野々村 竜太郎。 野々村竜太郎とは (ノノムラアアッハッハアアアアアァッッリュウタロウッとは) [単語記事]

野々村竜太郎の生い立ち~発作マンと呼ばれた男の大学と現在の死去説

野々村 竜太郎

野々村竜太郎のプロフィール 生年月日:1966年7月29日 出身地:大阪府大阪市 家族構成:父、母、兄1人、姉2人 政務活動費を詐取した疑いを指摘され、説明のための記者会見を自ら開いたものの、その会見の場で突如として泣き叫び、社会に衝撃を与えた「 号泣議員」こと野々村竜太郎元議員。 そんな野々村竜太郎元議員は、1966年、大阪府大阪市に生まれました。 関西大学法学部法律学科を1992年に卒業後、 兵庫県川西市役所の職員として採用され公務員になり、総務部に配属され防災安全課、契約管財課、資産税課、などで勤務しました。 落選を繰り返した後、兵庫県議員に 2007年、政治家の道を志すため川西市役所を退職します。 それからは宅地建物取引主任者として生活費を稼ぎつつ、様々な選挙に出馬しています。 2008年7月、兵庫県揖保郡太子町長選挙に立候補。 政治家としての初戦であり、泡沫候補(当選の見込みが極めて低い候補者)と目されながらも485票を集めますが、落選しています。 同年11月の兵庫県西宮市長選で6184票、2009年の兵庫県議補欠選で3万3359票、2010年の西宮市長選でも2万5924票と、かなりの得票数を集めますがいずれも落選しています。 野々村竜太郎元議員の初当選となったのが、 2011年の兵庫県議選でした。 当時、人気弁護士の橋下徹さんが立ち上げた「大阪維新の会」が勢いに乗っていた時期でした。 野々村竜太郎元議員はこの勢いを利用するため、地域政党「 西宮維新の会(大阪維新の会とは何の関係もない)」を自ら立ち上げ選挙戦に挑みます。 その結果、1万1291票を集めて見事念願の初当選を果たしたのでした。 兵庫県議員としての野々村竜太郎は? 兵庫県議会議員として真面目に取り組んでいた野々村竜太郎元議員でしたが、他の兵庫県議会議員の間では「 仕事は真面目だが、感情の起伏の激しい面倒臭い人」との印象だったようです。 また、議会の最中に問題発言をしたとの証言や、意味不明な逆恨みで他の議員に脅迫メールを送信した、との証言も出ています。 新年度の委員会選出で同じ常任委員会入りを希望した丸尾氏と野々村氏だったが、委員長の調整の結果、丸尾氏の希望が通り、野々村氏は別の委員会に所属することに。 すると野々村氏は丸尾氏に対して 「この恨みは一生忘れない」と怖すぎるメールを送信したという。 そして、野々村竜太郎元議員は 2014年に政務活動費を詐取を疑われ、衝撃の「号泣会見」を引き起こす事になります。 次の項では野々村竜太郎元議員の「号泣会見」を改めて振り返ります。 野々村竜太郎の号泣会見とは 問題の「号泣会見」は、野々村元議員からの申し出により2013年7月、「 政務活動費・政務調査費の収支報告書についての説明」という名目で開かれました。 野々村竜太郎元議員は、集まった記者全員に対してまず「名刺を頂けますでしょうか?」と名刺交換を要求します。 記者の1人が「それは後でも構いませんか?」と求めますが、野々村竜太郎元議員は「今、頂けますでしょうか」と聞く耳を全く持ちませんでした。 さらに、野々村竜太郎元議員は記者達に対して「 私が怖いなと感じた時点で会見を打ち切らせて頂く」と一方的に宣言してしまいます。 昨今、ヤジ、失言、暴言というものが社会問題になるなか、質問にかこつけた暴言や恫喝というような形で、私が「怖いな」と感じた時点で、この記者会見は打ち切りにさせていただきます こうして異例とも言える前置きを経て記者会見が始まりますが、その後に待ち受けていたのはさらに衝撃的な展開でした。 記者から政務活動費の不自然な支出についての説明を求められた野々村竜太郎元議員は、最初は、しどろもどろになりながらも比較的冷静に答えていました。 次第に感情が高ぶった様子になり、突如として「ウーハッフッハーン!」「ア゛ーハーア゛ァッハアァー!」などと泣き叫びながら、自分が議員になった経緯や心情などを訴え始めたのです。 野々村竜太郎元議員の衝撃の「号泣会見」の動画は、ネット上にも多数アップされています。 ここからは、野々村竜太郎元議員の「号泣会見」後の今現在について見ていきたいと思います 野々村竜太郎元議員は一連の騒動を受けて、2014年に 兵庫県議会議員を辞職します。 兵庫県議会は野々村竜太郎元議員を 告発、これを受け詐欺罪などに問われた裁判が2016年2月に神戸地裁で開かれました。 