うぐいす季節。 うぐいすは毎年鳴き方を忘れるって本当?事実は?

鶯(うぐいす) (春の季語:動物): 季語めぐり 〜俳句歳時記〜

うぐいす季節

うぐひす 春告鳥(はるつげどり) 経読鳥(きょうよみどり) 初音(はつね) 梅に鶯 パソコン絵画 季語の意味・季語の解説 ============================== 鶯(うぐいす)は雀(すずめ)ほどの小さな鳥で、緑褐色(いわゆる鶯色)をしている。 「ホーホケキョ」と美しい声で鳴き、その声を聞くと誰もが春の訪れを実感するため、春告鳥とも呼ばれる。 特にその年初めて聞いた鳴き声は有難がられ、初音(はつね)と言う。 なお、経読鳥(きょうよみどり)の異名は、鳴き声が「法・法華経」と聞き取れることに由来する。 比較的人里に近いところにもやってくるため、都市も郊外ならば鶯の声を聞くことがある。 運よく聞けた日には、嬉しすぎて仕事にゆくのが嫌になってしまうかも? 季語随想 ============================== 「梅に鶯」という言葉をよく耳にするが、実際に、鶯(うぐいす)を描いた絵画や、鶯を撮影した写真の多くが、梅の木の枝にとまる鶯の姿をとらえている。 古くから梅の花と鶯は相性の良いものと考えられ、もはや梅に鶯は「つきもの」となった。 日本には、このように、あるものが、あるものの「つきもの」になっているような例が実に多い。 紅葉に鹿、柳に幽霊、秋刀魚に大根おろし、ビールに枝豆等々。 俳句の世界では、このような「つきもの」を取り合わせた俳句を作ってもあまり評価されないことが多い。 つまり、梅と鶯がどんなに相性が良くとも、梅と鶯を取り合わせたような句は「つき過ぎ」といって駄句にされてしまう場合がほとんどであるということだ。 だから俳人は、「つきもの」になっていない言葉と言葉とを取り合わせて、従来になかった新しい美の組合せを生み出そうとする。 俳人には、季語に対し、まだ「つきもの」になっていない新しいパートナーを探し出して結びつけてやる仲人のような側面があるのだ。 鶯や少し薄めの中国茶 (凡茶) 上の句は、私が仲人になって、「鶯」という季語に、「中国茶」という新しいパートナーをあてがってやったものである。 それなりに良い相棒が見つかったと自惚れている。 さて、俳人が、ある季語に対し、それまで「つきもの」とされてきたものにとってかわる新しい「つきもの」を見つけ出して俳句にしてしまったらどうなるだろう? おそらく、それこそが永遠の名句の誕生の瞬間と言えるだろう。 かつて「蛙」は「山吹」と相性が良いとされてきたが、次の一句の誕生で事情は一変した。 古池や蛙飛こむ水のおと (芭蕉) 今や、「古池」と聞けばだれもが「蛙」を思い浮かべるだろうが、「山吹」と聞いて「蛙」を思い浮かべる人はもはやほとんどいないであろう。 もし誰かが、「梅に鶯」という言葉が忘れ去られてしまうほど鶯と相性のいいものを見つけてきて、取り合わせの俳句を生み出したなら、その人はきっと歴史に名を残す大俳人になるに違いない。 ライフワークとして取り組んでみてはいかがか。 季語の用い方・俳句の作り方のポイント ============================== 鶯(うぐいす)という季語と他の言葉とを取り合わせて俳句を作る場合は、その美しい鳴き声の邪魔にならぬような、さりげない事物を取り合わせてやるのが一番ではないでしょうか。 次は江戸時代の炭太祇と、私の句です。 うぐひすや君こぬ宿の経机 (太祇) 経机=きょうづくえ。 鶯や形見分けせし堆朱箸 (凡茶) 堆朱=ついしゅ。 漆器に使われる技法の一種。 この章を読み、俳句の「切れ」を「間」と捉え、その「間」をじっくり味わおうとするようになってから、既に目にしていた名句が、それまでとは違って見えてくるようになりました。 また、 第七章「宇宙について」も、面白くてあっという間に読んでしまいました。 この章で、「造化」というものに関する著者の考え方を読んでから、芭蕉の時代の句に接する際は、その句が生み出される場としての「造化」というものを読み取ってみようと意識するようになりました。 もちろん、私ごときが読み取ろうと思って読み取れるような浅いものではないのですが… とにかくこの本は、 「自分が足を踏み入れた俳句の世界は、どこまでも深いんだなあ。 そして、深みに潜れば潜るほど、新しい面白みに接することができるんだなあ… 」 そんな気持ちにさせてくれる一冊でした。

