ガリ ぞう。 ガリぞうさんコロナ騒動の中、来店イベント収録して炎上

【2020春 SPコラム】人生を形成したパチスロ4選/ガリぞう

ガリ ぞう

Contents• ガリぞう プロフィール ライター名 ガリぞう 生年月日 1972年3月27日 48歳 2020年4月現在 血液型 A型 出身 北海道 本名 不明 所属 フリーランス 北海道在住のスロプロとして有名なガリぞうさんですが、スロプロになる以前は負け組の単なるパチスロ中毒者に近い感じだったようです。 しかし、パチスロにハマり過ぎているというのを逆手にとってスロプロになり勝つ事でパチスロ中毒を克服。 若い世代の方達には信じられない話かもしれませんがインターネットが普及し始めた1990年代中盤は今のように検索窓に文字を入力すると自動検索してくれるようなシステムではなく、WEBサイトを探すのにも一苦労という時代でした。 そして、自分のホームページを Yahoo! Japanに載せてもらうのも現在のように簡単ではなく、自ら申請し許可が下りて、はじめてWEBに自分のホームページが載るという流れだったんですよ。 高校卒業後、コンピューターの専門学校に進学し得た知識でパチスロのホームページを作成。 「パチスロ」で検索すると自分のホームページが出てくるよう申請します。 見事、Yahoo! に登録されたガリぞうさんのホームページは 「パチスロ」で検索するとトップページの一番最初に表示されるという奇跡を起こします! 検索のトップに表示さると当然、ホームページへの訪問者は増え、ホームページに訪れた出版社などが仕事のオファーをくれた事が、この業界で働くキカッケになったとおっしゃっていました。 意外な初仕事・ライター名 ガリぞうさんの初仕事は1999年。 意外にもパチスロのお仕事ではなく 【ミニロト・ナンバーズ】の雑誌の執筆で、 他業種のプロから見たミニロト・ナンバーズというお題で執筆されたんだとか。 自らの力で道を切り開いたガリゾウさんはその後もスロプロとして稼働する傍ら、パチスロ雑誌などで執筆をおこない知名度を上げていきます。 代表作は連載期間16年の 【プロスロ】で間違いありません。 プロスロはご自身を題材とした漫画で自分自身がパチスロを打ち始めた頃を思い出せますし、勉強になる部分も多い非常に秀逸な漫画だと思います。 一度も読んだ事が無いという方は で12話分が無料で読めるみたいなので、ご覧になってはいかがでしょうか? ちなみにライター名の 「ガリぞう」はペットとして飼われている猫の 「ガリにゃん」から取ったとのこと。 ブログを拝見する限りかなりの猫好きみたいですね。 稼働に動画にお忙しいでしょうからね仕方ないでしょうね。 スロプロ・ブドウシミュレーター スロプロとして全てが高いレベルにあるガリぞうさんですが、勝ちに対して非常にストイックな所が素晴らしいと思います。 立ち回りには信念を感じますし、知識や技術力も文句無し。 ご自身が考案された 【ブドウシミュレーター】は前任者が打った分のジャグラーのブドウ確率を逆算してくれる優れもので、これを10年以上前に考案されているのですから凄いとしか言いようがありません。 機種の守備範囲は広いですが、特に 【ジャグラー】はガリぞうさんの中でも一番の得意機種なのではないでしょうか? 普段、ガチ系のライターさんを見ない方にも是非、ガリぞうさんのジャグラー動画を見て欲しいなと思います。 スロット初心者にもヘビーユーザーにも分かり易く解説してくれるので得るものも大きいと思いますよ。 最近は下見の風景を紹介する番組も減ってきましたが、メディア出演しているライターさんの中でも下見や事前準備の内容が飛び抜けて緻密だと個人的には思っています。 兎に角、可能な限り下調べをして狙い台を絞るという感じで、逆にここまでやらないとスロプロとして生計を立てるのは難しいんだなという事を痛感させられますね。 最近、下調べでは データロボ サイトセブンのVIP会員になり活用しているそうですよ。 