松方 コレクション 展。 みどころ

【開館60周年記念】「松方コレクション展」国立西洋美術館

松方 コレクション 展

01 世界に散逸した 名作の数々、夢の再会 オルセー美術館の至宝・ゴッホ《アルルの寝室》をはじめ、世界各地に散逸した松方旧蔵の名作が集結します。 修復風景 1921年に松方がモネから直接譲り受けた、代表的な連作「睡蓮」の中の1点。 元は縦2メートル、横4. 25メートルの大作で長い間所在不明でしたが、2016年にルーヴル美術館の一角で、画布の上半分が失われた状態で発見されました。 03 時代を生き抜いた コレクション、 激動のドラマがよみがえる ロンドン、パリでの松方の蒐集の足取りをたどりつつ、散逸、焼失、接収…と苦難の歴史を歩んだコレクションの数奇な運命を明らかにします。 父を追って1875年に上京、大学予備門を経て1884年(明治17年)に渡米、ラトガース大学を経てエール大学で1890年に民法の博士号を取得後、ヨーロッパを周遊しつつ帰国。 父正義の秘書官や日本火災保険株式会社副社長などを経て、1896年に30歳で神戸の川崎造船所(現・川崎重工業株式会社)の初代社長に就任。 1928年に引責辞任するまで同社を率いて発展させ、特に第一次世界大戦を背景とするストックボート(既成貨物船)販売の成功で巨額の利益を上げます。 神戸新聞社社長、神戸商会会議所会頭もつとめるなど、実業家としての活躍の一方で、3回の渡欧時期(1916年-1918年、1921-1922年、1926年)を中心に、美術館建設を目指して精力的に美術品の収集を進めました。 川崎造船所社長辞任後も、日ソ石油会社社長や衆議院議員として活躍しますが、1950年に鎌倉で死去。

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【開館60周年記念】「松方コレクション展」国立西洋美術館

