角 を 曲がる。 【Mステ】平手友梨奈のソロ動画「角を曲がる」はこちら!退場シーンに心配の声も【ウルトラスーパーライブ2019】

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角 を 曲がる

試聴する KKBOXを起動 角を曲がる 作詞:秋元康 作曲:ナスカ みんながおかしいんじゃないのか 自分は普通だと思ってた でも何が普通なのか? その根拠なんかあるわけもなくて… もう誰もいないだろうと思った真夜中 こんな路地ですれ違う人がなぜいるの? 独り占めしてたはずの不眠症が 私だけのものじゃなくて落胆した らしさって一体何? あなたらしく生きればいいなんて 人生がわかったかのように 上から何を教えてくれるの? 周りの人間に決めつけられた 思い通りのイメージになりたくない そんなこと 考えてたら眠れなくなった だからまたそこの角を曲がる 星空さえも中途半端だ 街の明かりが明るすぎて… 明日が晴れようと雨だろうと 変わらない今日がやって来るだけ 本当の自分はそうじゃない こうなんだと 否定したところで みんな他人のことに興味ないし… えっ なんで泣いてんだろ? だって近くにいたって誰もちゃんとは見てはくれず まるで何かの景色みたいに映っているんだろうな フォーカスのあってない被写体が泣いていようと睨めつけようと どうだっていいんだ わかってもらおうとすればギクシャクするよ 与えられた場所で求められる私でいれば嫌われないんだよね? 問題起こさなければ しあわせをくれるんでしょう? らしさって一体何? あなたらしく微笑んでなんて 微笑みたくないそんな一瞬も 自分をどうやれば殺せるだろう? みんなが期待するような人に 絶対になれなくてごめんなさい ここにいるのに気づいてもらえないから 一人きりで角を曲がる Ah Ah Ah Ah.

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欅坂46 『角を曲がる』歌詞の意味を考察・解釈

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この曲は、平手さんが主演を務めた「響 -HIBIKI-」の主題歌として披露された。 初めて映画館で聴いたときは衝撃が強すぎてぼう然としたのを覚えている。 映画自体はとてもつまらなく、平手さんが• 指を折る• 屋上から飛び降りる• 一眼レフを道路に投げる• 電車を生身で止める• 1億の賠償を背負う くらいしか覚えていない。 笑 シナリオが訳分からな過ぎて、期待して見に行ってがっかりした記憶がある。 しかし、エンドロールで流れてきたこの曲で全てチャラになった。 この曲には1800円を払う価値がある。 円盤化することがなく、映画でしか聞くことが出来なかったので、YouTubeでモノマネをしている人の歌声でずっと我慢していた。 公式PVをあげた運営には「あっぱれ」ですね! 平手友梨奈と鮎喰響 この歌は『鮎喰響』の歌ではなくて、『平手友梨奈』を表現した歌だと思う。 コメント欄で 鮎喰響と平手さんがピッタリと重なる曲! というものを見かけた。 しかしそれは間違いだと思う。 鮎喰響は元からぶっ飛んでいる所があった。 平気で命を捨てれて、自分を貫くために人を無下にできる人間、 そして間違いなく天才であった。 平手さんは恐らく鮎喰響と辿ってきた人生とはまるで違うだろう。 元から才能があったものの、そこまで世間を冷ややかに見つめていなかったはずだ。 過度な期待をよせるファン• 袋叩きにするアンチ• 謎の第三者の意見(僕のような人間)• そして理不尽な事件 そういった災いを受けて、今の状態に至ったのだと思う。 何も知らない他人が滅多なことを言うもんじゃないが、、、 そして、『角を曲がる』で表現されている心情には明らかに『迷い』と『葛藤』が存在している。 笑 この曲には「角を曲がる」という歌詞が2回登場する。 周りの人間に決めつけられた 思い通りのイメージになりたくない そんなこと 考えてたら眠れなくなった だからまたそこの角を曲る みんなが期待するような人に 絶対になれなくてごめんなさい ここにいるのに気づいてもらえないから 一人きりで角を曲がる 注目すべきは「角を曲がる」に至った経緯だ。 一番では「世間の期待に従う嫌気」 二番では「自分を貫きたい気概」 つまり「角を曲がる」とは『世間との決別』と『自分の道を進むことの決意』の象徴だと思われる。 おわりに これを高校生の女の子が歌っている所に魅力と残酷さがある。 世間に対し、絶望と達観があるというのは一見素晴らしいことのように思えるが、実はとても悲しいことだ。 それを才能と呼ぶのも、あまりに軽率だ。 そんなことを思うと「昔に戻って!」など口が裂けても言えない、 だから またそこの角を曲がる それではまた次回も、何卒。 最後まで読んでいただきありがとうございました! ランキングに参加しているので、良かったら、是非ポチっとしてください!.

