お 題目 意味。 首記の意味・使い方とは?題記・標記・標題・掲題・主題との意味の違いも

題目(だいもく)とは

お 題目 意味

内藤淳 助詞「は」と「が」の研究 助詞「は」と「が」の分析 内藤 淳 作成 2000年8月31日 Abstract This report is for analyzing Japanese particles 「は」 ha and「が」 ga. It is said that it is quite difficult for foreigner to understand the difference between ha and ga. In addition, as for Japanese it is not easy to explain the difference. Therefore, I choose this as a topic of the report. First, each particle is analyzed in detail, and then given one center meaning for each of them. As for 「は」 ha , the center meaning is and「が」 ga is. Second, trying to find English prepositions that correspond to Japanese particles ga and ha ,and see their correspondence and meanings. だが、実際どのように違うのかを説明しようとするとなかなか難しいものである。 また、日本語を第二外国語として学ぶものにとっても、「は」と「が」の区別は難しいようである。 例えば、雑誌『言語』1984年8月号の「日本語学習者の声」に寄稿した留学生の記事のうち、10人中4人が「は」と「が」の習得の難しさを指摘している。 そこで、私は日本人として、二つの助詞を研究し、分析してみようと思った。 また、英語前置詞と対応する日本語助詞「は」、「が」の表現を見つけることにより、それらがどのように対応しているかを見ることにした。 「が」の用法 まず初めに、格助詞「が」の用法をまとめてみた。 主語を表す「が」 1 桜の花が咲いている。 類語研究会編 1991:1118 2 カブトムシが飛んでいる。 排他を表す「が」 3 私が毎朝掃除をしている。 類語研究会編 1991:1118• 対象を表す「が」(強調の「が」) 4 私は国語が好きです。 (小鹿良太1993:61)• 新しい話題を提示する 5 昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。 (森田良行1995:19) 1 主語を表す「が」 類語研究会編の『似た言葉使い分け辞典』には、「「が」は、主に名詞につき、その名詞が(述語の表す)動作・作用・存在・状態などの主体であることを表す」とある(類語研究会編1991:1118)。 例文 1 「桜の花が咲いている」という状態を表し、 2 ではカブトムシの動作を表している。 2 排他を表す「が」(強調の「が」) 述語が習慣的動作や、継続的状態を表すような場合には、「が」は他を排除するような意味をする(類語研究会編1991:1118)(森田良行1995:37〜40)。 例文 3 をみてみよう。 例えば誰かが、「毎朝教室を掃除してくれている人はだれですか」と聞いたとしよう。 それに対する答えが、例文 3 の「私が毎朝掃除をしています。 」ということになる。 「他の誰でもない私が」という意味で、排他的表現であり、強調的表現といえる。 これは、「私は毎朝掃除をしています。 」のなかの区別を表す「は」と区別される。 (区別の「は」については後で述べる。 ) 3 対象を表す「が」(小鹿良太1993:61) これは、排他の「が」とほとんど区別がつかない分類である。 例文 4 の「私は国語が好きです」を見てみよう。 「あなたの好きな教科はなんですか」という問いかけに対し、「国語が好きです」と答えたとしよう。 この場合、二通りの解釈の仕方がある。 まず、「他の教科は好きか嫌いかわからないが、国語が好きです。 」という国語を対象として表現した場合。 次に、「国語以外の教科は嫌いです。 」という排他的表現。 どちらかといえば、前者のほうがより一般的な表現であると思われるので、この「が」は排他的表現というよりはむしろ対象を表す「が」と捉えたほうがいいだろう。 このような解釈の違いがあるので、排他的表現と対象表現とを区別した。 4 新しい題目を提示する「が」 「〜がどうする」「〜がどんなだ」のような表現は新しいことに気づき、新たに起こることを表現する文に使われ、「題目提示」をするのに便利な表現である(森田良行1995:19)。 例文 5 を見てみよう。 これは物語の冒頭で、「おじいさんとおばあさんがいました」という題目を提供している。 