ガリぞうさん曰く、データの洗い出しにかなり便利なんだとか。 ホール内のデータ表示器の見方も勉強になる事が多いですし本当に凄い方だと思います。 視聴者に分かり易く非常に丁寧な解説をされますが、元々がお節介な性格で会社勤めしている頃から困っている同僚を助けてあげたりと、他人の気持ちを凄く考えてしまう性格なんだとか。 動画でもそういうガリぞうさんの優しい部分を感じる事が確かに多いような気がします。 直近の収支・ボロボロの車? パチンコ業界も厳しい時代となり、最近は出玉性能が抑えられた機種も多くホールも設定を使わないなど大きく勝ちにくい時代となりましたよね? そんな中、ガリぞうさんの2018年の収支はこの10数年の中で一番良かったそうなんです。 この他にも打っておられるでしょうから年間プラス 500万円は軽く超えているでしょうね。 稼働がメインでしょうが、お仕事もされて今の時代にこれだけのプラス収支を叩き出すというのは凄過ぎるの一言。 演者としても人気のガリぞうさんですが、プロとしての感覚を鈍らせない為にも毎年2月と8月は仕事を入れず、稼働メインの生活をされています。 ガリぞうさんは地元では有名なほどボロボロの車に乗り続けてらっしゃったそうです。 走行距離はなんと31万km💦 車を買い替えたいと考えていましたがライター業では8年間で目標額の半分程度しか貯まらなっかたそうです。 しかし、漫画の連載が2017年で終わり、漫画に掛けていた時間を稼働時間に回した2018年は目標額の残り半分を僅か1年で貯めれたんだとか。 稼働時間に比例してプラス収支が増える、正にプロ中のプロだという事を証明していますね。 パチンコライターの も最近はライター業より稼働がメインとなっていますが、時給が安い今のパチンコでは稼働時間を増やすしか収入を増やす方法は無いとおっしゃっていたのでプロ同士、通ずるものがあるのかもしれません。 ワサビさんの出演番組をよく視聴されているようですし本当に仲が良いというか認め合っているお二人という感じがします。 ガリぞうさん曰く、ワサビさんは知識、技術だけでなく文章や演者としての能力も高く、隙の無いライターなんだとか。 ワサビさんの動画をよく視聴されていると書きましたが、普段は自分とは真逆のスタイルであるバラエティー系パチスロ動画をよく視聴しているとのこと。 ガチ系の番組はガリぞうさんにとって勉強になる部分は少ないという事なのかもしれませんね。 この他、とは共演自体は少ないですがプライベートで飲みに行ったり相談をしたりパチスロ談義で盛り上がったりと話が合うようですし、専業からパチスロライターとして成功している部分を尊敬してらっしゃるようです。 内助の功・スープカレー屋 ガリぞうさんは既婚者ですが、スロプロとして勝てているのは奥様の力も非常に大きいようですね。 長年、一緒に暮らしているからでしょう、奥様はガリぞうさんの行動パターンを把握しているらしく打ち終わって帰ってくる頃には食事が用意されていて、食事が終わるとお風呂が沸いているというように全て先を読んで行動されているんだとか。 一切のタイムラグが無いともおっしゃっていました。 ガリぞうさんは自宅から片道2時間掛かるようなホールも主戦場のひとつにされていますし、稼働時間も長く、朝一から閉店まで打つ事も多いので、タイムラグを作らない奥様のおかげで少ない時間の中でも最大限の休息を取れるのが凄く助かっているみたいですね。 一時期、ネットゲームにハマり全く稼働しなくなり収入が大幅に減ったらしいですが、その間、ガリぞうさんのメモ帳を読み、奥様自らパチスロを打ち、収入を得ていた事もあるんだとか。 ここまで出来た奥様をお持ちだとガリぞうさんも頭が上がらないでしょうね💦 話は変わりますがガリぞうさんの妹さん夫婦が札幌市内でスープカレー屋を営んでおられます。 お店の名前は 【スープカレートムトムキキル】。 ガリぞうさんも、よく食べに行かれるみたいですね。 