松方 コレクション 展

概要 [ ] (の前身)社長を務めたの 1865 - 1950 が1916年頃からの10年余に 、、、等で収集した美術コレクションで、の・と日本のが主体である。 のやも含む。 西洋美術コレクション約3,000点については散逸・焼失した作品も多い(の項の『松方コレクション 西洋美術全作品』参照)が、このうち、フランス政府から返還された近代フランス・等370点を基礎として、1959年に・にが開設された。 特にの絵画、の(『』 など)がまとまって収集されている。 約8,000点のコレクションは、美術商のを通じて、フランスの細工師で日本美術コレクターのから買い戻したものが中心で 、一括しての所蔵となっている。 、らの名品を含む、一級のコレクションである。 収集の経過 [ ] は、を務めたの子である。 (後の)に進学するが、校内紛争に関わったかどで放校処分となる。 その後、(17年)にへ留学。 を経て、での博士号を取得し、に帰国した。 帰国後は首相となった父・松方正義の秘書を務めた後、創業者のに見込まれ、、へ改組した同造船所の初代社長に就任した。 とは同郷()の旧友であり、幸次郎の留学費用も川崎が用立てていた。 に伴う船舶需要の高まりを受け、は積極経営で業績を拡大していった。 が収集を開始したのは、(5年)3月からにかけての滞在時のことである。 はアメリカ経由での首都へ向かった。 この渡航は、川崎造船所のために貨物船の売り込みやなどの資材の買付をすることが主目的であった。 美術品収集を始めた経緯については諸説あるが、ロンドンので、興味本位で絵画を購入したことがきっかけであったという。 、松方は出身のイギリスの()と知り合った。 同世代の2人は親しい友人となり、ブラングィンは松方の美術コレクションのアドバイザーも務めた。 松方はまでのロンドン滞在中に、イギリス絵画を中心とする1,000点以上の作品を収集した。 この他、1918年にはフランスの宝石商アンリ・ヴェヴェールが持っていた浮世絵約8,000点を一括購入。 同じ年、リュクサンブール美術館館長(後に館長となる)のレオンス・ベネディットの仲介で、の代表作を一括購入している。 上記の1916年から1918年にかけての滞在を第1回目の収集旅行とすると、2回目の収集旅行は(大正10年)4月から2月にかけてで、この時はロンドンのほか、、に渡った。 この時の渡航は、の依頼で、第一次世界大戦で猛威を振るったの()のを入手するのが密かな目的だったという。 松方の名は既にコレクターとして知られており、パリのベルネーム・ジューヌやディラン・リュエル等の巡りには、1921年3月からパリに留学中でフランス語が堪能なが屡々同行した。 成瀬の宛書簡(1921・9・5付)には、「此頃松方さんが 来て方々絵を買ひに歩いてゐる。 十五六枚、四十八枚、十枚を筆頭に沢山買つた。 矢代君も一緒だ。 日本で展覧したら立派なものだらう。 世界の大抵の美術館には劣るまい。 八百枚以上の名画があるんだから」とある。 が後年『』に書いた「松方幸次郎」には「当時、私と共に松方さんについて歩いたのは、私と東大以来親しくしていたであった。 成瀬はのの息子で、やの仲間であった。 彼の当時新婚の奥さんは、川崎造船所の川崎家より来ており、従って松方さんはこの新婚の夫婦をパリで子供のように可愛がり、また成瀬は絵が好きなので、松方さんの画商めぐりにはよく私と一緒について歩き、また二人で松方さんの顔をきかせて方々の蒐集家を訪問して、いろいろ見せてもらつた。 それで自然に成瀬は松方さんに画の選択について言うことになっていたが、もともと非常に金持ちの坊っちゃんで臆面なしであり、殊に、松方さんには何でも言える間柄であったから、成瀬の意見は松方さんに通りがよく、それで私は屡々松方さんに何か言う時、成瀬に応援を頼んだ。... 彼は殊に二人の画家を推奨して已まなかった。 一人はであり、これは確かに彼の文学趣味から来ていた。... もう一つ成瀬が好きだったのはであった。... 松方さんと一緒に歩くと、頻りにクールベーを求めるので、しまいには画商の方も承知して何時行っても何かよいクールベーを見せてくれるようになった。 その中には随分いいクールベーもあったが、どの程度松方さんが買われたか、よく知らない。 しかし日本に割合に多くクールベーの佳品から、以下いろいろの程度のクールベー風の作品が入っているのは、成瀬と共に歩く松方さんが自然に多くクールベーを買われ、その結果、敏感なるパリの美術市場は日本人のお客とみれば、クールベーを出して見せたためではなかろうか。 お陰で私はよいクールベーの勉強が出来、 松方コレクションにもよい作品が入っているようである。 」とある。 松方は当時健在であったの巨匠とも直接に交渉し、作品を購入した。 画商などから購入する時も剛胆で、で「ここからここまで」と指して購入したとの逸話も伝えられる。 