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【アズールレーン】フレッチャー艦隊のテンプレ編成とおすすめのキャラ解説【アズレン】|ゲームエイト

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II による実装で、持参装備皆無なのにMod. 常設無しで持参品無しかつコンバート仕様の【駆逐艦】で、ここまでの難条件を提示とは… これが芸無流【傑作駆逐艦】だというのならド阿呆としか言いようがないわ微差栗 なお、Mk. IIからMod. つまり、 Mod. II間を往復する度にバーナー40・釘200を持っていかれる。 コンバートって何だよ。 ちなみにコイツ用であろう装備は同時実装された出撃任務 要米艦複数。 フレックチャア【Mod. 2限定】【Mk. II限定】が必須条件のもの有り の選択報酬で獲得可能。 いつもの【装備ゲー】が炸裂ゥ微差栗微差栗 なお終戦後も活動していたフレッチャー含む姉妹には航空駆逐艦を始めとした様々な改装が為されている艦がいるので、夕張改二に比べればまだ真っ当なIF改装となる余地があった。 しかし実質改二ではアルファウェポン(量産型機銃)とミリ視点で見るなら弱体化・挙句ウィキ丸コピなので間違いの可能性があるというミリヲタからの指摘もあった。 更に命名法則もガンダムスタイルのMk. II表記から謎のMod. 2表記にしたり 名前だけ強そうな量産型装備を付けるなど、FFのアルテマウェポン並のライブ感ガバガバ後付けっぷりを晒し内外から失笑を買った。 このことから邪道を行く(行けてるといえない)艦王の事からして今後、鈴谷みたく姉妹・計画艦改装を文字通りwiki頼りで複合・悪魔合体して全載せてする懸念の声も見られた。 キャラ的には「大所帯の長女」という立ち位置から艦これを含め、既出のどのタイトルでも最低1隻以上の姉妹艦が登場している。 戦少Rでは艦船図鑑に登録されている姉妹の数に応じて自己バフがかかり、アズレンでは自身も含めた同型艦姉妹にバフをかけるスキルで表される。 また、最ラブでは艦隊で最もダメージが大きい1隻を優先的に回復したり艦砲攻撃への耐性を付与するなどの回復・防御型スキルに特化しており、作中で唯一登場する妹のウィリアム・D・ポーターが持つ攻撃型スキルとの噛み合わせが良くなっている。 レアリティがゲーム内トップのSSRと他のタイトルに比べて突出した高評価で、登場時にピックアップ招募が行われた。 同型の妹は99番艦のコナー(USS Conner, DD-582)が登場している。 ジョンストン(USS Johnston,DD-557• 画:皇宇 ZECO• 声:白城なお• 他:R、S Wikipediaにあり。 サマール沖海戦でサミュエル・B・ロバーツやガンビア・ベイ等と共に圧倒的劣勢にありながら奮戦し、まず熊野に魚雷をお見舞いして戦列から落伍させ、8時45分より始まった戦闘では偽装の魚雷発射姿勢で見事に矢矧を欺き日本側の艦隊を混乱に陥れた。 その代わりにこの戦闘でジョンストン自身は日本側からの砲撃で撃沈された。 もし後者ならよほど性格が歪んでいるが、艦王だしなぁ… 案の定セリフでは追記・追及されすらされなかった(サラトガRJに近い関係か) 当初いつ実装されるのかは不明だったが、 戦少Rやアズレンのフレッチャー級祭りにムガールを爆発させたのかで唐突に実装された。 直前に日本版戦少Rでジョンストンの改造が追加されたため、それに対する当てつけでほぼ間違いないと思われる。 そんなこんなで愚痴スレ内で付いた彼女のあだ名は【オガタリナン】 まぁそれを抜きにしても天津風に容姿、性格がよく似ている事からアメリカ版天津風 アメツカゼ・アメリ風・ZECO津風など と呼ばれる事も。 誰かに似てるという点では一緒か そして冬イベ終了後、アズレンが春節(旧正月)イベントに累計13・14隻目となるフレッチャー級のキンバリーとマラニーを投入。 