誰かの心臓になれたなら歌詞。 だれかの心臓になれたなら / GUMI (sm32727744) [動画記事]

「だれかの心臓になれたなら/ユリイ・カノン」を聴いてみた!

誰かの心臓になれたなら歌詞

ボカロ曲はよくわからない、なんて思ってるそこのあなた!「だれかの心臓になれたなら」という曲はボカロ曲の中でもダントツにエモい、最高の曲です。 是非、この記事を読んで「だれかの心臓になれたなら」を聴いてみてください。 きっとボカロの見方が変わるはずです。 「だれかの心臓になれたなら」ってどんな曲? 「だれかの心臓になれたなら」は、「ユリイ・カノン」さん氏が作詞・作曲・編曲したVOCALOID ボカロ 曲です。 2018年2月12日に発表されました。 ボカロ曲なので、歌っているのは機械の声の女の子。 名前はGUMIです。 ユリイ・カノンさんって誰? ユリイ・カノンさんは、VOCALOID、つまり人の声を機械で再現したパソコンソフトを使って作曲をしています。 いわゆるボカロP プロデューサー と呼ばれる人ですね。 2016年5月29日「【GUMI】 或いはテトラの片隅で 【オリジナル曲】」でニコニコ動画に初めて投稿します。 2016年10月26日に投稿された「【オリジナル】 おどりゃんせ 【初音ミク&GUMI】」がVOCALOIDランキング2位を獲得するほどの大ヒット作となりました。 また、初のVOCALOID殿堂入り 10万回再生 を果たします。 2018年9月13日20時55分には、VOCALOID伝説入り 100万回再生 まで達成したすごい人です。 ユリイ・カノンさんはどんな曲を作っているの? ユリイ・カノンさんは、ロックな曲調を得意とするボカロP プロデューサー です。 スピード感があって、ボカロキャラがかなり高い声で歌う曲を作ることが多いです。 また、初投稿からボーカルにはGUMIと初音ミクを使用しています。 デュエット曲の場合はこの2人を使って曲を作っています。 「だれかの心臓になれたなら」の歌詞の意味とは? とても、命について考えさせられるような歌詞ですね。 この歌詞で、主人公の「僕」は、登場人物の「君」から心臓をもらって生きています。 だから、あのとき僕が君から心臓をもらったように、僕も誰かの心臓、つまり命になりたい。 そんな意味の歌詞です。 全ての生き物の命には、限りがあります。 だからこそ、人生も一瞬一瞬を大切にしなければならないものです。 「だれかの心臓になれたなら」の歌詞は、そのことをもう一度確認させてくれます。 この歌詞は、人によって色々な意味が考えられそうですね。 この曲を聴いて、歌詞の意味を自由に考えてみてくださいね。 「だれかの心臓になれたなら」のニコニコ動画での反響がすごい! ニコニコ動画では、動画を見ている人が感じたことを、動画の上に自由にコメントすることができます。 次の感想は、「だれかの心臓になれたなら」を見た人の感想の一部です。 メロディーが良い まず、メロディーが素晴らしいです。 一度聴いたら忘れられません。 ボカロ曲で一番好き 聴いた瞬間、高いキー歌い始めるGUMIの声に心が高まります。 ボカロ曲で一番好き、という声も頷けますよ。 神曲 「神曲」、これに尽きます。 音楽の感じ方は人それぞれかもしれません。 しかし、あの疾走感のあるメロディー、リズム感、深い歌詞は、多くの人を魅了するはずです。 Youtubeの視聴回数600万回という数字を見ても、この曲に共感した人の多さがわかります。 泣ける・共感できる・心に染みる 歌詞を味わうのも楽しいですが、一回曲を聴いてみてください、泣けますよ。 本当に。 命について再確認させてくれるような、素敵な歌詞、きれいなメロディーに共感できます。 中毒性がある 特にボカロなんて機械の声でしょ、たぶんそんなに感動しないんじゃない?と思っている方にこそ、この曲は聴いてほしいです。 正直機械音がこんなにエモいなんて思いませんでした。 食わず嫌いは本当にもったいないです。 高性能なソフトとはいえ、ボカロは人間ではありません。 一歩間違えば、気の抜けた人の声のようにもなってしまうこともあります。 そこを、ソフトを使ってこの人間らしさのあるエモさを作り上げたのは、ユリイ・カノンさんの腕前のすごさがあるからと言えます。 とにかく一度聴いてみて欲しいイチオシ曲です! TEXT カッパナスビ.