実は、初公判は2015年11月に予定されていたのですが、「家を出たらマスコミに取り囲まれてパニックになった」ことを理由に野々村竜太郎元議員が ドタキャン。 裁判所に「正当な理由ではない」として、身柄拘束される事態を引き起こしていました。 裁判においても、事あるごとに「 覚えていない」「 記憶にございません」を連発、挙げ句の果てには「 記憶障害かもしれない」と発言し、検察側や裁判官、傍聴者などを度々唖然とさせます。 カツラだったことも発覚 この裁判では、もう1つ世間を驚かせた事がありました。 法廷に現れた野々村竜太郎元議員は、 頭頂部の髪の毛が全くない「スキンヘッド」の状態だったのです。 結果、野々村竜太郎元議員はこれまでカツラだったのではないかという疑惑が浮上します。 事件を反省して頭を丸めたのではないか?という見方も出ましたが、ネットに野々村龍太郎元議員の過去の画像が流出。 前職である 川西市役所の職員時代には、既に頭頂部に毛髪がほとんど無かったことなどが判明、カツラ着用が確定してしまう事態となったのでした。 懲役3年執行猶予4年の判決 2016年7月、神戸地裁は野々村竜太郎議員に対して「 懲役3年、執行猶予4年」の判決を下しています。 裁判長は「県議への信頼を裏切った」「県民への背信性は高い」「供述は虚偽の疑いが強い」と厳しく弾劾しました。 しかし、議員をすでに辞職していることや、当選以来受け取った政活費を全額返納していることなどが考慮され、 執行猶予付きの判決となったようです。 野々村竜太郎元議員はこの判決を受け入れ、控訴はしませんでした。 さらに、判決当日に公式ブログにて 「県民の皆様」と題したブログを更新、謝罪文を掲載しています。 私は、深く反省し、心より謝罪し、二度とこのような事件を起こさないよう、誓約致します。 大変申し訳ございません。 野々村竜太郎元議員の公式ブログは、現在(2019年11月時点)も閉鎖されていません。 最後の更新は2017年8月で「収束願」というタイトル。 一連の騒動の収束を神様に祈る内容になっています。 神様、騒動が一刻も早く収束しますよう、心からお願い申し上げます。 2018年5月には「日刊ゲンダイ」が野々村竜太郎元議員の現在の様子を報じています。 記事によれば、野々村竜太郎元議員は 大阪市住之江区の集合住宅に住んでおり、直撃取材に訪れても決して外に姿を見せない「引きこもり生活」を送っているという事でした。 また、近隣住民の証言によれば、 外に出るのは深夜だけで、その時にもマスクと帽子姿で顔を隠しているという事です。 この近隣住民はさらに、野々村竜太郎元議員が現在「親の年金で生活していると聞いている」という証言もしています。 野々村竜太郎元議員には「 マザコン」ではないか?という疑惑が以前から浮上していました。 この疑惑は、80代の母親が「お坊ちゃんのように育てる」という教育方針で野々村元議員を育てていたとか、議員当選後も母親を議会に呼ぶなどベッタリだったとの証言が根拠のようです。 もし「親の年金で生活している」という情報が真実であれば、騒動後の現在も野々村竜太郎元議員は親に甘えながら生活しているということになりそうです。 こちらは、「号泣会見」の音声を音ゲー化した作品になっています。 お笑いタレントのビートたけしさんに至っては、野々村竜太郎元議員を たけし軍団に入れたいと希望するコメントまで出しています。 「今回は野々村被告に尽きるね。 「動物園で犬とか猿とか一生懸命に芸をやるけど、パンダって寝っ転がるだけで喜ばれる。 野々村被告はそういうもの」と 絶対的なインパクトを強調した。 爆問の太田光(50)が「たけし軍団に入れなきゃ」と勧めると、たけしは「そうだ」とオファーに乗り気。 執行猶予期間が終わり罪を償った後には、野々村竜太郎元議員がタレントとしてデビューする姿も是非見てみたいですね。 まとめ 今回は、「号泣会見」で世間を騒然とさせた元兵庫県議会議員・野々村竜太郎元議員についてまとめてみました。 野々村竜太郎元議員は、2014年に政務活動費を詐取の疑いを追及され、説明のために開いた記者会見の場で、突如として泣き叫ぶ「号泣会見」を行なった事で、一躍時の人となりました。 その後、裁判で有罪判決を受け「懲役3年執行猶予4年」の判決を受けた野々村竜太郎元議員は、現在は大阪市住之江区の集合住宅で、親の年金で生活しているとの報道が出ています。 そんな野々村竜太郎元議員の常軌を逸した言動が面白いとしてネット上では今でも大人気で、執行猶予期間が終わった暁には、テレビタレントデビューを望む声すら出ているようです。 そして、野々村竜太郎元議員の執行猶予期間は間も無く終わります。 野々村竜太郎元議員の今後の動向からも、目が離せなくなりそうです。