このあとの文はこの題目を踏まえた「は」の文になっていく。 例えば「昔々あるところにおじいさんとおばあさんがいました」「おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に・・・」といったようになる。 このように、「が」主語は、文章の冒頭が、あるいは一時、文脈を中断して、何か別の題目に移るような状況に好んで用いられる。 この四つが、格助詞「が」の用法であるが、一つの文に一つの用法だけが当てはまるのではなく、1と3、1と4のように二つの用法が当てはまる文もある。 例文 5 で、「おじいさんとおばあさんがいました」は、主語の存在を表していると同時に新しい話題を提供している。 類語研究会編の『似た言葉使い分け辞典』には、『「が」は個別的な出来事や現象を描写する文において用いられる』とある(類語研究会編1991:1119)。 現象文とは目に映り心に響くありのままを一つの事態として言葉に乗せる方式である。 (森田良行1995:17) それでは、例文をひとつずつ見ていくことにしよう。 例文 1 「 桜の花が咲いている」と例文 2 「 カブトムシが飛んでいる」を見てみると、確かに、「桜の花が咲く」「カブトムシが飛ぶ」というxの現象を表している。 また、例文 3 「 私が毎朝掃除をしている」 4 「 私は国語が好きです」 5 「昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがいました」も同様に、それぞれ、掃除をするという現象、国語が好きという現象、いるという現象を表している。 以上格助詞「が」にひとつの定義を与えるとしたら、〈xを現象としてとらえよ〉となるだろう。 主題を表す 6 桜の花はきれいである。 他の事態との区別を表す 7 私は行きます。 (伊藤武彦ほか1993:21)• 条件を提示する 8 子供がいては何にもできない。 (日本文法大辞典:668) 1 主題を表す「は」 『日本文法大辞典』によると「は」は、「一般には、「提題の助詞」「題目の助辞」などの用語で呼ばれ、主格の「が」とその用法が区別される。 「は」は主題を提示し、陳述を導き、文末の述語に対応する」とある。 「ただし、主題として取り立てられるのは主語だけとは限らず、さまざまな事柄がその対象となる」(日本文法大辞典:668)。 例文 8 では、桜の花を主題として取り上げている。(「桜の花がきれいである」との区別は後で取り上げる)例文 8 も同様に主題を取り上げているが、これは「子供がいる」の連用形が「は」についたもので、主語とはちがうのである。 2 他の事態との区別を表す 「は」は他の事態との区別や対比を表す(日本文法大辞典:668)。 また、黒田(1965)は「「は」には、「他についてではなく、これについて断定する」という機能があるといっている(井上和子1989:159)。 「は」が主題を表すか対比を表すかは文脈によって決定されることが多い(類語研究会編1991:1119)。 例文 7 では「他の人はどうかしらないが、私は行く」という意味で、私と他人を区別した表現である。 例えば、「私が助けに行きます」という文では、「私が助けに行くのであって、他の人は行かない」という他を排除した表現となる。 先に触れたように「私は毎朝掃除をしています」という表現は「他人は知らないが、私は掃除をしている」という意味で、他人と区別した表現となる。 また、「姉は二十歳で、私は十七です。 」というように、「xは〜、yは〜」のような文型をとると対比の表現として明確になる(類語研究会編1991:1119)。 3 条件を表す「は」 「は」は条件を表す副助詞である。 (8)以外の例をあげると、「すぐにでかけなくてはならない(日本文法大辞典:668)」、「子供が病気ではお困りでしょう」などがある。 また、条件を表すものには強調の意味になるものもある。 例文 8 を「子供がいると何もできない」とも言うことができるが、「子供がいては何もできない」という表現のほうが、本当に何もできないという情景が伝わってくる。 「主題とは、ある事柄に対して話し手が何かしらの判断を下すときに、その判断の対象となる事柄をさす。 」 ということは、副助詞「は」は判断を下す文(判断文)で用いられるということになる。 よって、「xは」の操作子機能は、〈xはどうであるか判断せよ〉ということになる。 それぞれ例文を見ていこう。 (6)「桜の花はきれいである」は桜の花がどうであるかを発話者が主観的に判断した表現である。 これに対し、「桜の花がきれいである」は、桜の花がきれいという現象を表している。 さらに区別するために、「桜の花はきれいである」はどのような状況でも言うことができる。 例えば桜を目の前にしていなくても、自分の主観的な判断として、どこでもこの表現を発話することができる。 しかし、「桜の花がきれいである」は桜を目の前にしていなければ発話することのできない表現であり、その意味で、現象を表したものといえる。 