妹夫婦が営むトムトムキキルなう。 今日も妹夫婦は元気でした。 大人気女性ライターさんと初対面でお寿司を食べる席に呼んで頂きました。 当然ながら想像以上に可愛らしく、お酒も進んでしまいます。 私は明朝から再び約一週間の出張の為、この席に長居できないのが残念でなりません。 — ガリぞう garizo2 推しになりました。 — ガリぞう garizo2 お世辞なのかもしれませんが流石にこれはいただけない… 今や女性ライターで一番アンチが多いであろうフェアリンさんの推しになったみたいです。 素人のカラオケ大会みたいなものですよ💦 Twitter・ブログ 近年はスロプロだとかガチ系のライターさんは活躍の場が減ってきましたが、そういう人達の番組を楽しみにしている方も多いと思いますので、これからも変わらぬスタイルで頑張っていただけたらなと思います。 スロプロなので普段の稼働がメインだと思いますが、可能な限りメディア出演していただけたら尚、嬉しいですね。

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ガリぞうさんコロナ騒動の中、来店イベント収録して炎上

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お久しぶりです、北海道のガリぞうです。 安田さんから再び統一テーマコラムのお話を頂き、誠に光栄に思います。 お題は、自分を作り上げたパチスロ4選。 「作り上げた」と言われても人としては48歳ながら発展途上もいいとこですが、パチスロ歴は31年 そこ、計算しないように とそこそこ長いので、「スロッターとしての」を頭に付けさせて頂きます。 ~スロッターとしての自分を作り上げたパチスロ4選~ 1. 5号機 大学受験で田舎から札幌に出てきたガリ少年。 しかし、受験内容に全く手応えが無く、落胆していたのでしょうか。 札幌へ出てくる際に両親から渡されたお小遣いの残り1万円を握りしめパチンコ屋に入り、明るいフロアの一階から階段を降りて薄暗い地下のパチスロコーナーへ。 この頃はスタジアムや安来名人・マジカペ等の羽根物を既に田舎で打っていたので、もっとやさぐれたい自傷行為に近い感情が私を未踏の地へ誘ったと思われます。 おもむろに筐体前へ腰を据えますが、操作方法さえ分かりません。 その機種は、驚くほど細い三本のリールで、クレジット機能もなくボーナス中もコインを手入れで消化するノーマルタイプの1. 周囲の見様見真似により操作方法はおぼろげに理解できましたが、どこでコインを買うのか分からず店内を徘徊。 すると、シマの外に貸出機がありました。 50枚のコインを買い、台に戻って打ち始めます。 この頃はコインを「買っていた」と思っていたので、当時の感情のまま記します。 リールを回転させると図柄など全く見えませんが、左リールは定期的に濃い塊が降ってくると分かったので、これにタイミングを合わせて押すと、それは「スイカ・BAR・7」の配列でした。 これはしっかり狙えばボーナス図柄が揃うのだろうか……そう思い、狙い続ける事7千円。 ようやくBARが揃います。 が、ボーナスの消化方法も分からず手間取ります。 すると、七夕の短冊よりも細くて長いレシートを手元に何枚も置きながら打っていた隣のおじさんが「ボーナス中は1枚ずつ入れてボタンを一回押すんだよ」と教えてくれ、その通りに消化。 ジリリンと大きな音を立てながら100枚程度のコインを獲得しましたが、当然のようにあっさり全ノマれ。 この頃から私はビビリだったのか、残金的に臆して撤退でした。 これが私の初打ちです。 後に知る有名な言葉「ビギナーズラック」は初見であっさり否定されました。 その二か月後。 当然のように不合格が決まり、予備校へ通う為に入居した下宿で浪人生活がスタート。 この下宿の先輩で仲良くなったパチスロに詳しい富樫さん 仮名 の存在が、私の人生を大きく変える事になります。 