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しっとり甘納豆(うぐいす) / 200g

うぐいす季節

「春告げ鳥」ともいわれる鶯(うぐいす)。 そのかわいらしい姿を模した和菓子が「うぐいす餅」です。 青大豆を炒ったきな粉は「うぐいすきな粉」とも呼ばれ、普通のきな粉より、緑がかった色で独特の甘みと香りがあります。 青大豆は収穫量が少ないので、青大豆のきな粉も流通量が少ないようです。 よく鶯と間違えられるのがメジロですが、メジロは鶯よりもはっきりとした若草色。 一方、鶯は薄茶に近い緑で渋め。 この色は日本の色「鶯茶(うぐいすちゃ)」の元の色にもなっています。 青大豆のほんのりと緑がかった色が鶯らしいのかなと思います。 うぐいす餅の由来の一説に、1585年、豊臣秀吉をもてなす茶会で、菊屋治兵衛が献上した、餡を餅で包み、きな粉をまぶした餅菓子を秀吉がたいそう気に入り、「うぐいす餅」と命名したという説があります。 秀吉の目に、鶯がどんな風に映っていたのか興味深いですね。 求肥は、こねた白玉粉に砂糖や水あめなどを加えて練り、蒸して、薄い餅のようにしたものです。 蒸すところは電子レンジを使うと便利です。 240g 白玉粉... 100g 水... 150cc 砂糖... 70g 青きな粉(うぐいすきな粉)... いったん取り出して全体を混ぜたら、再度ラップをかけて2分加熱する。 餅の端をひっぱって閉じるようにすると包みやすい。 うぐいす餅は、うまく包めなくても、ひっくり返して青きな粉をかけると見栄え良くできあがります!青きな粉の代わりに、ふつうのきな粉に抹茶などを混ぜて、緑濃く、鮮やかにしても春らしくて良いですね。 抹茶の風味がおいしさを引き立てます。 餡は、こし餡の方がやわらかな求肥とマッチして、口あたりなめらかでおいしいと思います。 また、電子レンジにかける時間は、機種によって仕上がりが違うこともあるので、少しずつ様子を見て調整してくださいね。

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鶯が鳴く時期!いつからいつまで?

うぐいす季節

うぐひす 春告鳥(はるつげどり) 経読鳥(きょうよみどり) 初音(はつね) 梅に鶯 パソコン絵画 季語の意味・季語の解説 ============================== 鶯(うぐいす)は雀(すずめ)ほどの小さな鳥で、緑褐色(いわゆる鶯色)をしている。 「ホーホケキョ」と美しい声で鳴き、その声を聞くと誰もが春の訪れを実感するため、春告鳥とも呼ばれる。 特にその年初めて聞いた鳴き声は有難がられ、初音(はつね)と言う。 なお、経読鳥(きょうよみどり)の異名は、鳴き声が「法・法華経」と聞き取れることに由来する。 比較的人里に近いところにもやってくるため、都市も郊外ならば鶯の声を聞くことがある。 運よく聞けた日には、嬉しすぎて仕事にゆくのが嫌になってしまうかも? 季語随想 ============================== 「梅に鶯」という言葉をよく耳にするが、実際に、鶯(うぐいす)を描いた絵画や、鶯を撮影した写真の多くが、梅の木の枝にとまる鶯の姿をとらえている。 古くから梅の花と鶯は相性の良いものと考えられ、もはや梅に鶯は「つきもの」となった。 日本には、このように、あるものが、あるものの「つきもの」になっているような例が実に多い。 紅葉に鹿、柳に幽霊、秋刀魚に大根おろし、ビールに枝豆等々。 俳句の世界では、このような「つきもの」を取り合わせた俳句を作ってもあまり評価されないことが多い。 つまり、梅と鶯がどんなに相性が良くとも、梅と鶯を取り合わせたような句は「つき過ぎ」といって駄句にされてしまう場合がほとんどであるということだ。 だから俳人は、「つきもの」になっていない言葉と言葉とを取り合わせて、従来になかった新しい美の組合せを生み出そうとする。 俳人には、季語に対し、まだ「つきもの」になっていない新しいパートナーを探し出して結びつけてやる仲人のような側面があるのだ。 鶯や少し薄めの中国茶 (凡茶) 上の句は、私が仲人になって、「鶯」という季語に、「中国茶」という新しいパートナーをあてがってやったものである。 それなりに良い相棒が見つかったと自惚れている。 さて、俳人が、ある季語に対し、それまで「つきもの」とされてきたものにとってかわる新しい「つきもの」を見つけ出して俳句にしてしまったらどうなるだろう? おそらく、それこそが永遠の名句の誕生の瞬間と言えるだろう。 かつて「蛙」は「山吹」と相性が良いとされてきたが、次の一句の誕生で事情は一変した。 古池や蛙飛こむ水のおと (芭蕉) 今や、「古池」と聞けばだれもが「蛙」を思い浮かべるだろうが、「山吹」と聞いて「蛙」を思い浮かべる人はもはやほとんどいないであろう。 もし誰かが、「梅に鶯」という言葉が忘れ去られてしまうほど鶯と相性のいいものを見つけてきて、取り合わせの俳句を生み出したなら、その人はきっと歴史に名を残す大俳人になるに違いない。 ライフワークとして取り組んでみてはいかがか。 季語の用い方・俳句の作り方のポイント ============================== 鶯(うぐいす)という季語と他の言葉とを取り合わせて俳句を作る場合は、その美しい鳴き声の邪魔にならぬような、さりげない事物を取り合わせてやるのが一番ではないでしょうか。 次は江戸時代の炭太祇と、私の句です。 うぐひすや君こぬ宿の経机 (太祇) 経机=きょうづくえ。 鶯や形見分けせし堆朱箸 (凡茶) 堆朱=ついしゅ。 漆器に使われる技法の一種。 この章を読み、俳句の「切れ」を「間」と捉え、その「間」をじっくり味わおうとするようになってから、既に目にしていた名句が、それまでとは違って見えてくるようになりました。 また、 第七章「宇宙について」も、面白くてあっという間に読んでしまいました。 この章で、「造化」というものに関する著者の考え方を読んでから、芭蕉の時代の句に接する際は、その句が生み出される場としての「造化」というものを読み取ってみようと意識するようになりました。 もちろん、私ごときが読み取ろうと思って読み取れるような浅いものではないのですが… とにかくこの本は、 「自分が足を踏み入れた俳句の世界は、どこまでも深いんだなあ。 そして、深みに潜れば潜るほど、新しい面白みに接することができるんだなあ… 」 そんな気持ちにさせてくれる一冊でした。

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