奈良 ドリーム ランド 跡地。 奈良ドリームランド跡地、やっと落札7億3千万円 SKハウジングが再公売で…さてどんな再開発?

奈良ドリームランド跡地が解体へ…再開発が進まない原因とは?

奈良 ドリーム ランド 跡地

今回やってきたのは国内外で有名なテーマパークの廃墟「奈良ドリームランド」。 1961年、ディズニーランドのノウハウを元に建築された当時日本最大の遊園地で、最盛期の年間入場者数はのべ160万人を数えたが、東京ディズニーランドや大阪のUSJが出来た事により入場者数が激減し2006年をもって45年の歴史に幕を閉じました。 この規模のテーマパークとしては世界的にも珍しくいまだに遊具や建物の撤去は行われておらず廃墟として知られるようになりました。 (2016年解体) この遊園地は創設者であるM氏が本場アメリカのウォルトディズニーに感銘を受け、日本にもディズニーランドのようなテーマパークを作りたいとウォルト・ディズニーに直接面会をした事から始まりました。 当時ウォルトはその事を本気に受け取っておらず「その時が来たら力になる」と返事をしたといいます。 しかしM氏が技術者を連れ再び訪れた事に熱意を感じ、ウォルトはディズニーランドのノウハウを無償で提供、さらに建設時はディズニーランドの技術者が派遣させたのだそうです。 ウォルトは日本独自のテーマパークを作る事を前提に協力したが、遊園地側がディズニーランドを模倣したあげく細部までのこだわりが無く質の低い遊園地を作った事でディズニーは「日本人はもう信用しない」とまで言ったそうで、後に東京ディズニーランドを誘致した際には信頼を得られずにとても苦労したそうです。 そういった経緯をもつ正真正銘の偽ディズニーランドであり、さらに後の開発で出来たアトラクションやオリジナルキャラクターなどにより独特の世界観があるテーマパークに仕上がりました。 ASKAができる前後にこの遊園地は2度訪れた事がありましたので、こんなんやったかなーという懐かしい気持ちと悲しい気持ちと爆発する冒険心とで感慨深い廃墟探索となりました。 (僕らの年代では遊園地も行きましたがプールという印象のほうが大きい) 奈良ドリが国内外で有名な廃墟になったという事で一度見てみたいと思い行ってきましたが、廃遊園地は心が踊ります。 冒険心が爆発です。 奈良では心霊スポットとしても有名だそうで落書きが多く少し残念でした。 たった10年ですが10年は廃墟化するには十分な期間なんですね。 当時はアトラクションで楽しませてもらいましたが、今回、廃墟として美しい姿を見せていただいた事に感謝の気持ちでいっぱいです。 どこかのサイトでも行ってましたが、ここはあらゆるシチュエーションにおいて他の廃墟を圧倒しています。 偽のディズニー、大きさ、警備員の存在。 廃墟と真剣に向き合わなければ見る事が出来ない光景が広がっています。 閉園から10年と、廃墟歴が短いまま解体となった事が非常に残念です。 奈良ドリの20年、30年後の姿を見てみたかったです。

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奈良ドリームランド跡地が心霊スポット?廃墟と化した遊園地の現在

奈良 ドリーム ランド 跡地

2006年に閉園した奈良県奈良市の 遊園地「奈良ドリームランド」。 現在税金滞納による差し押さえ物件として 奈良市に預かられている奈良ドリーム ランドの2度目の公売が11月10日に 行われました。 昨年11月の公売では買い手のつかなかった 当物件ですが、今年は7億3,000万円の 最低入札価格で大阪の「SKハウジング」が落札。 ようやく買い手の見つかった奈良 ドリームランド跡地の再利用方法は? Sponsored Link 奈良ドリームランドとは 1961年の開業以来人気を博し、 テーマパークの先駆け的存在として 広く知られているならドリームランド。 エリア構成は海外のディズニーランドを 真似ており、開園当時は「未来の国」「幻想の国」 「冒険の国」「過去の国」「メインストリート」の 5エリアで構成されていました。 また、当時では画期的だったアトラクション 「潜水艦」「大海賊」「モノレール」などで 人気を集めました。 しかし、1983年の東京ディズニーランド 開園より入場者数が減少。 さらに2001年のユニバーサルスタジオ ジャパンが開業したことを受け、客足は ますます遠のいてしまいます。 そしてその5年後2006年、奈良ドリームランドは 45年の歴史に終止符を打ちました。 Sponsored Link ウォルト・ディズニーを怒らせた? 奈良ドリームランドは千土地興行代表の 松尾國三氏がアメリカのディズニーランドに 感激したことがきっかけで建てられました。 松尾代表の熱意に心打たれたウォルト・ ディズニー氏はディズニーランドのノウハウを 無償で伝授。 建設時にもディズニーランド側から技術者を 派遣するなど、協力を惜しみませんでした。 この無償提供は、あくまでも日本人が日本独自の 遊園地を建設することに協力するため。 奈良ドリームランドがディズニーランドを 名乗ることを交渉し出したことで雲行きは 次第に怪しくなっていきます。 細部にまでディズニーの「イマジニア」が デザイン・設計するこだわりがある ディズニーランド。 ノウハウ提供や一部技術協力のみで作った 奈良ドリームランドにディズニーランドを 名乗らせるわけがありませんでした。 結果的にディズニーランドを模倣しただけの 質の低いテーマパークと判断されてしまった 奈良ドリームランドは、ディズニー氏の怒りを 買ってしまうこととなります。 そのため、後の日本へのディズニーランド 誘致の交渉は困難を極めたそうです。 奈良ドリームランド跡地の利用方法 今回奈良ドリームランド跡地を落札した SKハウジングは大阪を中心に貸しビル事業などを 手がける会社。 跡地は開発規制区域指定が多重にかかっており、 学校や福祉施設など、公共施設のような施設にしか 利用できません。 また、遊具の撤去費用にも数億円かかると見込まれ、 そのため今まで手付かずの状態となっていました。 色々と規制の厳しい土地ですが、奈良ドリーム ランド跡地はSKハウジングの手によって どのように生まれ変わるのでしょうか?.

