吉田茂 家系図。 苗字の由来 吉田氏 山田氏〜家系図作成からルーツ調べ

“吉田茂”に扮した笑福亭鶴瓶が登場!「歴代総理からわかる!池上彰のオモシロ昭和史」

吉田茂 家系図

吉田茂の家系図 麻生太郎が血を引く歴史上の人物 それでは4人の人物について、簡単に紹介していきますね。 大久保利通 まずは 大久保利通です。 いきなり超大物が来ましたね。 麻生さんの 高祖父(祖母の祖父)にあたるのが、維新三傑の一人である大久保利通です。 2018年のNHK大河ドラマ『西郷どん』では、瑛太さんが演じている役ですね。 大久保は薩摩の下級武士として生まれるも、明治維新では倒幕運動の中心的人物として活躍。 その後は明治新政府の礎をつくった、とんでもなく凄い人です。 大久保利通一人の血を引いているだけでも十分すごいわけですが、麻生さんはそれでだけではありません。 三島通庸 次は大久保利通に比べてしまうとあまり有名ではありませんが、 三島 通庸 みちつねです。 三島通庸は明治時代、福島県令や栃木県令、そして警視総監などを務めた人物。 ・福島事件 1882年、福島県令の三島が自由党員たちを弾圧した事件のこと ・ 加波山 かばさん事件 1884年、栃木・福島の自由党員が栃木県令の三島の暗殺を図るも鎮圧された事件のこと といえば、ピンと来る方もいるかもしれません。 三島通庸も同じく、麻生さんから見たら 高祖父(祖母の祖父)にあたります。 その強引な手法から「鬼県令」と呼ばれることもあった三島通庸。 麻生さんのちょい悪なファッションに、その血が出ているのかもしれません。 笑 牧野伸顕 さて、次は 牧野伸顕です。 牧野伸顕は 大久保利通の次男で、彼の娘・雪子さんの孫が麻生さんです。 ということで、麻生さんから見たら、牧野伸顕は 曾祖父にあたる人物です。 牧野伸顕は外務大臣や内務大臣、さらにパリ講和会議(1919年に開かれた、第一次世界大戦の戦後処理のために開かれた国際会議)では日本の全権を務めています。 しかし軍部からは「 君側の奸 くんそくのかん(君主を思い通りに動かす悪い家臣のこと)」とみなされ、二・二六事件などで命を狙われて政界を引退しました。 吉田茂 そして最後は、日本の第45・48~51代内閣総理大臣を務めた 吉田茂です。 吉田茂といえば戦後、GHQ占領下において現在の 日本の基礎を築いた人物です。 ・サンフランシスコ平和条約 第二次世界大戦終結から6年後に締結された、日本と連合国との講和条約 ・日米安全保障条約 日本とアメリカとの間で締結された、日本の防衛について決めた条約 の締結でも有名ですね。 そんな吉田茂は、牧野伸顕の娘・雪子さんと結婚しています。 二人の娘が麻生さんの母・和子さんです。 麻生さんから見たら、吉田茂は 祖父に当たるということですね。 さて、吉田茂は 「物」について大変こだわりを持っていた人物としても知られています。 例えば、スーツとコートは「ヘンリープール」のものを好んでいたそうです。 またオーデコロンは「ピノー」のもの。 葉巻は「ヘンリー・クレイ」、マッチは「ブライアン・アンド・メイ」というふうに、 一流品の使用を心掛けていたそう。 そんな美意識も、麻生さんに引き継がれているように思えますね。 きょうのまとめ 今回は麻生太郎氏が血を引いている、4人の歴史上の人物について簡単にご紹介しました。

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白洲次郎・白洲正子の子孫は?家系図や子供や孫、父親や先祖は?