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だれかの心臓になれたなら / GUMI (sm32727744) [動画記事]

誰かの心臓になれたなら歌詞

「こんな世界」と嘆くだれかの 生きる理由になれるでしょうか これは僕が いま君に贈る 最初で最期の愛の言葉だ 街も人も歪み出した 化け物だと気付いたんだ 欲動に巣食った愚かさも 全てがこの目に映る シアトリカルに手の上で誰も彼も踊らされる 生まれた意味だって知らぬまま 形骸化した夢は錆びついてしまった 「愛をください」 きっとだれもがそう願った 「愛をください」 そっと震えた手を取って 「愛をください」 心を抉る 醜いくらいに美しい愛を 「こんな世界」と嘆くだれかの 生きる理由になれるでしょうか いつか終わると気付いた日から 死へと秒を読む心臓だ ねえ このまま雨に溺れて 藍に融けたって構わないから どうか、どうか、またあの日のように 傘を差し出し笑ってみせてよ もしも夢が覚めなければ姿を変えずにいられた? 解けた指から消える温度 血を廻らせるのはだれの思い出? 雨に濡れた廃線 煤けた病棟 並んだ送電塔 夕暮れのバス停 止まったままの観覧車 机に咲く花 君の声も 何もかも最初から無かったみたい 死にたい僕は今日も息をして 生きたい君は明日を見失って なのに どうして悲しいのだろう いずれ死するのが人間だ 永遠なんてないけど 思い通りの日々じゃないけど 脆く弱い糸に繋がれた 次の夜明けがまた訪れる どんな世界も君がいるなら 生きていたいって思えたんだよ 僕の地獄で君はいつでも絶えず鼓動する心臓だ いつしか君がくれたように 僕も だれかの心臓になれたなら ひいらぎの解釈 僕は世界を「こんな世界」と嘆く誰かの 生きる理由になれるのでしょうか? これは僕が いま君に贈る 最初で最期の愛の言葉です この曲には2人の登場人物が出てきます。 僕と君 この世界、理不尽なことばかりです。 誰もが「こんなどうしようもない世界」と思っていることでしょう。 僕は、そんなふうに「こんな世界」と嘆いている誰かの生きる理由になりたいと歌います。 この曲は「こんな世界」と嘆いている君に向けて初めて愛を込めて歌う、最期の歌なのです。 街も人も歪み出した 化け物だと気付いたんだ 欲動に巣食った愚かさも 全てがこの目に映る シアトリカルに手の上で誰も彼も踊らされる 生まれた意味だって知らぬまま 形骸化した夢は錆びついてしまった ひいらぎの解釈 街も人も歪み出して この世界は化け物だと気づいてしまったんだ 欲望のままに動いて巣食った愚かさだって 全て目に写ってしまう 演技の様に手のひらのうえで誰もが踊らされてしまっていて 生まれてきた意味だって知らないままで 形骸化した夢は錆びついてしまったんだ 君はどうして「こんな世界」だと思ってしまったのでしょうか? 僕は、君が、この世界は欲望渦巻く化け物だと気づいてしまったと言います。 たしかにこの現実世界は汚いことも多くて、化け物のような世界なのでしょう。 欲望のままに動いて、愚かさがはびこっている世界。 そんな世界の姿が嫌でも目に写ってしまう。 シアトリカル=演劇の様に手のひらの上で転がされている人々ばかり。 そんな世界じゃ、自分が生まれてきた意味だって知る由もありません。 だって、自分は欲望のままに転がされて、周りも見えていないのですから。 いつの間にか夢は形骸化してしまい、錆びついてキラキラしていたころなんて見る影もなくなってしまったのです。 だから、僕は、君が「こんな世界」だと世界を諦めてしまったのだと歌うのです。 「愛をください」 きっとだれもがそう願った 「愛をください」 そっと震えた手を取って 「愛をください」 心を抉る 醜いくらいに美しい愛を ひいらぎの解釈 このまま雨に溺れてしまって 藍色に溶けてしまったって構わないから どうかあの日の優しい君でいて 傘を差し出して笑って欲しいんだ 僕は誰かの心臓になりたいと願っています。 それはどうしてか。 「こんな世界」と嘆いている君も、昔は「こんな世界」に絶望することなく優しい君であったことがあったのです。 でも「こんな世界」で希望を無くし、優しさを失ってしまった。 僕は希望を失ってしまった君の心臓=生きる理由になって、また笑いかけて欲しいと願うのです。 雨=苦難に濡れてしまって、それに負けそうになってしまっても構わないから。 あの日のような優しい君でいて、苦難にも負けず立ち向かって笑って欲しい。 僕はそんな願いから誰かの心臓=生きる理由になりたいのです。 ひいらぎの解釈 もしも「こんな世界」に気づかずに、夢が覚めなければそのままの君だったんだろうか 手を離してしまって先から温度は消えていって 血を巡らせているのは誰の思い出なんだろう いつか笑いかけてくれた君は夢から覚めてしまって「こんな世界」に絶望してしまいます。 取ってくれた手を離したその先から君の温度は消えていってしまって、 今思い出せるこの思い出が誰のかわからなくなりそう。 君との大切な思い出すら、「こんな世界」に絶望してしまい、変わってしまった君の前では思い出せないものとなっているのです。 雨に濡れた廃線 煤けた病棟 並んだ送電塔 夕暮れのバス停 止まったままの観覧車 机に咲く花 君の声も 何もかも最初から無かったみたい ひいらぎの解釈 死にたいと願っている君を見てどうして悲しいのだろう いずれ死んじゃうのが人間なのに 永遠なんてないけれど 思い通りの日々じゃないけれど 簡単にちぎれそうな糸で繋がっている 次の夜明けがまたやってくる 僕は生きたいと思っている君が明日を見失ってしまっているのをみて憤っていました。 しかし、ここで僕は疑問に思います。 人間はいずれ死んじゃうんだから、そんなことに憤るのはおかしいと。 そう思いながらも君に生きて欲しいと願っているのです。 永遠なんてないかもしれない、思い通りに行かない日々ばかりかもしれない それでもなんとか繋がって、明日はやってくるのです。 どんな世界も君がいるなら 生きていたいって思えたんだよ 僕の地獄で君はいつでも絶えず鼓動する心臓だ.