バニーガール 2号機 浪人生活が始まるも、やはりパチスロの魅力にどっぷりハマっていた私。 予備校よりもぱちんこ屋に足を運ぶ日数の方が多いという、大が三つつくほどの親不孝者でした。 ちなみに、当時からぱちんこを避けていた理由は田山さんにあります。 この頃は既にパチンコ必勝ガイドを購読していて、田山プロの「パチプロ日記」の熱心な読者でした。 「たぬき丼」で日銭を稼ぐ田山プロの記事を読み、ぱちんこは運不運じゃない事を知りました。 「技術や目利きがなくても運で戦えるパチスロなら勝てる事も増える?」 そこまで考えていたかどうかは定かじゃありませんが、パチスロばかり打っていた事は事実です。 そんな負け続けの日々を送っていると、富樫さんからアドバイスを受けます。 「闇雲に勝負するならパルサーより完全確率の機種が良いよ」と。 富樫さんに連れて行かれたホールで座った機種は、クレジット機能が搭載された次世代の2号機「バニーガール」でした。 いつも通り毎ゲーム7を狙って消化していると、偶然にも即7が揃い、心臓が飛び出るかと思うほど強烈なファンファーレが鳴り、BIGボーナスがスタート。 このBIGを消化し終え、少し回したところで小役が5ゲーム連続で揃います。 富樫さん「次も小役揃ったらロングかも。 」 何を言っているか分かりませんが、引き続き7を狙って打つとやはり小役が揃います。 富樫さん「危ないっ! これ60ゲーム続くかもしれないのにBIG揃ったら終わっちゃうから7は避けて打たないと。 」 何を言っているか分かりませんが、私にとって富樫先輩はパチスロの先生なので、その通りに打ちます。 と言ってもボーナス図柄の目押しは右リールしかできないのですが、その後もボーナスや小役が揃いまくり、出玉がモリモリ増えていきます。 この正しい道筋じゃない完全なる運勝ちと、その後も富樫さんからの優しく上手なご指導が、私をパチスロ依存症のさらなる深みにハメていきました。 クランキーコンドル 4号機 ボンクラ予備校生のガリ少年は当然のように大学にも落ち、専門学校を卒業して就職。 3号機時代はパチスロから少し遠ざかるも、ロクデナシ人生はまだまだ続きます。 私は小さい頃から母親に「あんたは発想力が長所だからどこかの会社の企画部に入りなさい」と何度も言われるほど想像外のイタズラをしでかすやんちゃ坊主だったようで。 そんな発想力が営業力につながったのか、就職した全国チェーンの携帯電話の営業会社でガリ青年は二か月連続で東日本トップの成績を収めました。 ここでもガリ青年は大きな勘違いを起こし、「これなら一人でもやれるわ!」と、会社を辞め仙台に居を移して自営業を始めます。 しかし、営業と経営が別物だと知った頃には時既に遅く、取り返しがつかないほど大きな借金を抱えていました。 部下が起こしたクレーム処理でお客さんに呼び出され、「うちの社長に会って謝ってくれ」と車に乗せられマンションの一室に入ったら、そこは任侠系の事務所だった事もありました。 そして、「そっち系は俺に任せておいてください」と部下の藤井さん 仮名 に言われ、翌日には私を事務所に連れ込んだ強面の方が何故か菓子折りを持って謝罪に来て、不思議に思い尋ねたら藤井さんは元々某有名組織から足を洗ったばかりで当時の兄弟達に伝え裏から手を回したと判明した事もありました。 他の社員の横領で心を痛めた事もありました。 自営業時代の話はまたの機会にするとして、そんな怖い思いやツラい出来事を味わいながら抱える借金は心を病ませるに十分なようで、簡単な計算さえできなかったのでしょうか。 既に勝ち方を理解していたパチスロで少しでも借金を返済しようと、休日には朝イチから夜までクランキーコンドルを打つようになりました。 今思えば、コンドルを打つ時間も仕事にあてていたら巻き返せていたかもしれないと反省しています。 小役狙いやリプレイハズシで私がドル1の出玉を作った頃、ふと隣を見ると藤井さんが斜め上の天井を睨みつけています。 何をやっているのか聞くと、ハマリがキツいので当ててもらうよう防犯カメラを睨んでいたんだとか。 