例文 7 は「私は行きます」という私の判断を表している点で、判断文といえる。 例文(8)も「子供がいる」という事に対して「仕事ができない」という判断をくだした表現である。 以上、副助詞の「は」の操作子機能は〈xはどうであるか判断せよ〉になる。 が は 品詞 格助詞 副助詞 意味• 主語を表す• 排他を表す• 対象を表す(強調の「が」• 新しい話題を提示する• 主題を表す• 他の事態との区別を表す• 9 a. I only know him by name. (グローバル英和辞典1994:238) b 彼の名前だけは知っている。 ibid 10 a. That's okay by me. (グローバル英和辞典1994:238) b. 私はそれで結構です。 ibid まず、上で示した操作子機能がこれらの文にも通用するかという点では、十分通用するだろう。 9 bは、「彼の名前はどうであるか」ということに対し、「知っている」という判断が下されている。 10 bに関しても、同様に、「私に関しては、それで結構」という判断文となっている。 次に、助詞そのものの意味についてだが、基準・限定のbyに関していえば、その固有の意味を内蔵していると思われる。 すなわち、「名前だけは」の文は「名前だけに関していえば」と言いかえる事ができ、この場合での助詞「は」は「に関していえば」という意味を持っている。 また、例文 10 bも同様に「私に関していえばそれで結構です。 」ということができる。 最後に、「は」の判断するという操作子機能を持った上で、「に関していえば」という意味が成り立つのかという質問に対しても、成り立つといえる。 例えば、「私はそれで結構です。 」を操作子機能と助詞の意味をあわせて表現すると、「私に関していえば、それで結構だと判断します。 」ということができる。 よって、英語前置詞の基準・限定表現のbyは、日本語助詞「は」に対応し、操作子機能とともにその助詞固有の意味も有するといえる。 2 「が」と意味上の主語を導くfor 日本語の「が」と対応する英語前置詞を見つけることは難しいが、そのなかで、意味上の主語を導くforが対応すると思われる。 これは、forの後の名詞 代名詞 が、それに続く不定詞の意味上の主語になる(グローバル英和辞典1994:676)ということである。 11 a Nothing would please me more than for you to pass the exam. b 君が試験に合格する以上に私を喜ばせることはないだろう。 12 a For him to be so upset, something must have happened. b 彼があんなにうろたえているからには何かあったに違いない。 まず、この文にも操作子機能が当てはまるのか、という事に関していえば、当てはまるといえる。 「が」の操作子機能は「Xを現象としてとらえよ」ということであるが、 11 bを見てみると、「君が試験に合格するという現象以上に私を喜ばせることはないだろう」という事ができる 12 bに関しても「彼があんなにうろたえている現象からすると、何かあったに違いない」ということになる。 次に、助詞固有の意味が内蔵されているかという点に関しては、内蔵されていないという見方をしたい。 これは、この二つの文の「が」が操作子機能によってのみ説明されるからである。 この「が」が基準・限定の「は」のように別の言い方で言い換えられない点からも説明がつく。 「は」には操作子機能と助詞固有の意味が両方共起した訳を作ることができたが、この場合の「が」ではそうすることができないのである。 以上、助詞「が」は英語前置詞の意味上の主語を導くforに対応し、操作子機能のみを有する。 それぞれの操作子機能が全ての「は」と「が」の表現に当てはまるとは限らないが、一般的に「は」は判断文で用いられ、「が」は「現象文」で用いられるということである。 また、それぞれに対応する英語前置詞は、「は」が基準・限定表現のby、「が」は意味上の主語を導くforである。 そして、この意味での日本語助詞「は」は、操作子機能とともにその助詞固有の意味も有し、「が」は操作子機能のみを有するといえる。 小鹿良太(1993)『国文法の達人』文英堂• 松本洋介(1994)『新総合国語便覧』第一学習者• 西尾実ほか(1992)『岩波国語辞典第4版』岩波書店• 江副隆秀(1987)『外国人に教える日本語文法入門』創拓社• 森田良行(1995)『日本語の視点』創拓社• 伊藤武彦ほか(1993)『文の理解にはたす助詞の働き』風間書房• 中右実(1997)『空間と移動の表現』研究社出版• 類語研究会編(1991)『似た言葉使い分け辞典』 創拓社• 富樫文夫(1996)『定期テスト満点BON!中学国語文法』学研• 木原研三(1994)『新グローバル英和辞典』三省堂• 中島文雄(1987)『日本語の構造』岩波書店• 井上和子(1989)『日本文法小事典』大修館書店• 『日本文法大辞典』明治書院.

