折ったのでした。 編集者の十丸院 五月(とまるいん さつき)は後藤先生は悪くないと言っており、羅砂は同意していますが、 「作者と作品を分けて考えられない読者もいる」と続けます。 可久士はそんな読者もいることと、 今回の件で彼らを心から笑わせられなくなる事を懸念していたのでしょう。 「漫画家の鑑」と言うのも、ここでは皮肉になりますね…… 「隠し子と」にはかかっているのか 可久士の生い立ちにも決して幸せではない秘密があります。 こちらで書くとチョット長くなってしまうので分けさせていただいております。 父 可久士は死んでいたのか? 結論から言うと、死んでいません。 生きてます 参考記事 良いニュースと悪いニュース 7話の終わりで一子先生が言った「良いニュースと悪いニュース」というのは事故を起こした可久士の容態の事についてです。 良いニュース 可久士は事故を起こし、昏睡状態で1年以上眠っていました。 10巻では可久士は意識を取り戻します。 意識を取り戻したことが「良いニュース」です。 悪いニュース 目を覚ました可久士は羅砂に 「姫はまだ10歳だ」と言うのです。 どうやら7年後の可久士の記憶では「姫は10歳」で、「10歳の姫と過ごした記憶」までしかなく 事故による記憶障害によりそれ以降の記憶は失っている様子。 悪いニュースというのは可久士が7年間の記憶を失っていることでした。 そのため18歳になった姫を 愛娘である「後藤姫」だと認識していなかったようです。 7年前に連載していた「風のタイツ」を描こうとしていたのをふまえると 「10歳の姫と過ごした記憶」というよりは「7年前の記憶」で止まっている感じですね。 ということは、姫は10巻では小学5年生になっているので、 10巻からの本編での出来事の記憶はないのでしょう……… そして11巻では、少しでも思い出せるキッカケになればと 当時の可久士のアシスタント達が集結します。 そこでなんと、羅砂が漫画家になっていることが新たに分かります。 それも看板作家。 1巻の登場人物紹介ページでは漫画家になる気はないと言っていましたが、一体どういう心境の変化なのでしょうか。 7年前は「墨垂らすな!」とよく怒られていたというのに!笑 可久士の仕事場「G PRO(ゴトープロダクション)」でのアシスタントを経て、何かしらの影響を受けたのでしょうか。 「かくしごと」単行本の表紙イラストからの考察 単行本の表紙を見てみると、1巻除く2〜11巻にはそれぞれ海が描かれていたり、 海を連想させるような綺麗な青色の快晴が背景になっています。 「中目黒」よりも「鎌倉」を連想させやすいこの表紙イラストも、 伏線の一つかもしれません。 そして1巻の表紙イラストにある家、 これは1巻の冒頭で18歳の姫が訪れた 「パンドラの筐」と呼んでいた家に似ていませんか? ただ七里ヶ浜を連想しやすいこの表紙イラスト。 姫の隣(もしくは近く)には、必ず可久士がいます。 未来編である「18歳になった姫」のストーリーでは、 可久士と姫が一緒にいるシーンはほとんどありませんでした。 そう考えると不自然ですが 1〜11巻で可久士と姫以外の登場人物が表紙だったことはありません。 中目黒の家と鎌倉の家はなぜ同じ間取りなのか 鎌倉にある倉庫になっている家は、中目黒の家と同じ間取りになっています。 5巻と6巻では、可久士は「幼い姫を育てるために週刊連載漫画家をしなくてはならなかった」と説明されています。 「鎌倉で漫画家稼業は目立つので中目黒で埋没したかったから、思い出深い鎌倉の家とまったく同じ間取りの家を建てた」「田舎じゃ目立つ仕事だから中目黒へ引っ越した」とありました。 (アニメでも、自分の家が貧乏だから古い家なんだと勘違いしていた際に新築だと説明していましたね。 ) ここの家には可久士と母、姫の3人で暮らしていたことが分かる痕跡が残されていました。 なお年内には完結し、全12巻になる予定だそうです。 4月現在で11巻まで発売中の「かくしごと」。 全12巻が本当に実現するとしたら、 一体最後はどんな結末を迎えるのかーーー 乞うご期待ですね!.