確かに私もそういう時期が長かったですが、こうしてカメラを睨むという勝つ為の間違った努力よりも、ボーナスの出玉やコイン持ちを良くする為にやるべき正しい道筋があると今の私なら諭すでしょう。 しかし、その時は藤井さんに何も伝えずじまいでした。 何故なら、既に私は500万以上の借金を抱え、自営業を諦めかけていたから。 心の中では諦めていながら、好きな女性と一緒になる為に極道から足を洗い私の会社に最後まで残り頑張ってくれた藤井さんに「もう辞めます」とは言えず、ダラダラと会社を続けてしまっていただけだから。 器の小さいガリ青年は、罪悪感が芽生え始めている藤井さんから逃げたかったのでしょう。 この時の激しい後悔が、「パチスロの勝ち方を伝える事で誰かの役に立ちたい」という今の私を形成したのかもしれません。 結局、自営業は半年ちょっとで解散。 多くの方々に迷惑をかけ、カローラセレスの車内一杯に荷物を詰めて、当時の彼女とガリにゃん 猫 と私の三人で仙台から北海道へ逃げ帰ってきた情けなさは今も忘れません。 クランキーコンテスト 4号機 500万の借金を返すべく、不動産仲介の会社に就職したガリ青年。 しかし、当然ながら10万ちょっとの給料では返済だけで精一杯ですし、甲斐性のない私は彼女からも別れを告げられます。 そんな自暴自棄になった私の癒しは、やはりパチスロでした。 今思うと若いなぁと感じますが、当時は真剣だった記憶があります。 そんな話を彼女に伝えるも、当然のように聞く耳は持ってもらえませんでした。 そりゃそうでしょう、私だってそうなります。 それでも、失いかけている彼女と、失いまくってマイナス500万にまでなったお金を取り戻す為、少しでも多く勝つ為にオリジナリティの強い努力が始まりました。 通常時の左上段鳥を毎ゲーム一周で止められたら時間効率も上がるけど、何故止まらないんだろうか。 なるほど、右リール枠下・枠2つ下に鳥や、中リール上段・中段にスイカ付き赤7が止まっていると次ゲームは1周で止まらないのか。 だったら通常時は極力それらの出目にならないように打てば、より素早く打てるんだな。 ならば、これをBIG中にも活かしてみたらどうだろうか。 BIG中にハサんで小役トリプルテンパイから上段で揃う特殊15枚役「鳥・ スイカ付き 赤7・赤7」で取るよりも、同一フラグの下段でテンパっているスイカで15枚を取ればBIG中も一周で止まるじゃないか。 これでBIG消化も早くなるっ! BIG後80G以降じゃないと判別ゲームが訪れないと攻略誌には書いてあるが、はたして本当にそうなんだろうか。 加算値と減算値をゲーム数別・払い出し枚数別で計算してみたら、80G以内にも所々で判別ゲームがたくさんあるじゃないか。 だったらコレを覚えて枚数調整しながら打てば早くに見切りをつけて判別できる台数も増える!? 小さい頃から母親に口を酸っぱくして言われた「想像力・企画力を活かした職業に就きなさい」が、ようやくプラス要素につながった瞬間でした。 その後、こうした当時の雑誌に載っていない攻略情報を個人ホームページで発信すると、各出版社や代理店からお仕事を頂き始め、当時の別れかけていた彼女とも寄りを戻し結婚して今現在に至ります。 富樫さんや藤井さんは連絡先どころか今どこで何をしているかも知りませんが、逢う事ができたなら「あの頃は本当にお世話になりました、そしてご迷惑をお掛けしました。 」と伝えたいです。 以上で私のパチスロ4選は終了です。 何だか長くなってしまいましたね。 しかも「スロッターとしての自分を作り上げたパチスロ」を語るつもりが、書いている内に「私の人生を作り上げたパチスロ」になってしまった気がします。 そもそも人生を語る場などあまり多い訳でもないですし、また機会がありましたら今の私を形成したロクデナシ人生について悠遊道でお話しさせて頂けたらと思います。

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パチスロの高設定狙いで最もためになるのはガリぞうさんの動画