しかも、この2隻は戦後にアメリカ海軍から中華民国海軍へ貸し出されてそれぞれ「安陽」と「慶陽」へ改名した経緯があり(同じような経歴を持つ雪風やベンソンがゲーム内では一切口にしなかった)台湾へ移籍して以降の話題を着せ替えとセットで取り上げている。 さらに、この2隻のキャラデザを担当したのは日本在住ながらズッ友と同郷、つまり台湾出身のTwinBox氏である(アズレンでは以前にロード画面を提供していた)。 この結果、日本に上陸したでは1タイトルだけ消極的だったアズレンの台湾を含む繁体字圏進出フラグが遂に立ち、夏の終わりにはそれが現実となってしまった訳だが艦王のしょぼいマウント取りに駆り出されて痛烈な3倍返しを食らってしまったばかりでなく「艦船擬人化ジャンルの先駆者」と言う名誉もボロボロに失墜する破目に陥ったズッ友がとにかく不憫でならない。 だが最近の艦王に毒されたとしか評し得ない仕事ぶりからは自業自得とも言えなくはない。 また、CVの白城なおは後述のサミュエル・B・ロバーツに続いてジョンストン獲得に挑んだものの ドロップ海域のE3にたどり着けないまま、難易度丁でE2ゲージ2本目の段階で挫折。 イベント終了直後にはTwitterで艦豚から立て続けにマウントを取られると言う悲惨な目に遭った。 これ以後、白城氏は芸無内のスクショを滅多に見せなくなった模様 そのため、本渡楓がで親潮を獲れなかったのになぞらえて「 悔潮2世」と呼ばれることもある。 なお、上記の艦豚の中にプロフ欄に「拡散されるのが嫌い」と書いていた人物が居たのだが、白城氏にマウントを取った結果 当然のように思いっきり拡散され、より格上の艦豚にマウントを取り返されるなど完全におもちゃにされた挙句アカウントを消して逃亡するという珍事も起こっていた。 アホ過ぎだろ… 6番艦、Wikipediaにあり。 「突如至近距離に現れた呂34を沈没しつつある味方艦と誤認し接近した所、敵だと判明して錯乱した船員が手当たり次第に投げたジャガイモを呂34が手榴弾と誤認し混乱した隙に距離を取って砲撃、そのまま撃沈する」というブッ飛んだエピソードを持つ。 戦艦少女でもそのエピソードがしっかりと再現されており、初期装備にもジャガイモを装備している しかも、しっかり対潜値も上昇する。 艦Rユーザーからは「芋」や「ジャガイモ」というあだ名が付けられているが、この「芋」がしばふを連想させることから「もし艦これにオバノンを出す時はしばふで決まりだろうな」「まさに【真の芋】が誕生するのか」などの憶測が飛び交っている。 蒼青のミラージュでは300年後の人類の肉体的変化に必要な栄養素をテーマに芋の品種改良などの研究をしている植物学者で 地下ポテトキングダムの主のポテトプリンセス。 こちらでも初期装備でジャガイモを持参するが、その ジャガイモが超性能になっている 低コストで索敵と移動速度と砲火力が上がり、回避補正+5%。 戦闘中砲撃時に確率で ジャガイモで追加攻撃をしてダメージをあたえるスキルを所持している。 またこの攻撃を受けた敵は3秒間行動ができなくなる ボスには無効。 かつて鋼鉄少女アプリ版に登場した4隻中の1隻。 最ラブでは純真な天然ボケタイプで、常にウサギのぬいぐるみを持ち歩いている。 CVは日本版が小倉唯、海外版(韓国版除く)が加隈亜衣で、加隈氏は日本版(大和、エンタープライズ他)と海外版の両方に出演している唯一のキャストでもある。 リリース時に何度かピックアップガチャの対象となった以外は高額課金者限定特典扱いで欠片も全くドロップしないため、入手したプレイヤーが極端に少ない。 アズレンではロード画面で魚雷を担いで左端から右端へ走り抜けるちびキャラとして登場しているが、本編にプレイアブルで登場する予定は公表されていない。 他:R 165番艦。 Wikipediaにあり。 記念艦としてボストンに現存している。 どちらもマハン級でアズレンに登場しているカッシン(USS Cassin, DD-372)や守護プロで初期艦のカッシング(USS Cushing, DD-376)、そしてDD-376から襲名したフレッチャー級のカッシング(DD-797, 擬人化無し)と頻繁に混同されるので注意。 外部では戦少Rに登場。 諸事情でイラストが差し替えられたが、その差し替えとなった新規イラスト担当者がSaru氏である。 