パリ近郊にあった邸を1921年に訪問 した際の様子は、矢代の著書『芸術のパトロン』に描写されている。 それによると、松方はモネの自邸に飾ってある自作の中から18点を選び、所望した。 モネは「自宅に飾ってあるのは自分のお気に入りの作品だが」と言いつつ、「君はそんなに私の作品が好きなのか」と言って快く譲渡してくれたという。 同じく矢代の伝えるところによれば、画商ポール・ローザンベールのところで見かけたの『』との『風のパリの女たち』の2作は希代の傑作なので、ぜひ購入するよう、矢代は松方に熱心に勧めたという。 矢代があまりしつこく勧めるので、松方は買わずに店を出てしまった。 「あの傑作の価値がわからないのか」と憤っていた矢代が、しばらくしてからの所を訪れると、『ファンゴッホの寝室』『アルジェリア風のパリの女たち』の2作とも買ってあったという。 これは、画商に手の内をみせて、絵の値段を吊り上げられないようにという、松方の計算もあったのではないかと言われている。 当時、松方は「私が自由に使える金が三千万円できた」と矢代に語ったということであり、これは現在の通貨価値に換算すれば300億円程度と推定される。 松方は(大正15年)4月から(2年)4月にかけてもヨーロッパに滞在し、コレクションを増やした。 コレクションの行方 [ ] 松方は共楽美術館というを設立する構想を持っており、が設計図を作成していた(ブラングィンが描いた共楽美術館の構想図は現在、国立西洋美術館が所蔵している )。 しかし、にの影響で川崎造船所の経営が破綻し、負債整理のため松方も私財を提供せざるを得なくなった。 そのため、日本にあったコレクションは十五銀行、藤木ビル等のとなり、売立てにより西洋美術1000点以上が散逸 してしまった(その一部が現在、(現在のアーティゾン美術館)、に収蔵されている)。 浮世絵のコレクション約8,000点は、昭和13年()にへ献上され、昭和18年()に帝室博物館(現在の東京国立博物館)へ移管された。 一方、日本国外で保管していたコレクションは散逸を免れたが、に実施された10割(の復興資金のため、買値の10割の関税、つまり買値と同額の税金がかかった)が日本移送の障害となった。 昭和初期に、的風潮が強まる中で、西洋美術のコレクションは軍部に悪印象を与えるのを恐れたこと等もあって、そのまま日本国外に保管されていた。 ロンドンで保管されていたコレクション(約900点と推測されている)はに火災で焼失してしまった。 パリにあった400点以上のコレクションはに預けられていたが (428点との説がある)、のにより、元の日置釭三郎の尽力によりパリ近郊のアボンダンにさせられた。 は免れたものの、ナチス・ドイツと同盟してであった日本は、本国を奪還したフランスにとって敵国かつ敗戦国となったため、在仏の松方コレクションは敵国財産としてフランス政府に接収されてしまった。 松方は1950年に死去するが、孫の松本健の回想によると、晩年はフランスからの返還に備えて受け取りサインを書く練習をしていたという。 返還の経緯 [ ] フランス政府に押収された松方コレクションの返還交渉はから始まった。 交渉は難航したが、のの際に、首相がフランスの外務大臣に要求し、返還されることが決まった(によれば、フランスを含むに管理されている日本の財産はそれぞれの国が没収するが、日本の占領地以外に合法的に居住していた個人の財産は例外規定により、所有者に返還されるはずであった)。 しかし、その後の交渉の中で、コレクション中、重要なやなどいくつかの作品については側が譲らず、結局、196点、素描80点、26点、63点、5点の合計370点の作品が、を建設して展示するという条件付きで日本政府に返還された。 側は「寄贈だ」と主張したため、「寄贈返還」という言葉が使われた。 返還交渉にあたったらは特に『』と『アルジェリア風のパリの女たち』を要求したが、前者の返還は認められなかった。 受入れのための美術館はにより基本設計が行われ、にとして開館した。 コレクションの研究 [ ] 松方本人や関係者がコレクションについてまとまった著作・記録をまとめることもないまま、松方が経営していた事業の破綻で、コレクションのうち西洋美術については多くを手放すこととなった。 保管場所も日欧に分かれ、コレクション全体が一堂に集められたこともない。 このため「幻のコレクション」とも呼ばれてきた。 国立西洋美術館はコレクションの調査や買戻しを現在まで続けている。 特に近年は各国のや画商が保有する作品リストと過去のがで閲覧・入手できるようになり、散逸・現存作品の所在確認が大きく進んだ。 2016年9月には松方コレクション953点分の作品リスト(絵画255点、版画554点、彫刻17点等)がロンドンで見つかったことが公表された。 リストは、松方と取引のあったロンドンの画商が遺したもので、2010年、に寄贈された文書に含まれていた。 またコレクションの一部(348点)を1920年代半ば頃に撮影したとみられるガラス乾板が、建築・文化財メディアテーク写真部門で見つかった。 