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ガリの伝説 4号機時代はその類まれなる腕前で月100万以上の収支を上げていたことはもちろんすごいのですが、その収支の上げ方はほかのプロでもなかなかできないような方法の数々によって生み出されていたようです。 しかし、ガリはここに目をつけます。 ほかのプロが来ないのなら、ライバルがいないのでツモりやすい。 設定6で日当7万円ほどが見込めたを狙い撃ち。 ほぼ毎日のように台に座り、 で月70万という離れ業をやってのけたのです。 雑誌や解析サイトで何もかも調べられる時代だからといって、それに甘えるのではなく、自分でも設定判別の精度を高める努力をしていらっしゃるのは流石としか言いようがありませんね。 しっかり、上と思しき番長3をツモっていらっしゃいますが、大事なのはそこではありません。 記事の最後。 「稼働前のストレッチも稼働後のアイシングも欠かしていないんだけどなぁ……単純に年齢に見合っていない稼働過多なんですかね。 」 ガリももう46歳。 を1日打つには体力的に厳しい面も出てきているのかもしれません。 しかし、それに対する対策がすごい。 稼動前のストレッチと稼動後のアイシング ってあなたスポーツ選手か何かですか!? ふつう体力的に厳しくなってくると稼動時間を減らしたり、休んだりしようと考えてしまうものです。 若いわたしですらそうなのですから。 そこをガリは稼働時間は減らせないから、身体のケアを大切にする。 なんというプロ根性。。。 スポンサーリンク ガリの立ち回り ガリというとどうしても昔のライターさんというイメージが強いので、今の環境での立ち回りはどうやってるのかわかんないでしょ? と、思われがちですが。。。 この「ぱちズキっ!」シリーズ。 現環境での立ち回りが見られる貴重な動画です。 見ていただけるとわかると思いますが、 とにかく知識量がすごい!!! そこいらのライターはこれぐらい語れるようになってからライターを名乗ってほしいものですな。 そして、 を追い求めて、常に妥協を許さない そこそこの台を打っていても、それ以上に良さそうな場所を見つけたらすぐさま移動。 そのためにも定期的に見回ることを欠かしません。 私なんか、妥協の連続ですからね。 「中間っぽいし今日はこれでいいか、ほかに打てる台もないし打つか。 」 こんな立ち回りばっか。 収支を伸ばすにはガリのようにもっとストイックにならないとダメですね。 ガリといえば漫画「プロスロ」 ここから有名になったといってもいいほどの作品で、月300時間稼動して肘を壊してしまっただとか、一日打ち続けて肩が熱を持ってしまい、肩から湯気が出てきたなどという壮絶なプロ生活が綴られている。 とても、おもしろいのでぜひ!!! 私が最も尊敬するガリですが、 「こんなにに紳士に向き合う人はいない!」 とはじめてみたとき心揺さぶられました。 ストイックに立ち回る一方で、とても楽しそうに打たれている姿が印象的です。 漫画、動画、ブログ、などで自分の知りうる情報をすべて公開していらっしゃるので、で勝ちたいと思っている人は、どの媒体でもいいので見てみてください。 日本一厳しい地区と言われる京都で一応パチスロ打って生きてます。 更新はしばらくの間、不定期で更新とさせていただきます。 質問、ご要望、お問い合わせは yukachinbaumudaisuki gmail. com または TwitterのDMでお願いします。 店選び、イベント、期待値稼動(ハイエナ)等々、様々な疑問にお答えします。 お気軽に質問してください。 更新情報はTwitterフォローまたは読者登録していただけると最新情報がお受け取りになれます。

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