Wikipediaに記事なし。 スリガオ海峡海戦にて、 戦艦扶桑を魚雷2発で討ち取る大武勲を上げる。 米駆逐艦>日戦艦(笑) 駆逐艦でありながら戦艦を沈めた事で 「ジャイアントキリングを果たした駆逐艦」と称され、さらに乗務員から 「青い悪魔(ブルーデビル)」や 「無慈悲なメルヴィン」とまで称された。 扶桑クソザコすぎひん? 扶桑提督にとっては大発狂必須の米艦のため、艦これでの実装は非常に厳しいと見られる。 艦これ界隈に多いリョナ厨からも標的されそう たとえ他所で実装されたとしても、アズレンでアルバコアが実装された時と同じように界隈がざわつく可能性も否定できない。 海外へ移籍したフレッチャー級 このうちキンバリーとマラニーは2019年の春節記念でアズレンに登場している。 の中で際立って繁体字圏進出に消極的な姿勢が目立っていたアズレンの思わぬ奇襲攻撃が炸裂した形で、この2隻が登場した半月後にはPS4『クロスウェーブ』の繁体字版リリース決定が報じられた。 その後、10月には本編も繁体字版が大陸版から2年半遅れで正式リリースされている。 冷戦下では陽字フレッチャー級4隻が人民解放軍の初代「四大金剛」こと鞍山級と対峙するポジションであったことから「残り2隻が登場して陽字フレッチャー級が揃うのはそう遠くない時期だろう」とする予測がある。 大韓民国海軍.

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コメント一覧• 自分の知らない発見があるかもしれん。 ついでに俺はSG集めたいから4隻目以降も狙うぞジョジョォオオオ• ところで支援用に索敵って要るの?• 明日で見切りをつけます。 というか、なんで複数獲得が前提のような話題になっているのか?管理人は、出ないヤツとか馬鹿にしているんだろうな。 と思ってたら出たw• ジョンストン• でも釘80?必要なんだっけ。 おっそろしいのう。 イベ前なら尚更。 周回のしやすさ、S勝利の安定さ考えたら6-2周回した方がいい。 せめて各段階初回だけは持参するようになれば……• その先は開発資材の消費が激しいのでな。 他のコンバート仕様の改二艦も全員初期装備無しだぞ。 設計図とか詳報なしに高性能レーダーが増えるのはあり。 ただ備蓄中ならやめとけ。 後で後悔するのは自分• バケツがもりもり飛んでいくw• あと、未婚でも特効倍率次第で1スロ先制対潜も兼ねれる。 結構電探目的で掘ってる人多いと思う。 ベイとサミュはもっと出る気しない….. 周回スピードガシャンがある分 6-2の方が早いし楽やった。 けど、もうすぐイベ始まること忘れるべからず。 資源大丈夫?• 実際、10日もあれば直に貯まるし。 ただ、巷じゃ自粛解除モードでお仕事忙しくなりそうだから自宅じや出来なくなりそう。 改造だけして電探回収して終わりかな。

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フレッチャー(艦これ)とは (フレッチャーとは) [単語記事]

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DDE改装後のフレッチャー() 基本情報 建造所 社 運用者 艦種 級名 ラッキー 13(Lucky 13) ファイティング・フレッチャー (The Fighting Fletcher) マザー・フレッチャー (Mother Fletcher) ファースト・イン・クラス (First in Class) 艦歴 起工 進水 就役 (再就役) 退役 (再退役) 除籍 その後 に台湾へとして売却 要目 2,100トン 376ft 3in(114. 7m) 最大幅 39ft 8in(12. 1m) 13ft(4. の1隻で、ネームシップ。 艦名は、に上陸をしを受章したに因む。 フレッチャーには「 ラッキー 13」( Lucky 13) や「 ファイティング・フレッチャー」( The Fighting Fletcher) 、「 マザー・フレッチャー」( Mother Fletcher) 、「 ファースト・イン・クラス」( First in Class) という愛称があった。 