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前衛的な踊りや無数に出てくる黒子、そして何かに身も心も取り憑かれたかのような彼女の表情を見て、気味が悪いと感じる人もいるかもしれない。 この曲を歌っているのは、アイドルグループ欅坂46の 平手友梨奈さん 弱冠15歳にしてメジャーデビューシングルでセンターを務め、以降グループの中心として活動していたが、先日グループからの「脱退」が発表された。 したり顔であんたは私の何を知る? 楽曲の中で彼女がこう叫ぶように、彼女の考えていることは、彼女にしかわからないだろう。 とは言いながらも、この喪失感を補うために、書かずにはいられない。 この楽曲は、平手友梨奈が初主演を務めた「響 -HIBIKI-」のエンディングとして作られた。 言い出したのは同作品の監督である月川翔氏である。 15歳で世間の注目を一身に浴びるという境遇は、平手に酷似している。 おそらく、彼女もそれを感じており、役に入っていきやすかったのだろう。 しかし、響と平手は似て非なるものだ。 どちらも、 表現するということに対しては何者にも勝る力強さを持っている。 しかし、響が確固たる自分を持って、自分の思うままに生きているのに対して、平手はまだその確固たる自分を見つけられていないからだ。 (フィクションの世界と比べるなんて…という野暮なことは言わないでほしい。 ) 平手自身、 「『鮎喰響』に改名したい」と言ったこともあるようだが。 それは響への 「共感」でありながらも、 「憧憬」でもあるのではないだろうか? もっと言えば、平手友梨奈という人物は、周囲や世間によって天才、奇人、に仕立てあげられただけで、 本当は普通の、いや普通よりもより純粋な少女なのではないだろうか?と思うのだ。 彼女はずっと、本当の自分=普通の少女の平手友梨奈と、世間が作り上げた自分とのギャップと戦い続けてきたのかもしれない。 そのギャップがかえって高い表現力を生み出しているんだとすれば、彼女は、まさに文字通り身を削って表現していることになる。 映画とともに、MVの監督も務めた月川は以下のように語っている。 最初はただ踊ることが好きだった純粋無垢な女の子が、次第に世間から注目されるようになって。 多くの人が自分のステージを求めるようになり、少女は楽しかった気持ちを忘れて周りが求めている踊りをするようになる。 その結果、傷ついて自分を見失ってしまう。 最後には「私らしさってなんだろう」と自分自身に問う内容になっています。 (月刊BRODY 2月号 欅坂46僕たちの好きな歌 より) MVについて、詳しく見ていこう。 一筋の光が差す観客の誰もいないステージ、くるくるスカートを膨らませながら大好きなダンスを踊る平手 気づいたらステージの下には観客と思われる黒子が現れる。 踊り疲れた彼女が舞台を降りようとするも、黒子に押し戻され、舞台に戻る。 逃げるように舞台袖から通路に向かう彼女を待ち受ける黒子 あるものは平手を崇拝するかのように仰ぎ、またあるものは遠巻きに眺めているだけ 向かってきた黒子たちに囲まれ、捕えられ、頭を揺さぶられる 黒子たちと同じ動きをしてみるも、 周りのひとに決めつけられた 思い通りのイメージになりたくない こういって彼女はまた角を曲がって進んでいく。 彼女の行く先にはまたしても黒子 行く手を阻むようにも、手を差し伸べているようにも見えるが、それを振り払って進んでいく。 追い付いてきた黒子たち、今度は明確に彼女を攻撃してくる。 彼女に、「みんなが期待する」イメージを押し付けるかのように。 またしても周囲と同調して、黒子と同じ動きをしてみるも、しっくりこないで彼らを振り払い、さらに進んでいく。 