次の

かくしごとアニメ(未来編結末最終回ネタバレ)父の可久士は死亡?(記憶喪失・事故)母の死因・考察

かくしごとお父さん 死

1号「かくしごと」、2号「理由」、3号「その作品」、4号「ひめごと」、5号「新担当」、6号「かくしごと その2」、7号「ねがいごと」、8号「たのみごと」、9号「なやみごと」、10号「こまりごと」、11号「たずねびと」、12号「衰餃子」、13号「ココ 1番感」、14・15号「海街害アリー」、16号「虫のやらせ」、17号「至高停止」、18号「ビーサンとB4」、19号「おさないかけないしゃべらな い」、20号「おかないかかないしあげない」、21号「まがいもの」、22号「ばったもの」、23号「破防来訪者」、24号「かけごと(RUN)」、25 号「筋描時」、26号「漫画の友情と筋肉」、27号「アイドルをさらせ」、28号「ならいごと」、29号「そうだんごと」、30号「まつりごと」 新築なんですよ7年前の ウチの工務店が建てたんですけど 地主がわざわざ古い平屋の図面持ってきて これと同じの建ててくれって この土地だともっと容積率取れて大きな家建てられるんだけどね もったいない 今の時代 逆に贅沢ですね あえて古い平屋の図面を見せて中目黒に同じの建てるとか! 18歳姫ちゃんも「この間取り、中目黒のお家とまったく一緒だ」って気づきました。 さらにさらに!実質8話のラスト。 姫ちゃんに「(父娘は)すごく強い守護霊がついてて守ってくれてる」なんて言われたら、めっちゃ意味深な表情してたからね。 霊とか信じないけどその守護霊は信じると。 (母親?の守護霊)それは信じてみようかな これさ。 どー見てもあれですよね。 単純に読めば、 7年前までは一家(3人)で鎌倉の七里ヶ浜の平屋に住んでたってことだよね。 倉庫は昔住んでた家。 かくしは、デビューしたての頃は町田にいたそうなのでなんで鎌倉で暮らしてたは謎です(鎌倉病か?)。 そして 姫ちゃんのお母さんは他界(の可能性高い)。 その思い出を胸に、現在の目黒に引っ越してきたのかな。 ・7年前まで鎌倉で家族3. 人で暮らしてた ・7年前に中目黒に鎌倉と同じ家建てた ・いまは父娘一緒に守護霊に守られてます ・18歳の誕生日に倉庫(鎌倉の家)の鍵を手に入れた姫ちゃん ・8年後では中目黒の家は売家になってる(かくしも亡くなった?) …って感じですかね。 さすが久米田先生である。 どー見ても最初からゴールを狙っています。 8年後に姫ちゃんがかくしの隠し事「描く仕事」を知るゴールをね。 いやそれすら布石の可能性だってある。 なんたって作者は あの久米田先生なんだから!今後も期待。

次の

かくしごとアニメ(未来編結末最終回ネタバレ)父の可久士は死亡?(記憶喪失・事故)母の死因・考察

かくしごとお父さん 死

こんばんは。 このりんです。 きょうは娘の12回目の誕生日です。 6月に娘が生まれ その4か月後、私の母は亡くなりました。 生と死をわずか数か月で体験した 特別な一年です。 田舎にくらしている母は 乳がんをわずらっていました。 乳がんでもめずらしい 「炎症性乳がん」です。 リンパや乳房に しこりがあるタイプではなく 乳房全体が赤く腫れ上がり 乳房を摘出したとしても転移が早く 5年後の生存率はかなり低い乳がんでした。 ですから手術を受け 田舎で父とのんびり暮らしていましたので 里帰り出産は見送り、 都内で家族とともに出産することに決めていました。 ・おなかに赤ちゃんができたこと ・予定日は6月になりそう ・仕事が忙しくておなかが張ってたいへんなこと ・出血して切迫の診断をされたこと ・性別は女の子だとわかったこと 当時はすべて電話でのやり取りです。 そして母はいつもと変わらず元気な母でした。 もしそのときLINEがあって 顔を見ながら母と話せたのであれば きっとすぐに気づいたことでしょう。 体調が思わしくないことを。 なにも知らないまま 無事元気な赤ちゃんを出産しました。 生まれてすぐ 産院から母に電話をしたときも いつもと同じ元気そうな声でした。 「3か月たったら、 赤ちゃんといっしょに帰るからね。 待っていてね。 」 そんなことを話した覚えがあります。 ですが退院後の生活は24時間休みなく 育児とお世話の連続ですから 目の前のことをこなすのでせいいっぱい。 あっというまに過ぎていきました。 ようやく赤ちゃんとの生活に落ち着いた 9月ごろでしょうか 母から電話がかかってきました。 「赤ちゃんが生まれるまで かくしていたんだけど 乳がんが転移してね。 お母さん、もう動けないのよ。 あなたに心配かけたくなかったの。 赤ちゃんのお世話に行くつもりだったのよ。 でも、もう動けないのよ。 ごめんね、ごめんね。 」 あまりにも突然のことすぎました。 あやまらなくてもいい。 でも娘の立場としては ほんとうのことを早く教えてほしかった。 ちいさな娘をだっこして実家に戻ったのは その翌週でした。 久しぶりに再会した母は 細く、小さくなっていました。 今にも折れそうな腕で わずか10秒ほどですが 赤ちゃんを抱っこしてくれたのが せいいっぱいの愛情でした。 ゆっくり話すこともできず 日に日にやせ細り 眠るように亡くなりました。 腕の中には、すやすや眠る赤ちゃんがいて 目の前には病院のベッドの上で 話すことも目を開けることもない母がいる。 おなじ空間 おなじ時間に生と死がある。 今年娘は、12才になりました。 もう少し大きくなったら 母のかくしごとを娘に話してあげたい その時が来るのを待っています。 娘を想う 孫を想う そして、母を想う おたがいを想いやる優しさ それは だれに向けているのか 12年の時間が経ち 母の想いやりの受け止め方が だいぶ変化してきました。 はたして自分には 母のような強い想いやりがあるだろうか? 「辛さの中に見出した、隠す優しさ」 母に教えてもらった たいせつなメッセージです。

次の