艦歴 [ ] フレッチャーは、にの社で起工した。 に未亡人であるF・F・フレッチャー夫人によって進水。 に竣工し、ウィリアム・M・コール(W. Cole)の下で就役した。 フレッチャーはフレッチャー級駆逐艦の中で(USS Nicholas, DD-449)と USS O'Bannon, DD-450 に次いで3番目に就役した艦だった。 第二次世界大戦 [ ] 就役したフレッチャーはに配属され、10月5日にのに到着した。 を巡る戦いに加わったフレッチャーは護衛任務と哨戒任務に従事し、10月30日にはを砲撃した。 11月9日に島への上陸を援護するためを出発したフレッチャーは、11月12日に輸送船団への空襲に対して対空戦闘を実施し、数機の撃墜を記録した。 11月13日のではに攻撃を行い、後の自沈に貢献した。 翌14日朝には哨戒機の通報により、前日に(USS Juneau, CL-52)を撃沈していた を追跡したが、逃げられた。 フレッチャーは翌日に補給のためエスピリトゥサント島へ戻り、ヌーメア沖での対潜哨戒任務を行った。 11月29日夜、重巡洋艦(USS Minneapolis, CA-36)、(USS Northampton, CA-26)、(USS Pensacola, CA-24)、(USS New Orleans, CA-32)、軽巡洋艦(USS Honolulu, CL-48)、駆逐艦4隻(フレッチャー他)はガダルカナル島へ向かう日本艦隊迎撃のためエスピリトゥサントを出撃。 これに駆逐艦2隻を加えたアメリカ艦隊は11月30日夜、駆逐艦からなる日本艦隊と交戦した()。 海戦開始時はフレッチャーが先頭で、その後に駆逐艦3隻、巡洋艦5隻と続いていた。 まず前衛の駆逐艦が魚雷を発射(フレッチャーは10本)したが、これは外れた。 続く砲撃では日本の駆逐艦を撃破(後沈没)したが、日本駆逐艦の雷撃で巡洋艦4隻が被雷した。 雷撃およびそれに続く砲撃の後、前衛の駆逐艦は北西に退避し、の西に沿って北上していた。 駆逐艦2隻がニューオーリンズの元へ向かうよう指示され、残る2隻(フレッチャーと ()(USS Drayton, DD-366))は被雷しなかったホノルルと合流後、炎上するノーザンプトンと遭遇。 フレッチャーとドレイトンは救助活動を行ない773名を救助した。 フレッチャーは機転を利かせての浮きが付いた貨物用ネットを投じ多くの生存者を救助している。 ノーザンプトンは沈没した。 救助活動後、2隻はホノルル、駆逐艦1隻と合流し、12月2日にエスピリトゥサントに帰投した。 におけるフレッチャーの活動は続き、哨戒、沿岸砲撃、対空戦闘、撃墜された友軍機の搭乗員救助、日本のの掃討、ガダルカナル島北岸への上陸援護といった多様な任務をこなした。 2月11日、ヌーメアに帰投中の第67任務部隊(司令官:少将)所属の軽巡洋艦(USS Helena, CL-50)から発進し哨戒中のが、艦隊から約17kmほど離れた海域で潜航する を発見。 哨戒機は発煙筒を投下して、近くにいたフレッチャーを攻撃に向かわせる。 フレッチャーは船首から約2700m離れた位置で潜航中の伊十八をソナー探知。 15時27分、フレッチャーは最初の攻撃を行う。 この結果、15時39分にと空気の泡が浮かび上がるのを確認し、4分後には大きな水中爆発音1回を聴取。 フレッチャーは浮かび上がった重油の中心部をめがけてさらに爆雷3発を投下。 この結果、15時46分に片と木片、歯車、その他伊十八のものと思われる物体が浮かび上がり、長い重油の帯ができるのを確認した こうしてフレッチャーはにも戦果を挙げた。 2月21日にフレッチャーは上陸を支援するために出航、3月5日から6日にかけての飛行場を夜間砲撃した。 ソロモン諸島各地への上陸部隊を載せた船団に対するフレッチャーの護衛活動は続いた。 4月23日から5月4日にかけて、フレッチャーはので十分な休息を得ると共に、ソロモン諸島での通常任務を通じて艦を最高の状態に高める機会を得た。 