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野々村竜太郎

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インターネットの情報では、阪急電鉄の平均年収は、35歳で654万円、45歳で891万円とされており、収入は多い方ではないでしょうか? 一方で、実家は大阪市の市営団地であり、収入によって変わる家賃は1万3000円だったとも言われています。 これは、50年近く昔の相場を考えても、かなり低額の家賃でした。 お父さんは、現在は野々村氏と一緒に暮らしていますが、「病気がち」だそうで、年齢的にも健康が心配です。 お母さんは専業主婦で、日本舞踊を習っており、幼い野々村氏はよく、お母さんの帰りをドアの前で待っていました。 お母さんの教育方針は「うちの子はお坊ちゃんみたいに育てる」。 子供が出かける時は革靴を履かせ、学校のクリスマス会も、野々村氏は子供用スーツに七三分けで出席していました。 そんなお母さんの教育が功を奏し、野々村氏は難関の北野高校に入学します。 議会にもお母さんは頻繁に登場し、野々村氏は本会議の際に「今日はお母さんが来るのでちゃんと傍聴席に案内して」と職員に指示していました。 あるとき、先輩県議が県のイベント会場で「この後みんなでお茶でもしながら情報交換しましょう」と誘った事がありました。 しかし野々村氏は「母が来ているので一緒に帰ります」とサッサと帰ってしまったそうです。 ただし、週刊新潮の報道では、野々村氏は「長男」とされています。 野々村家の実家は、約40平米3Kだったそうなので、兄弟は仲良く密に暮らしていたのではないでしょうか。 兵庫県議に当選してからは結婚を熱望しており、2011年12月9日の本会議では、次のように熱弁しています。 当選し、議員として活躍する45歳独身、野々村議員の次の夢は甘い結婚生活です。 そのために、婚活議員として運命の女性との出会いを求めて、県営お見合いのひょうご出会いサポート事業に登録し、文字どおり体を張って、実益を兼ねて体当たり調査をしております。 議会ではたびたび婚活にまつわる質問をし、「公私混同」との批判も上がりました。 実際に、県営のサポートセンターで、県職員の女性など何人かとお見合いをしています。 野々村氏が、すぐに不正全額を返金したのも、お母さんに言われたからです。 良くも悪くも、野々村氏に強い影響力を持つお母さん。 芸能界入りを囁かれる野々村氏ですが、そのカギを握るのも、お母さんなのかもしれませんね!.