現在では所在不明の作品や大きく破損した絵画も含まれている。 主な作品 [ ] 国立西洋美術館所蔵 [ ] に政府から返還された作品(370点)については、の項を参照。 なお、同美術館はこれ以外にも購入または寄贈により旧松方コレクションに由来するを所蔵している。 下記のうち、ミレイ、ロセッティ、セガンティーニの作品は、戦前に売り立てられた旧松方コレクションの作品で、購入または寄贈によって館蔵となったもの。 ドーミエ、マネ、ピサロは、松方家から寄贈されたものである。 『あひるの子』• 『愛の杯』• セガンティーニ『羊の剪毛』• 『観劇』• 『ブラン氏の像』• 『収穫』• 『』 - 60年以上所在不明となっていたが、ルーブル美術館の収蔵庫でロールに巻かれた状態(キャンパスの半分以上が失われていた)で発見され、2018年に返還された。 ブリヂストン美術館所蔵 [ ] (現在のアーティゾン美術館)には松方コレクション由来の作品が16点ある。 うち、モネ『雨のベリール』は松方家から寄贈されたもの。 『聖書あるいは物語に取材した夜の情景』(旧タイトル『ペテロの否認』)• 『オンフルールのトゥータン農場』• ピサロ『菜園』• ピサロ『ブージヴァルのセーヌ河』• マネ『自画像』• マネ『オペラ座の仮装舞踏会』• 『サン=マメス6月の朝』• 『アルジャントゥイユの洪水』• モネ『雨のベリール』• 『カーニュのテラス』• ルノワール『少女』• 『ポン=タヴェン付近の風景』• ドービニー『レ・サーブル=ドロンヌ』• ファン・デル・クロース『ライスヴェイク城』 他に、ゴーギャンとゴッホ各1点があるが、現在では疑問作とされている。 その他 [ ]• 『マネとマネ夫人の肖像』()• モネ『』() フランスに残された作品 [ ] 1959年のフランス政府による松方コレクション寄贈返還の際、フランスに留め置かれたものである。 オルセー美術館蔵• 『チーズのある静物』• ボンヴァン『鴨のある静物』• ボンヴァン『野兎のある静物』• 『フラジェの農夫たち』• 『ビール・ジョッキを持つ女』• 『シュフネッケルの家族』• ゴーギャン『扇のある静物』• ゴーギャン『ブルターニュの風景』• ゴーギャン『ヴァイルマティ』• 『ジュスティーヌ・デュールの肖像』 ルーヴル美術館(素描版画室)蔵• 『ジョルジョーネの《田舎の合奏》より』(水彩)• セザンヌ『サント・ヴィクトワール山』(水彩)• セザンヌ『調理台の上の瓶とポット』(水彩)• 『ジョット』(水彩) ポンピドゥ・センター国立近代美術館蔵• 『サン・ミシェル橋』• 『鶏』• スーティン『ページ・ボーイ』• 『読書する婦人』 参考文献 [ ]• 編「松方コレクション」- 『近代の美術』2号、至文堂、1971• 石田修大『幻の美術館 甦る松方コレクション』 丸善ライブラリー、1995• 「特集 なるか、世界遺産 国立西洋美術館のすべて」- 『』710号、新潮社、2009• 石橋財団編『西洋美術に魅せられた15人のコレクターたち』展示図録、1997• 『松方コレクション西洋美術総目録』(1990年)• 川口雅子・陳岡めぐみ編『松方コレクション 西洋美術全作品』第1巻(絵画・1207点)、、2018年7月• 川口雅子・陳岡めぐみ編『松方コレクション 西洋美術全作品』第2巻(・など約1800点)、、2019年4月 『総目録』後の調査で明らかになった約1000点の情報が加えられた。 国立西洋美術館『松方コレクション展』、2019年 コレクションについて紹介・解説した図録。 『藝術のパトロン 松方幸次郎、原三溪、大原二代、福島コレクション』新版・、2019年 脚注 [ ]• 山中商会• 矢代幸雄『芸術新潮』昭和30年1月号、岡泰正『「アルルのゴッホの寝室」、松方コレクション、眼力示す。 』および2006年11月17日『日本経済新聞』• NEXT 2016. 6「幻の松方コレクション 作品リスト 英で発見」。 国立西洋美術館ではリストの発見により、コレクションの全容がほぼ明らかになるとしている• 『読売新聞』朝刊2019年3月5日(社会面)2019年3月5日閲覧。 国立西洋美術館では、開館時から所蔵しているものを「松方コレクション」、その後購入したものや寄贈されたものは「旧松方コレクション」と呼んできた。 2017年度には、旧松方コレクション作品群197点を約9500万円で購入した。 『』2018年2月27日。 インターネットミュージアム、2018年02月26日• 作品の特定は、石田修大『幻の美術館 甦る松方コレクション』巻末の一覧表、及び『西洋美術に魅せられた15人のコレクターたち』p. 55による。 作品の特定は、石田修大『幻の美術館 甦る松方コレクション』巻末の一覧表による。 該当作品の画像は、フランス文化省のサイトで参照できる。 関連項目 [ ]• (松方コンツェルン).