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首記の意味とは? 首記とは「冒頭に記されたもの」を意味する語 首記の意味は「文書や掲示の冒頭に記してあること」です。 「首」は一般的に「体の部位(頭と胴体の間の部分)」の意味で用いられますが、二足歩行生物において最も上の位置にある頭と近い部位のために「長・かしら」や「物事の始め・最初・先・前・第一」などの意味もあります。 また、頭は昔から大事な部分であるという認識がありました。 その頭を胴体と繋げて支えていることから「要」の意味もあります。 首記の読み方は「しゅき」 首記の読み方は「しゅき」です。 「首」と言えば「くび」ですが、首記の形になる際は「首相・首席・首尾」の時のように「しゅ」と読みます。 「記」の方は一般的に、「しるす」よりも「記号・記帳・簿記」などの形で「き」の読みをすることが多いため首記の時にも読み間違いは少ないとされます。 「件」は「あることに対する事項」を表し、「ご回答願います」は「答えてほしい」ことを表す表現なので、この使い方・例文の意味は「文書や掲示の最初に書かれていることについて答えてほしい」になります。 「首記の件につきましてご相談があります」や「首記の件につきましてご確認の程よろしくお願い申し上げます」の文で用いられることがある使い方で、「つきまして」には「前の内容に基づき話題を次に運ぶ接続詞的な意味」があります。 ここで言う「とおり」には「それと同じ状態や方法であること(前述のままであること)」の意味があるため、「首記のとおり」は「最初に書きつけた内容と同じである」ことを表しています。 「首記のとおり進めてまいります」などの文で使います。 題記・標記・標題・掲題・主題の意味とは? 「題記」の意味 題記(だいき)の意味は「文書のタイトルや電子メールの件名など」で、それらを指す時に使います。 しかし、文書のタイトルや電子メールの件名などを指す時には「首記」や「標記」などを使うこともあります。 また、題記は辞書によっては記載されていない点から首記や標記よりも一般的ではない印象です。 ビジネスシーンなどで気を付けたい、メールの件名のマナーについて知りたい方は以下の記事をおすすめします。 現代ではメールという残る形でやり取りをすることが基本のため、マナーについて学んでおくことはためになるでしょう。 また、メールでは表情や口調のニュアンスが伝わりにくいので表現にはマナーと工夫を要します。 「標記」の意味 標記(ひょうき)の意味は「目印として記すこと、または記した目印」と「標題として書くこと、または書いた題」の2つです。 「標」には「目印」の意味があるため、標記の漢字には「目印を記す」の意味があります。 前者の「目印として記す・記した目印」の意味は、そういった漢字が持つ意味に由来します。 後者の意味「標題として書くこと」の「標題」は首記の類語としきて後ほど登場しますが、本のタイトルや講義・演説・演劇の題目を意味する言葉です。 つまり、後者の意味で用いられた標記が表すのは「本のタイトルや講義または演劇などの題目を書くこと」になります。 「目印を記す」から「目立つ所に書く」連想が生じ、それが後者の意味になったと考えられます。 「表記」の意味 「表記(ひょうき)」の意味は「表に書き記すこと、または表に書き記した文字」と「文字や記号で書き記すこと」の2つです。 前者の意味は言い換えれば「表書き・表書きした文字」で、表記の漢字そのままの意味とされます。 後者の意味には「表」の要素が無く、「ただ文字や記号を書き記す行為」を表します。 どこに書くという要素が無いため、場所を問わず文字や記号を書き記した行為を表す時の意味です。 同音語「標記」とは意味が異なるため、混同したり間違えて書いたりしないよう気を付けましょう。 「標題」の意味 「標題(ひょうだい)」の意味は、「本の表紙に書かれている本の名」「講義や演説などの題目」「演劇などの題目」の3つです。 標題については標記の項目で少し触れましたが、意味は本・講義や演説(口頭で説明や意見を述べる行動)・演劇(脚本に従って表現する行動)の3つに分かれています。 表に書かれる本の名や講義・演劇などの題目は、はじめに示されるものです。 使用する状況は異なる場合も多いとされますが、「はじめに示される」という点で首記と似た言葉だと言われています。 「掲題」の意味 「掲題(けいだい)」の意味は「題として掲げること、または掲げられた題」です。 ここで言う「掲げる」というのは「示す(明らかに分かるように見せる)」の意味を持つため、掲題は「題を分かりやすく見せる・分かりやすく見せた題」を表す時に使います。 首記は「冒頭に記されたこと」を意味するので掲題とは使う場面が違うこともありますが、「掲げられた題」は「タイトル」のように基本的に「はじめに示されるもの」であります。 そういったことから首記を掲題と言い換えたり、掲題を首記と言い換えられる場合もあります。 