本当の自分はそうじゃない こうなんだと 否定したところで みんな他人のことに興味ないし... えっ なんで泣いてんだろ? ステージへの入り口に戻ると、今度は別のところで何かを取り囲む黒子の群れ 「みんなが期待する」自分を演じ続ければ、他人の興味や関心なんて、簡単に移ろいでしまう。 だって近くにいたって誰もちゃんとは見てはくれず まるで何かの景色みたいに映っているんだろうな フォーカスのあってない被写体が泣いていようと睨めつけようと どうだっていいんだ わかってもらおうとすればギクシャクするよ 与えられた場所で求められる私でいれば嫌われないんだよね? 問題を起こさなければ しあわせをくれるんでしょう? 心身ともに疲弊してボロボロになってしまった彼女 黒子たちを振り払い、たどり着いたのは行き止まりの鏡 -1人になったと思ったら通路は行き止まりで。 平手さんは拳を振りかざして目の前の鏡を割ります。 つまり「全て鏡の中の出来事だった」ということにしたかったんですよ。 今までのことは全部虚像でしたと。 だから映像的にも鏡面を通過するようなカメラワークにしています。 鏡を割ると違う部屋が現れますけど、彼女は虚像の世界から出ていって、本質の自分と対峙する描写をしています。 -え、どういうことですか。 だから、今までのことはすべて虚像。 (月刊BRODY 2月号 欅坂46僕たちの好きな歌 より) ガラス…もとい鏡を割る彼女 パブリックイメージでもあり、しかして虚像でしかない鏡に映る自分 抑圧や想像を象徴するガラス それを打ち破った彼女は、本当の自分と対峙する 鏡・ガラスを割ったその先には、冒頭とおなじようにのびやかにダンスを踊る自分 しばらくの間、踊り続ける二人 苦しみ、もがき続ける姿と、のびやかに、美しく踊る姿 まさにアンビバレントな、一人になりたい・なりたくない自分 らしさって一体何? あなたらしく微笑んでなんて 微笑みたくないそんな一瞬 とき も 自分をどうやれば殺せるだろう? みんなが期待するような人に 絶対になれなくてごめんなさい ここにいるのに気づいてもらえないから 一人きりで角を曲がる 最後は、鏡の中の自分のアップで終わる。 何か答えが出たのか、まだ迷いの中にいるのかはわからない。 彼女がそっと囁く一言も、「大丈夫」にも「ごめんね」にも聞こえる。 予め述べた通り、したり顔で彼女が至った答えを語ることはしたくない。 ただ、彼女がまた、まだ「角を曲がり」続けていることは間違いないのだろう。 悩み、苦しむ中で、それでも生きていくこと…そんなメッセージを私は感じ取った。 …ふと思い浮かんだ楽曲がある。 尾崎豊の 「僕が僕であるために」だ。 僕が僕であるために 勝ち続けなきゃならない 正しいものは何なのか それがこの胸にわかるまで 尾崎豊 「僕が僕であるために」 この楽曲を最初で最後(?)にテレビで披露した際のキャプチャ画像でこの章を終えようと思う。 左右で表情が違うことがわかるだろうか。 Twitterなどで話題を呼んだ画像だが、これまでの楽曲同様に強い意志を孕んだ右側の表情と、助けを乞うように怯えた左側の表情 相反するような二つの表情、感情を持っている自分を、この楽曲に乗せてさらけ出していたのかもしれない。 芝居に進んでいくという噂もある。 どんな道を進んだとしても、世間の注目を浴びざるを得ないことは間違いあるまい。 「らしさ」から自身を解き放ち、ありのままの姿の彼女が見られることを願うばかりである。 まだ彼女は、一人きりで、まだ「角を曲がり」続けている.

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