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【開館60周年記念】「松方コレクション展」国立西洋美術館

松方 コレクション 展

「松方コレクション展」が、国立西洋美術館にて2019年6月11日 火 から9月23日 月・祝 まで開催される。 モネ、マネ、ゴーガンなど西洋美術の優品が勢揃い クロード・モネ《睡蓮》 1916年 油彩、カンヴァス 国立西洋美術館 松方コレクション 神戸の実業家・松方幸次郎が1910年代半ばから1920年代半ばにかけて、ロンドンやパリなどで買い集めた西洋の絵画、素描、版画、彫刻、装飾芸術品などから構成される松方コレクション。 モネやマネ、ゴーガン、ゴッホ、ロダンなど近代フランス美術の優品が含まれていることでも知られている。 戦争、焼失、売却を経て返還へ リュシアン・シモン《墓地のブルターニュの女たち》 1918年頃 水彩・グアッシュ、紙 国立西洋美術館 松方コレクション 日本で最初の西洋美術館を作るという明確な目標のもと、収集を始めた松方は、3,000点にのぼるコレクションを築く。 第一次世界大戦のさなかに収集を開始したため、戦争への眼差しが見て取れる、リュシアン・シモン《墓地のブルターニュの女たち》など、時代性を反映した作品も多数含まれていた。 ピエール=オーギュスト・ルノワール《アルジェリア風のパリの女たち ハーレム 》1872年 油彩、カンヴァス 国立西洋美術館 松方コレクション しかし、関東大震災と昭和金融恐慌のあおりを受けて美術館建設計画は頓挫。 また売却や焼失によって、集めた作品は散逸してしまう。 フランスに残っていた作品のうち375点は、戦後フランス政府から寄贈返還されるが、これらの作品を保管するために国立西洋美術館が設立された。 修復後初公開のモネ《睡蓮、柳の反映》 クロード・モネ《睡蓮、柳の反映》 1916年 油彩、カンヴァス 国立西洋美術館 旧松方コレクション 「幻のコレクション」とも称される松方コレクションだが、近年の調査によって全容が明らかに。 例えば、モネの《睡蓮、柳の反映》は長期にわたって行方不明となっていた作品だ。 2016年にルーヴル美術館で上半分が失われた状態で発見され、国立西洋美術館に寄贈された。 本展で修復後初公開となる。 松方が《睡蓮、柳の反映》と同時に購入したとされる、1916年の《睡蓮》にも注目したい。 6月11日 火 より、「松方コレクション展」会場などで発売される。 水面のきらめきを表現した、が流れる仕様のスマホケースや、ゴールドの箔プリントで額を表現したTシャツ、など、《睡蓮》の特徴を生かしたデザインのグッズを揃える。 詳細 国立西洋美術館開館60周年記念 松方コレクション展 会期:2019年6月11日 火 〜9月23日 月・祝 会場:国立西洋美術館 上野公園 住所:東京都台東区上野公園7-7 休館日:毎週月曜日、および7月16日 火 は休館。

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