意味は異なりますが、状況により似るということです。 「主題」の意味 「主題(しゅだい)」の意味は、「中心となる題目」「文章・談話・研究などで中心となる問題」「芸術作品において作者が表そうとする基本的な思想内容」「楽曲において中心になる楽想を端的に表現しながら全体の発展の基礎になる音楽的素材」の4つです。 意味が多い上に説明が長いものもあるため掴みにくい感じですが、英語に言い換えると少し分かりやすくなります。 まず「中心となる題目」の意味は英語に言い換えると「タイトル」になりますが、他の3つの意味は「テーマ」という英語が当てられます。 タイトルは「表題や見出し」のことで、テーマは「創作や議論の根本的意図や題目や中心の課題」のことを言います。 そのため、表に示す題を表す「中心となる題目」の意味は「タイトル」となり、中心となる問題を表す意味と創作の類である芸術作品や音楽の意味は「テーマ」になるのです。 首記と同じ意味で使える言葉は? タイトルや件名を指す「題記」 文書のタイトルや電子メールの件名などを表すために首記を使う場合は、「題記」が同じ意味になります。 首記は「冒頭に記されたこと」を表す言葉なのでタイトルや件名以外にも使えますが、題記は「文書のタイトルや電子メールの件名などを指す」言葉なのでうってつけとも言えます。 題に掲げるを意味する「掲題」 題を表すために首記を使う場合は、「題として掲げること」や「掲げられた題」を意味する「掲題」を同じように使うことができます。 題ははじめに記すものなので、何かの題を「冒頭に記したもの(首記)」として表す時もあります。 時と場合によって首記と掲題を使い分けましょう。 表題や主旨を意味する「主題」 はじめに示されることになる表題や主旨を表す時に首記を使う場合には、「主題」が同じ意味になります。 主題には4つの意味があり、それらは「タイトル」と「テーマ」に分けることができました。 首記と同じ意味で使う際、主題は「タイトル(中心となる題目の意味)」の意味になります。 最初の題目を意味する「首題」 首記と似た言葉に「首題(しゅだい)」というものがあり、これは「手紙や通達書などのはじめに書いてあること(最初の題目)」や「経典のはじめに書かれた文句」の意味を持ちます。 前者の意味が首記や題記とよく似ています。 しかし首題は題記のように「タイトルや件名」だけではなく、「文書のタイトル・メールの件名・文中の冒頭に書いたもの」といった最初の方に書いた内容であれば何でも表せます。 その点は首記と同じであり、これまでにご紹介した言葉の中で最も首記に近いものだと言えます。 似た意味の言葉と使い分けて首記を正しく使おう! 首記の意味は「冒頭に記されていること」であり、「首記の件について(はじめに記されていることについて)」の形でよく用いられます。 題記・主題・標題など似た意味を持つ言葉もたくさんありますが、それぞれに違いがあります。 しかし場合によって首記と同じ意味で使える時があるため、その使い分けも意識してみると表現の幅が広がると共に伝えたい内容に適切な言葉選びができるようになります。 時と場合に合わせて、首記と似た言葉たちを使い分けてみましょう。

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南無妙法蓮華経

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内藤淳 助詞「は」と「が」の研究 助詞「は」と「が」の分析 内藤 淳 作成 2000年8月31日 Abstract This report is for analyzing Japanese particles 「は」 ha and「が」 ga. It is said that it is quite difficult for foreigner to understand the difference between ha and ga. In addition, as for Japanese it is not easy to explain the difference. Therefore, I choose this as a topic of the report. First, each particle is analyzed in detail, and then given one center meaning for each of them. As for 「は」 ha , the center meaning is and「が」 ga is. Second, trying to find English prepositions that correspond to Japanese particles ga and ha ,and see their correspondence and meanings. だが、実際どのように違うのかを説明しようとするとなかなか難しいものである。 