死んだら楽になれる。 死んでも楽になれないと知った。生きるのに疲れた私とリセットボタン

死んだら楽か何て誰にもわからないのに自殺するな

死んだら楽になれる

自殺問題について考えることは、これからの日本にとって、そして人類にとって、最重要課題であると私は思っています。 なぜなら、政府が国をあげて取り組んでいるにも関わらず、いまだに答えが見つけられていないからです。 逆にいえば、この自殺問題にこそ、「本当の幸せ」の鍵があるといってもいいと思います。 のHPには、『自殺対策白書』というデータが公開されており、 ・自殺者数の推移 ・年齢階級別、職業別自殺者数 ・自殺対策とその実施状況 などを見ることができます。 自殺理由に関しては、遺書などが残っている場合に限られるので、すべての理由を把握することはできません。 しかし、これらの資料からいくつかの傾向も見えてきます。 しかし、男性だけで見ると、仕事や生活苦による自殺のほうが多い。 つまり、仕事や生活苦を理由に自殺をするのは女性ではなく男性が圧倒的に多いということです。 そのほかにも色んな見解があるかと思いますが、仏教ではこの自殺問題はどのように見ることができるのでしょうか。 2600年前、お釈迦さまによって説かれた仏教の根幹にあるのは、 因果の道理というものです。 因果(いんが)の道理・・・ すべてのものごとには、必ず「原因」と「結果」がある 原因が分からないということはあっても、その結果が起こったということは必ず原因がある。 この真理は、現代の科学でもすでに証明されていることと思います。 この因果の道理、正しくは、 因縁果(いんねんか)の道理といい、「因」と「縁」が合わさってはじめて「結果」が生じるとされています。 しかし、これらは自殺の「縁」にすぎません。 ではいったい自殺の「因」は何なのでしょう? 仏教では、 「死んだらどうなるかわからない心」が根本原因であると言われます。 専門用語で、 「後生暗い心」「無明の闇」といいます。 戦争や病気、仕事や人間関係、生活苦など、生きているとさまざまな悩みや苦しみにぶちあたります。 それらが縁(きっかけ)となって、人ははじめて「自分は何のために生きているのだろう」と考えるのだと思います。 真剣に考えた結果、こんなに苦しいなら死んだほうが楽になれるという結論に達した人が自殺をしているのです。 しかし、死んだら本当に楽になれるのでしょうか? 死んだら楽になれるかどうかは、本当は誰も知らないのです。 この、死んだらどうなるか分からない心(無明の闇)が晴れないかぎり、私たちは人生において本当の安心も満足もない、本当の幸せが分からないまま死んでいく、と教えられています。 反対に、この無明の闇が晴れれば、 「自分はこのために生まれてきたのか!」という大とともに、 「自殺をしてはいけないのは、この身になるためだったのか!」 ということもハッキリします。 自殺をする人だけではありません。 長生きをしても、どれだけ豊かな生活をしていても、悩みがない人にでも、この無明の闇は必ずあると言われます。 無明の闇とはどのような心なのか? 無明の闇が晴れるとどうなるのか? どうすれば無明の闇が晴れるのか? 私たちが本当に心から幸せになるために必要な疑問に答えられたのが仏教なのです。 ananchang.