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ユリイ・カノン cdn.snowboardermag.com だれかの心臓になれたなら

誰かの心臓になれたなら歌詞

歌詞の主人公は「君」を亡くし、恐らく亡くした事で「君」をいかに愛していたか、に気づいたのではないでしょうか? だからこそ贈る愛の言葉が、「最期」でもあるけれど「最初」でもあるのだと思います。 「君」を亡くした事で愛に気づいた主人公は、だれかに愛を与え、誰かの生きる理由になりたい、と願います。 でもそれに気付いたり、言う事は出来なくて。 そんな誰かの手を取って、「君」と同じように、でも「君」とは違う方法で愛を与えられる存在になれたなら。 そんな気持ちがひしひしと伝わってくるようです。 今を生きるという事は、刻一刻と死へと近づくという事だ、だから時間は限られている、と。 いつ終わるかはわからないけれど、それでも必ず限られている時間の中で、主人公は誰かの生きる理由になりたいと願います。 だから、「君」には笑顔でその様子を見守っていて欲しいと思うのでしょう。 この曲について、作者のユリイ・カノンさんはこのようにツイートされています。 『だれかの心臓になれたなら』は 見て分かる通りのまま追想の歌です。 そして決別の歌です。 という事を書いてます。 — ユリイ・カノン yurryCanon 誰かが誰かの生きる理由になる為には、やはりその根底には愛があるのではないかと思うのが今の私の価値観なのですが、皆様はどう思いますか?この曲を聴きながら、是非一度考えてみては如何でしょうか? リンク.

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