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奈良ドリームランド跡地、やっと落札7億3千万円 SKハウジングが再公売で…さてどんな再開発?

奈良 ドリーム ランド 跡地

「昭和の興行師」と呼ばれた松尾國三率いる日本ドリーム観光が、毎日新聞社の後援のもとに総工費約200億円を投じて建設。 松尾は「観光立国」を標榜し、かねて東京近郊での一大娯楽施設を開設することを目論んでいた。 開園当初の横浜ドリームランドは、「日本のディズニーランドを目指す」という松尾の構想に基づき、横浜郊外の小高い丘陵丸々一つを開発した約132万平方メートルの広大な敷地に、遊園地やボウリング場、スケート場、ショッピングモール、映画館を備えた、当時の日本国内でも屈指のレジャー施設であった。 開業翌年の1965年には、敷地内に当時の国内で随一の高層建築物であった「ホテルエンパイア」も完成した。 wikipedia「」 1966年には、大船駅とドリームランドを結ぶドリームランド線が運行を開始して多くの入場数を見込みましたが、翌年にエラーが発見されてドリームランド線は運行を停止し、そのまま再開することはありませんでした。 私が高校生の頃、大船駅でアルバイトをしていましたが、その頃はまだ廃線がありました。 ドリームランド線が運行を停止したので、バスの本数を増やす試みが図られたそうですが、ドリームランドがあった場所は、交通の便が悪く、周辺は当時から大渋滞しており、バスが全然進まないなんてこともあったそうです。 数年前に立体交差点ができた「原宿交差点」は、県内最大の酷い渋滞が起こる交差点として有名でした。 立体交差点ができた今は、だいぶ渋滞が緩和されています。 その後、東京ディズニーランドや横浜八景島ができると、客離れは益々進み、結局2002年にドリームランドは閉園してしまいました。 横浜ドリームハイツの周辺からは、天気が良ければ富士山が見えることもあります。 この日は湿気も高めで天気もそれほど良くなかったのですが、富士山が見えました。 スポンサーリンク 県ドリームハイツ 横浜ドリームハイツに隣接して「県ドリームハイツ」が建てられました。 不動産業者だけが見れる物件検索サイト「レインズ」で県ドリームハイツを調べたところ、1970年代前半に建築された建物とのようですね。 県ドリームハイツの周辺には、クリエイトやコンビニ、スーパーもありました。 近くには大きなバスロータリーもあり、病院もあるので、駅までは遠いですが一通りの施設は整っています。 県ドリームハイツは自主管理ですが、定期的な修繕によって見た目はそれほど古臭くありません。 県ドリームハイツの所在地:神奈川県横浜市戸塚区俣野町 旧ホテルエンパイア 横浜ドリームランドにあった旧ホテルエンパイアは、今でも横浜ドリームランド跡地に残っています。 近くを通ると高い建物が目を見張ります。 始めて見た人は寺院でもあるのかと思ったそうです。 現在は、横浜薬科大学の図書館として利用されています。 深谷中学校越しに見た旧ホテルエンパイア 県ドリームランド側にある横浜薬科大学の門。 ホテルエンパイアは、横浜ドリームランド開園の翌年には完成したそうですが、1995年に終了しました。 横浜ドリームランド跡地の俣野公園 横浜ドリームランドがあった場所は、俣野公園や薬科大学に姿を変わって現在ではほとんど面影がありません。 ドリームランド跡地と県ドリームハイツの街並み 俣野公園入口近くに立っていた案内図。 公園内には、広場や遊具施設、野球場があります。 緑が多い公園です。 孫を連れたおじいさんとおばあさんが来てました。 ドリームランド:横浜市戸塚区俣野町 相州春日神社 横浜ドリームランド跡地に隣接して春日神社があります。 春日神社は、横浜ドリームランドの繁栄を願って奈良県の春日大社から分霊を勧請したそうです。 境内には鹿がいて鹿センベイをあげることができます。 春日神社の御由緒 当春日神社は、昭和三十九年八月に奈良大社のご分霊を勧請し、ここ俣野の地にご鎮座なされました。 御祭神は皇祖肇国の折、神功あらせられた武甕槌命、経津主命、天児屋根命と比売神を奉斎し武甕槌命、経津主命二柱の神は国土開発の守護神として、天児屋根命は文筆の神と仰がれ学業成就を願う崇敬神として、比売神は安産の神として御神徳いよいよ高く、この四柱の神々を尊崇して春日皇大神と申し上げ、皇室に於かれましても代々御崇拝遊ばされ、又国民等しく敬仰する神々であります。 殊に武甕槌命が奈良にお移りの際、本社鹿島の宮を御出発になり、途中無事奈良に御到着になったことから鹿島立の信仰が生れ、爾来旅行安全、交通安全の神として尊ばれています。 春日神社から見える旧ホテルエンパイア 横浜ドリームランドの想い出 私も子供の頃に何度か親に連れてきてもらいましたが、今でも実家には観覧車に乗った時の写真が保存してあります。 中学校に上がると家族で外出するということもなくなってしまい、いつしか横浜ドリームランドの存在すら忘れていました。 次に横浜ドリームランドのことを思い出したのは、テレビで横浜ドリームランド閉園のニュースを見たときでした。 その後、親が病気で倒れてしまい家族で旅行に行くことは出来なくなりましたが、横浜ドリームランドは今でも家族で外出した良い思い出です。

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