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毒親が亡くなりました

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一人っ子です。 父はすでに亡くなっており、毒親である母だけが残っていました。 入退院を繰り返し……絶縁宣言をしながらも病院からも全く連絡が来ないようになり完全に関わらなくてよくなったのはこの1年。 世話を引き受けてくれていた叔母からは何度か連絡はあったけれど、母の元へ行くことはありませんでした。 次に会うときは亡くなる時だなと。 亡くなる時って、どんな気持ちになるのかなぁと思っていましたが、実際に亡くなってみると…… 何の感情もなくて驚きました。 でも、火葬される直前母泣きました。 寂しい とか ありがとう とかではなかった。 これで、解放される という安堵感と、私の人生には切っても切れない存在だったのと…… ショックとか 嬉しいとか何にもないです。 無に近いです。 自分でも不思議です。 でも、落ち着いてるわけではなく、ボーっとしています。 毒親を亡くされた方って、どんな気持ちでいたのでしょうか ユーザーID: 5639924182 私もそうかも。 子どもの手前、神妙にはするだろうけれど 親にされた事は、犯罪まがいです。 死んだとしても許せません。 いつも心は凍り付いていました。 親が死ぬ悲しさはないから、涙も出ないでしょう。 思ってくれた優しい他人の葬式では、泣いたけど、毒親の葬式には涙なしで臨みます。 親だからといって、してはならない事はありますよね。 死んだからと言って、何もかもが許されることはないと思う。 親だから警察にも言わずに、人にも言わずに我慢して来たんだから。 それでも、ひとつも悪いと思っていない。 生きる気力もでてこない。 長年、心療内科通いです。 時々、あまり苦しくて、心の中で母をあの世に送ります。 辛くもなく悲しくもなく、あなたと同じく、これで解放されると安堵します。 大嫌いでした、さようなら、が本音です。 葬式にもできれば怪我か病気でもして、一切出たくないと思ってるとは、誰も知らないと思います。 ユーザーID: 9434442719• 本当に、そうなんだよねぇ こちらでは、毒親の子供は完全擁護されるようですが 親に何かされたとか焦点を当てるところはそこではなく、 自分の生があるのは、親のおかげだと考えることはできないのでしょうか。 あたかも自分一人で育ってきて毒親毒親と言っていますが、 生まれた瞬間から、その毒親と思い始める日まで 食べさせてもらい、おむつを変えてもらい、 何かあった時は病院に連れて行ってもらったから 今、そんなことが言えるまで育ってきたのでありませんか。 火葬されて形はなくなっても、その時何の感情が出なかったとしても あなたの半分の血はその母親でしょう。 一生ついてまわりますよ。 あなたのその考え方も、好みも、体型も半分は母親の血。 いずれ嫌でもあなたはその毒親に似てきます。 毒親と思う自分をこんな場所で正当化するのはやめてください。 ユーザーID: 2117494468• トピ主です ……やっぱり診療内科へ通うことになりますよね。 私もそうでした。 カウンセリングを受けた時に、母親 一番関わりの多い大人 との繋がりがその人の土台を作ると言われました。 私は、一見、しっかり者に見えますが、そう見せていただけだったんでしょうね。 無理してました。 子を産んで、しばらくして、身内とのトラブルをきっかけに壊れ、通院しました。 今思えば、大したトラブルではなかったです。 きっかけに過ぎないです。 土台がグラついていたからです。 それがわかると少し楽にはなりました。 有名人でも、母親に縛られた……と告白している人って皆さん一見『しっかり者』ですよね。 頑張らざるを得なかったんですよね。 甘えられなかったですものね。 ユーザーID: 5639924182• 参考にならなくて恐縮ですが >毒親と思う自分をこんな場所で正当化するのはやめてください。 ・・・って、トピ主さんは何も「正当化」なんてしてないですよ。 親を亡くした時のご自分の気持ちを正直にここで吐き出しているだけです。 人の感じ方はそれぞれ、それに正誤なんてないと私は思います。 >生まれた瞬間から、その毒親と思い始める日まで 食べさせてもらい、おむつを変えてもらい、 何かあった時は病院に連れて行ってもらったから 子供のおむつを変えて、食べさせるのは親の責務でしょ? 私も「毒親」を持つ娘の立場ですが、幼い息子に対してそんな恩着せがましいことは言うつもりはありませんし、思ってもいません。 外見は母そっくりの私ですが、自分が母からされてきて苦しかったこと、悲しかったこと・・絶対に息子にはしまいと毎日鏡を見ながら心に決めています。 ユーザーID: 2698400204• そんなもんだと思いますよ 私の母親も毒親でした。 私、60才過ぎ、母、90才を過ぎてます。 日本では親の恩、親孝行、親の愛は海よりも深い、など美しく語りすぎますよね。 親子って本当はとても難しい関係ですよ。 親は子供を思う。 でも、どう思うのか。 自分の価値観を押し付け、自分が望むような子供を作ろうとすること、これは愛ではなく、支配ですよ。 愛情と支配を勘違いしている親は多いと思います。 私は母が80代半ばのころ、ある口論を切っ掛けに、私が今までどれほど母の物言いに傷つけられ嫌だったかを綴った手紙を送りました。 気持ちを吐き出したことでそれまでの私の呪縛が消えたようです。 ある本に本当の気持ちを手紙で綴ることで毒親の呪縛から解放されることを書いた本に出会いました。 ある心理学者の本で、それがセラピーになるというものでした。 それ以来、私はあれほど嫌だった母を受け入れられるようになりました。 実は母もそう育てられてきた犠牲者でもあったんですよ。 今は90才を過ぎたただの愛おしい存在です。 亡くなった天国のお母さんに気持ちを書いてみてはいかがでしょうか。 ユーザーID: 9230689248• 生存中 死ぬ時まで迷惑をかけられ、とにかくバタバタしていましたが 色々な手続きが終わるにつれ やっと解放されたか、という気持ちがありました そして、こんなに楽になるなら もっと早くに死んでくれればという気持ちにもなりました でも、まだもう片方が生きているんですよね 手続きの複雑さを思えば、また先に死んでくれた方に 「死んでくれてありがとう」という気持ちがもてるだけマシかな >自分の生があるのは、親のおかげ 毒親持ちの子供の多くが「消失願望」を抱えているのを御存じですか? まず根本が違うんですよ 「生」に対して肯定的な気持ちが持てないんです だから「おかげ」なんて思うわけがありません 生きている事に対して「間違っている」という育てられ方をしている人に 自分が生きている事が「間違っていない」と理解する為には 育てられ方がおかしかったから、そういう考えになったという認識が必要です 「正当化する事」が、「生きる事」に繋がる人に 正当化するなと言うことが、どれだけ残酷な事かわかりますか 再構築には、必要な過程なんです ユーザーID: 4482983190• 血を恨む事がある 多くの人を傷つけた父が死んだのを伝えてくれたのは、とある施設の方です。 遺骨だけ兄と引き取りに行きました。 「死んだから悪さしないだろう」 と菩提寺の共同供養塔に遺骨は納めました。 祖父母と一緒にしたくはありませんでした。 私の中に父の血があります。 それを恨み、呪ってきました。 人としてこれでいいのか?と問い続けて来ました。 愛されるべき人は傷つける張本人。 何故に私や兄をこの世に出したのか…。 すみません。 私は自分に命をくれた人を恨む、最悪の娘なのでしょう。 でも恨むことが生きる力になってきたのも事実です。 その人がいなくなりました。 ほっとしています。 そしてそこからが、私という「父の子」ではない「私自身」の始まりだと思いました。 親を嫌うなんて辛いです。 人間としてダメだろうと思います。 しかしそうしないと生きてこれませんでした。 えつさん。 私もあなたも未熟です。 でもまだ生きて行くのです。 毒の去った人生をしっかりと歩みましょう。 心からお幸せをお祈りいたします。 ユーザーID: 7713376507• そんな感じです 実家から残しておきたい写真を持ち帰りました。 その中から、『あぁ、お母さんだ……』とノスタルジックな気分に浸れる写真が数枚ありました。 アルバムにちゃんとなっているものもあり、そのうちの1冊は、子どもの頃から、それを見るのが好きでした。 私はアラフィフです。 この歳になるまで気づきませんでした。 それらの写真は、全て、物心つく前の写真でした。 父の写真は、何歳の分でも懐かしく愛おしい。 母の写真に、ほんわかした思いを抱けるのは、物心つく前のみ。 憎いとかの感情はトピに書いたように今は全くないんですけどね。 1つ片付けるごとに、改めて自分に向き合っている感じです。 ユーザーID: 5639924182•