6月19日にエスピリトゥサント島を発ったフレッチャーは、アメリカ本土でのオーバーホールを受けた後で9月27日にヌーメアへ戻り活動を再開、10月31日まで行動した。 その後、フレッチャーはを支援する空母機動部隊に加わり、11月26日と12月4日には日本側の空襲に対して反撃を行った。 沖をゆくフレッチャー。 7月18日。 フレッチャーは12月9日にへ戻り、への侵攻に備えたオーバーホールとでの演習を行う。 1月13日から21日にかけて、フレッチャーは- ()間の輸送船団護衛に従事し、1月30日にはを砲撃する支援集団に加わった。 翌日、への上陸部隊主力と会合したフレッチャーは2月4日まで船団と環礁沖合の哨戒を行った。 へ空になった船団を護衛した後で2月15日にへ向かったフレッチャーは、2月20日・21日にタロアとウォッジェを砲撃するの護衛に加わり、それからエニウェトク環礁沖合の哨戒を行った。 パーヴィス港沖の演習に参加したフレッチャーは、続いて4月18日にの ()に到着。 フレッチャーはここを拠点に、 ()やアリ島、セレオ島への上陸支援砲撃に従事した。 5月にはヌーメアへの船団護衛と対潜哨戒任務を行う。 6月8日、での先頭にいたフレッチャーはの反撃を受けたが、被弾はなかった。 その後も夏を通して、フレッチャーは ()、、の支援や哨戒・護衛といった様々な活動を行った。 フレッチャーは10月12日にに参加する船団を護衛し、10月20日にはへの最初の上陸を援護した。 翌日ニューギニアへ向かった後、11月23日に増援部隊を載せた船団を護衛して再びレイテ島へ戻った。 翌月、フレッチャーは各地での戦闘を支援し、やでの上陸前の砲撃や数度の空襲での対空戦闘を行った。 1月、フレッチャーはを支援し、1月8日には日本軍機1機撃墜を報じている。 翌日には ()を援護し、サン・アントニオ海岸への上陸を支援した。 続いて1月29日にへ入ったフレッチャーは作業の援護を行う。 1月31日にナサグブ湾(Nasugbu Bay)上陸で支援砲撃を実施し、2月13日までの4日間にとの占領、の掃海を援護した。 2月14日、ロス・コチノス岬の日本軍砲兵陣地を艦砲射撃していたフレッチャーに1発の砲弾が命中し、死者8名・負傷者3名を出した。 フレッチャーはを行い、被弾後も30分にわたって砲撃を続けたほか、被弾した YMS-48の乗員を救助した後にYMS-48を砲撃処分した。 フレッチャーはマニラ湾で2月17日まで砲撃を行った。 フレッチャーは5月13日までの間、とへの上陸作戦、での掃海と上陸の援護、フィリピン各地での哨戒と護衛に従事した。 4月30日にはタラカン島で僚艦(USS Jenkins, DD-447)が触雷したため、スービック湾まで護衛を行っている。 その後フレッチャーはジェンキンスの負傷者を移乗させ、オーバーホールのために西海岸に向かった。 のでオーバーホールを行った後、フレッチャーはサンディエゴに留められ、そのままを迎えた。 フレッチャーは1月15日に退役した。 朝鮮戦争 [ ] (USS Kearsarge, CVS-33)と共にのフェイス7の回収に向かうフレッチャー。 5月15日撮影。 3月26日、フレッチャーは DDE-445()に艦種変更され10月3日に再就役する。 5月1日にを出航し、でに加わる。 勃発時、空母(USS Valley Forge, CV-45)と共に停泊中であったフレッチャーは、7月3日にと共に沖に到着した。 部隊にはの空母(HMS Triumph, R16)が加わり、への空爆を開始した。 フレッチャーは、夏までで任務に従事し、のおよびので補給を行った。 9月13日から17日にかけての支援を行い、その後11月11日に母港の真珠湾に帰還した。 11月19日に真珠湾を出港したフレッチャーは、朝鮮半島での作戦任務に就く第7艦隊で空母の護衛を担当する。 護衛任務に加えて2度の艦砲射撃を行い、沖縄の沖合で行われた対潜訓練に参加、のを行った。 6月20日に真珠湾へ帰還し、9月5日から11月24日まではで行われた初の水爆実験()に参加した。 その後5月4日から11月30日まで再びでの任務に従事した。 