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苗字の由来 代表的な苗字 名字 の由来と使用家紋を紹介します。 01」(日本ソフト販売)より 北海道(7位) 青森(16位) 岩手(11位) 宮城 (20位) 秋田(29位) 山形(24位) 福島(8位) 茨城(11位) 栃木(24位) 群馬(8位) 埼玉(10位) 千葉(12位) 東京(11位) 神奈川(15位) 新潟(18位) 富山(3位) 石川(4位) 福井(3位) 山梨(134位) 長野(70位) 岐阜(14位) 静岡(37位) 愛知(18位) 三重(34位) 滋賀(14位) 京都(5位) 大阪(4位) 兵庫(8位) 奈良(3位) 和歌山(11位) 鳥取(12位) 島根(18位) 岡山(20位) 広島(22位) 山口(41位) 徳島(3位) 香川(14位) 愛媛(48位) 高知(76位) 福岡(6位) 佐賀(9位) 長崎(6位) 熊本(9位) 大分(16位) 宮崎(14位) 鹿児島(48位) 沖縄(105位) 中部日本を代表する苗字です。 北陸・近畿・北部九州地方に多く、特に北陸と北近畿ではベスト5に入っています。 北陸からの移住者が多い関係で、北海道でも第7位にランクされています。 吉田氏といえば幕末の思想家 吉田松陰 寅次郎 が有名です。 松陰自身は長州藩士 杉百合之助の次男であり、養嗣子として吉田大助家に入っています。 養家の吉田家は長州藩の山鹿流兵学師範の家柄で、藤原北家藤原行成 世尊寺家祖 の末裔とされています。 吉田氏の由来と家紋 実りの多い「良田」「肥田」を意味し、佳字を宛て「吉田」としたもの、豊作を願う祈りが込められたいいます。 また葦 あし が多く自生している田のことで、「葦」が「悪し」に通じることから「よし」と読みかえるようになったといいます。 「田中」同様に稲作文化が定着発展し、農地に恵まれた地域に多い名字といえます。 主な吉田氏の由来は以下の通りです。 吉田兼倶 かねとも の代に唯一神道を創始しています。 後醍醐天皇の側近吉田定房はこの系統です。 子孫は尾張徳川家に仕えています。 この系統は出雲国へ広がっています。 その他に、医家丹波氏流の吉田氏、角倉氏流の医家吉田氏、出羽小野寺氏流の吉田氏、桓武平氏畠山氏流の吉田氏、 藤原利仁流島田氏族の吉田氏、藤原北家高木氏流の吉田氏、藤原秀郷流少弐氏の吉田氏、薩摩息長氏族の吉田氏などがあります。 このように出自が多彩なだけに、使用家紋も多くあります。 主な使用家紋としては、 「四目紋」「花菱紋」「州浜紋」「三鱗紋」「蔦紋」「梶葉紋」などがあります。 01」(日本ソフト販売)より 北海道(13位) 青森(15位) 岩手(56位) 宮城 (27位) 秋田(35位) 山形(61位) 福島(25位) 茨城(30位) 栃木(33位) 群馬(17位) 埼玉(17位) 千葉(17位) 東京(12位) 神奈川(11位) 新潟(11位) 富山(5位) 石川(5位) 福井(4位) 山梨(36位) 長野(15位) 岐阜(3位) 静岡(8位) 愛知(4位) 三重(22位) 滋賀(5位) 京都(7位) 大阪(7位) 兵庫(10位) 奈良(11位) 和歌山(12位) 鳥取(9位) 島根(23位) 岡山(26位) 広島(13位) 山口(11位) 徳島(9位) 香川(20位) 愛媛(37位) 高知(109位) 福岡(13位) 佐賀(13位) 長崎(11位) 熊本(26位) 大分(34位) 宮崎(35位) 鹿児島(34位) 沖縄(62位) 中部日本を代表する苗字です。 南関東・東海・北陸・近畿地方に多く、特に東海と北陸ではベスト5に入っています。 「山を開いて作った田」や「山の中にある田」の意味を持ち、山地の多い稲作の国らしい苗字です。 第12位の大姓ですが、戦国大名・近世大名・主要な公家に山田氏はいません。 江戸初期の人物としてシャム 現在のタイ を中心に東南アジアで活躍した 山田長政 仁左衛門 が有名です。 山田氏の由来と家紋 山田氏は日本を代表する地形姓です。 山地が多い国土のため稲作を広げるには、水利を確保できそうな土地を開いては水田につくりました。 そのため各地に「山田」の地名があり、大字以上でもその数は100ヶ所以上あるといいます。 「田中」「吉田」同様に稲作文化の影響で生まれた名字ですが、農地開拓に燃える意気込みを感じる名字といえます。 その出自も多岐にわたり、主な山田氏だけでも以下の通りです。 子孫からは旗本や尾張徳川家の家臣が出ています。 一説には島津氏族とも。 『姓氏家系大辞典』には120を超える項目があり、山田氏の出自の多さがわかります。 このように出自が多彩なだけに、使用家紋も多くあります。 主な使用家紋としては、 「巴紋」「九曜紋」「梅鉢紋」「柏紋」「蔦紋」「釘抜紋」などがあります。 このサイトではすべてを網羅できておりません。 参考の一つにしてください。 また出自や由緒、来歴についての質問は受けかねます。 ご了承ください。