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自殺で死んだら本当に楽になるんでしょうか?まず死んだあとも感情は残る...

死んだら楽になれる

死んだ後の事を色々言う人がいるけど、死んだ事もないのに適当な事言いなさんなと思うよね。 ただわかってるのは、追い詰められて死ぬのなら、追い詰められたまま死ぬってだけ。 要するに楽になりたいのなら、生きたまま楽になるしかないのよ。 わかるよ。 今が苦しい訳よね。 厳しい事言うようだけど、そもそも生きる事は負荷でしかなく楽じゃないよ。 だから楽じゃないと悩むのは当然ね。 あなたが悩んでるのはある意味真っ当な感覚だと思うわ。 その通り楽じゃないのよ。 私からすれば、その辺でヘラヘラ生きてる人よりちゃんと物事を正しく捉えてる。 具体的な悩みがあるなら、それを解決する方法や手段を具体的に相談したらいいけど、生きる事自体が苦しいのなら、それはその生きる事を引き受けるか引き受けないかだけよね。 どうせ死ぬ運命。 生きる選択をしてる私としては、この頼んでもないのに始まった人生を、とりあえず死ぬまで生きてみるかと引き受けてみる方をすすめるよ。 それから後遺症を残しつつも回復した知人は神社に行って事の顛末を神主さんに話したら、そこで見たものは分かりやすく言うと地獄ですね って言われたらしい。 自殺した人は皆ああいう場所で永遠に彷徨うのだと。 楽になりたくて自殺したはずなのに未来永劫苦しむことになるから、絶対に自殺だけはしてはいけないよ と言われたそう。 死にたがっていた知人は、あんな恐怖を味わうくらいなら生きてたほうがマシだと言い、今日もまだ元気に生きてる。 ちなみに、悪霊が生きた人間を死へと引きずり落とそうとするのは同じ苦しみ 仲間になれ を味わってほしいからというのもあるそう。 だから、自殺だけは絶対だめ。 楽になるのはその時だけで、一生出られない地獄行きだから。 自殺者は必ず地獄へ行くみたいなので、あと何十年か生き抜いて寿命を迎えるほうが絶対いい。

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