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野々村竜太郎の今現在が悲惨?経歴・号泣会見と裁判の判決・その後も総まとめ【動画多数】

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野々村氏は、ブログで過去3年分の政務活動費について「全額に利子を加算しました総額を一括返納します」としており、また、取材自粛要請や事務所費問題、「西宮維新の会」を名乗った件、「子どものように号泣した」の件など、これまでメディアに取り上げられた内容について幅広く言及している。 以下に、野々村氏が更新したブログ全文を紹介する。 辞職に伴うお詫び等 この度は、私の政務調査費・政務活動費収支報告について、議会の再調査でも、説明できない・不適切な支出がありましたことが明らかになり、ご近所、県民の皆様、地方議会の議員の先生方、議会の先生方や事務局職員、当局の皆様、知人や家族・親戚の皆様はじめ、関係者の皆様方にお詫びし、私の不祥事を全国は勿論世界に拡散し、全ての混乱の全責任を取り、議長の辞職勧告を厳粛に受け止め、議員辞職しました。 さらに、議会の再調査で、説明できない・不適切な支出と認定されました過去の全支出、全ての政務調査費・政務活動費支出の全額に利子を加算しました総額を一括返納します。 刑事告発されましたことに、真摯に深刻に受け止め、非常に反省しています。 最後のお願いとして、最初に、一刻も早く議会として正常化させていただくため、全ての原因と責任は私で、議員の先生方のご自宅や事務所、議会事務局をはじめ、議会関係機関へのお電話やFAX、メール等について、既に議会事務局職員は限界を越えてお電話等にご対応させて頂いておりますので、特に議会事務局へのお電話はご容赦願いませんでしょうか、さらに、ご近所の皆様を喧騒から、知人や家族・親戚の皆様を不安から解消し、ありふれた日常生活に戻していただくため、ご近所、知人や家族・親戚の皆様を含め、自宅や周辺での取材を自粛願いませんでしょうか、最後に、週刊誌等で本件と直接関係のない家族等についての虚偽や誤解を招く内容等一切の報道を厳粛願いませんでしょうか! また、6月30日放送サンテレビニュースポートの神戸新聞社林解説委員の逃げるな発言について、同日自宅周辺で取材した女性記者に明日にして欲しいと要望したところ、何故今は駄目なんですか、と大きな声で叫ばれ、私は驚き気がつけば走っていた事実が全て編集されていたので、記者会見で出席記者と名刺交換した理由の一つが、取材した同じ記者が記者会見に出席すると見込み、個人を特定するためで、サンテレビが議会とサイバーエージェントに事実誤認として、記者の実名を削除する要望の連絡があり削除しましたが、サンテレビが社員である記者を守るのが目的と推測されるが、事実誤認ではなく、事実です。 お世話になっておりますURの不正事務所使用とのご指摘ですが、サラリーマンが仕事を自宅に持ち帰るように、議員の仕事を自宅でしていたので、政務調査費・政務活動費支出で案分すれば事務所費として認めてられていて報告したものに過ぎず、現状では自宅に固定電話は設置しておらず、自宅は実態も事務所ではなく、住居として使用させて頂いております。 西宮維新の会の名称について、確かに虎の威を借りたのは事実ですが、私のツイッターのタイムラインをご覧になれば分かるように、平成23年4月時点で西宮市に殆ど浸透せず、平成20年11月から4回立候補しました知名度等で、平成23年4月第6位との差約200票次点との差約200票で、自民党現職2名と民主党新人1名を押さえて当選させて頂いたと考えた方が自然です。 これは県議補選の得票数からも明らかです。 最後に、子どものように号泣しましたのに加えて、政務活動費が議員活動全体に比較すれば小さいことと発言したことを含め、政務活動費収支報告も議員活動全体も同様に重要だと改めて表明すると共に、本当に誠に心からお詫び申し上げます。 ハフィントンポスト日本版は。

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