からまでの間、フレッチャーは毎年、第7艦隊と共に極東での任務に就き、には ()からのの軍民避難()で対潜護衛任務を担当した。 との両年、フレッチャーはとオーストラリアを経由する航海を行った。 この間の主な任務は対潜水艦戦訓練であった。 6月30日にフレッチャーの艦番号は DD-445(駆逐艦)に戻された。 ベトナム戦争 [ ] が勃発すると、現役にあった他の姉妹艦同様にフレッチャーも沿岸へ向かうことになった。 フレッチャーは空襲を行う空母のプレーンガードや地上部隊の砲撃支援といった数多くの任務をこなした。 フレッチャーはから退役するまでの間に4度の西太平洋展開を実施している。 退役 [ ] フレッチャーはにサンディエゴで退役し、同日除籍された。 退役したフレッチャーの艦体はサンディエゴのアメリカ海軍艦艇整備施設(U. Naval Ship Maintenance Facility)で保管された。 フレッチャーはがとして保存する案も出たものの、予算面での問題や、フレッチャーが戦後まもなく退役した姉妹艦に比べて戦後のDDE改装でオリジナルと異なる姿をしていたことなどが原因となり実現することはなかった。 保存の望みが絶たれたフレッチャーは廃棄が決定し、3つの戦争に参加した特筆すべき艦級のネームシップは にのTai Kien Industries Co. , Ltd. にとして売却された。 栄典 [ ] フレッチャーは第二次世界大戦の功績で15個(第二次大戦中のアメリカ海軍艦艇で第5位 )、朝鮮戦争の功績で5個、ベトナム戦争で7個の ()を受章した。 さらに ()(1968年1月18日)と ()2個(および:1959年9月21日、:1961年1月1-7日)も授けられている。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• www. navsource. org. 2019年2月10日閲覧。 destroyerhistory. org. 2019年2月10日閲覧。 www. zuzuray. com. 2019年2月10日閲覧。 www. ussfletcher. org. 2019年2月10日閲覧。 Naval History and Heritage Command. 2019年2月10日閲覧。 www. combinedfleet. com. 2019年2月10日閲覧。 Battle of Tassafaronga, 30 November 1942, pp. 3-5• Battle of Tassafaronga, 30 November 1942, p. 戦史叢書第83巻 南東方面海軍作戦<2>ガ島撤収まで、439ページ、Battle of Tassafaronga, 30 November 1942, pp. 7-9• Battle of Tassafaronga, 30 November 1942, p. Battle of Tassafaronga, 30 November 1942, pp. 18-19• Battle of Tassafaronga, 30 November 1942, pp. 17-20• Battle of Tassafaronga, 30 November 1942, p. 、木俣『日本潜水艦戦史』374、375頁。 www. navsource. org. 2019年2月11日閲覧。 参考文献 [ ]• 木俣滋郎『日本潜水艦戦史』図書出版社、1993年、• 防衛庁防衛研修所 戦史室『』朝雲新聞社• 関連項目 [ ]• (CIC)…艦艇のCICのコンセプトは、第三次ソロモン海戦およびルンガ沖夜戦においてフレッチャーの副長 ()少佐により創出された。 ワイリー少佐はこの功績によりを授与された。 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 フレッチャー DD-445 に関連する および があります。

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