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【久坂玄瑞】子孫と家系図を紹介!辞世の句がとてつもなく悲し過ぎる

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白洲次郎の先祖は? はじめに 白洲次郎の先祖について、 書いてみます。 白洲次郎の先祖は 兵庫県三田市の 三田藩につかえる武士でした。 白洲次郎の 祖父の名前は、白洲退蔵。 白洲次郎の祖父は 幕末の 三田藩の家老として 要職を担い、 明治維新後も、 役人や実業家として 活動しました。 神戸女学院大学の 創立者の一人としても 知られています。 白洲次郎の父親、白洲文平は貿易商 そして 白洲次郎の 父親の名前は 白洲文平といいます。 白洲次郎の父親も 祖父と同じく 実業界で活躍。 貿易会社・白洲商店を経営し、 貿易を通じて、 大富豪となった人物です。 白洲次郎は こうした家系に生まれた、 お坊ちゃんだったのですね。 白洲次郎の実家の家系図 ではここで 白洲次郎の父親、 白洲文平を中心とする、 家系図を見ていきます。 白洲次郎の妻・白洲正子は、樺山資紀の孫 つぎに 白洲次郎の 結婚や妻について、 見ていきます。 白洲次郎の妻は、 作家の白洲正子 しらすまさこ です。 白洲正子の実家は、 鹿児島県出身の華族、 樺山資紀の家系です。 白洲正子は、 樺山資紀の孫 樺山愛輔の次女 にあたります。 白洲次郎と白洲正子の子供や家系図は? 白洲次郎と白洲正子の 家族について、 家系図を確認します。 白州次郎 明治35、白州文平二男 ケンブリッジ大学卒 日本水産取締役 終戦連絡中央局次長、経済安定本部次長、貿易庁長官 東北電力会長 妻・正子 大正2、伯爵樺山愛輔二女 女子学習院卒 作家 白州正子 長男・春正さん 昭和7 東宝東和社長 同妻・ルミ子さん フジテレビ社長・水野成夫氏二女 二男・兼正さん 昭和13 同妻・明子さん 批評家・小林秀雄長女 長女・桂子さん 昭和15 旧白州邸武相荘館長 牧山圭男さんと結婚 白洲次郎と妻の白洲正子には 子供が3人いました。 息子さんが2人で 娘さんが1人です。 白洲次郎の家系は、小林秀雄とも親戚に 白洲次郎の長男、 白洲春正さんは 東宝東和の社長で、 その妻は、 元フジテレビ社長の 水野成夫さんの次女に あたられます。 それから 白洲次郎の次男の、 白洲兼正さんの妻は、 文芸評論家の 小林秀雄さんの長女に、 あたる方ですので、 白洲次郎、白洲正子夫妻は、 小林秀雄さんとも 親戚関係にあるのですね。 白洲次郎、白洲正子夫妻の子孫、白洲信哉さん そして 白洲次郎の子孫について、 今度は孫の代を 見ていきましょう。 白洲次郎の子孫の方は、 白洲次郎関連の著作を 発表している方もいるので、 有名な方が多いですが、 白洲次郎の次男、 白洲兼正さんの長男である、 白洲信哉さんは、 雑誌などによく出ていらっしゃるので、 有名だと思われます。 白洲信哉さんは、 細川護熙元首相の公設秘書を されていた方で、 その後、 執筆活動を旺盛にされています。 白洲次郎の孫である、 白洲信哉さんから見ると、 父方の祖父は白洲次郎。 父方の祖母は白洲正子。 母方の祖父は小林秀雄。 ということになります。 というわけで、 白洲次郎の 「先祖や父親、兄弟姉妹は? 妻・白洲正子と子供と子孫は? 家族構成は? 小林秀雄と親戚で家系図は? 」 といった事柄についてお送りしました。

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