また、日本語を第二外国語として学ぶものにとっても、「は」と「が」の区別は難しいようである。 例えば、雑誌『言語』1984年8月号の「日本語学習者の声」に寄稿した留学生の記事のうち、10人中4人が「は」と「が」の習得の難しさを指摘している。 そこで、私は日本人として、二つの助詞を研究し、分析してみようと思った。 また、英語前置詞と対応する日本語助詞「は」、「が」の表現を見つけることにより、それらがどのように対応しているかを見ることにした。 「が」の用法 まず初めに、格助詞「が」の用法をまとめてみた。 主語を表す「が」 1 桜の花が咲いている。 類語研究会編 1991:1118 2 カブトムシが飛んでいる。 排他を表す「が」 3 私が毎朝掃除をしている。 類語研究会編 1991:1118• 対象を表す「が」(強調の「が」) 4 私は国語が好きです。 (小鹿良太1993:61)• 新しい話題を提示する 5 昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。 (森田良行1995:19) 1 主語を表す「が」 類語研究会編の『似た言葉使い分け辞典』には、「「が」は、主に名詞につき、その名詞が(述語の表す)動作・作用・存在・状態などの主体であることを表す」とある(類語研究会編1991:1118)。 例文 1 「桜の花が咲いている」という状態を表し、 2 ではカブトムシの動作を表している。 2 排他を表す「が」(強調の「が」) 述語が習慣的動作や、継続的状態を表すような場合には、「が」は他を排除するような意味をする(類語研究会編1991:1118)(森田良行1995:37〜40)。 例文 3 をみてみよう。 例えば誰かが、「毎朝教室を掃除してくれている人はだれですか」と聞いたとしよう。 それに対する答えが、例文 3 の「私が毎朝掃除をしています。 」ということになる。 「他の誰でもない私が」という意味で、排他的表現であり、強調的表現といえる。 これは、「私は毎朝掃除をしています。 」のなかの区別を表す「は」と区別される。 (区別の「は」については後で述べる。 ) 3 対象を表す「が」(小鹿良太1993:61) これは、排他の「が」とほとんど区別がつかない分類である。 例文 4 の「私は国語が好きです」を見てみよう。 「あなたの好きな教科はなんですか」という問いかけに対し、「国語が好きです」と答えたとしよう。 この場合、二通りの解釈の仕方がある。 まず、「他の教科は好きか嫌いかわからないが、国語が好きです。 」という国語を対象として表現した場合。 次に、「国語以外の教科は嫌いです。 」という排他的表現。 どちらかといえば、前者のほうがより一般的な表現であると思われるので、この「が」は排他的表現というよりはむしろ対象を表す「が」と捉えたほうがいいだろう。 このような解釈の違いがあるので、排他的表現と対象表現とを区別した。 4 新しい題目を提示する「が」 「〜がどうする」「〜がどんなだ」のような表現は新しいことに気づき、新たに起こることを表現する文に使われ、「題目提示」をするのに便利な表現である(森田良行1995:19)。 例文 5 を見てみよう。 これは物語の冒頭で、「おじいさんとおばあさんがいました」という題目を提供している。 このあとの文はこの題目を踏まえた「は」の文になっていく。 例えば「昔々あるところにおじいさんとおばあさんがいました」「おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に・・・」といったようになる。 このように、「が」主語は、文章の冒頭が、あるいは一時、文脈を中断して、何か別の題目に移るような状況に好んで用いられる。 この四つが、格助詞「が」の用法であるが、一つの文に一つの用法だけが当てはまるのではなく、1と3、1と4のように二つの用法が当てはまる文もある。 例文 5 で、「おじいさんとおばあさんがいました」は、主語の存在を表していると同時に新しい話題を提供している。 類語研究会編の『似た言葉使い分け辞典』には、『「が」は個別的な出来事や現象を描写する文において用いられる』とある(類語研究会編1991:1119)。 現象文とは目に映り心に響くありのままを一つの事態として言葉に乗せる方式である。 (森田良行1995:17) それでは、例文をひとつずつ見ていくことにしよう。 例文 1 「 桜の花が咲いている」と例文 2 「 カブトムシが飛んでいる」を見てみると、確かに、「桜の花が咲く」「カブトムシが飛ぶ」というxの現象を表している。 また、例文 3 「 私が毎朝掃除をしている」 4 「 私は国語が好きです」 5 「昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがいました」も同様に、それぞれ、掃除をするという現象、国語が好きという現象、いるという現象を表している。 以上格助詞「が」にひとつの定義を与えるとしたら、〈xを現象としてとらえよ〉となるだろう。 主題を表す 6 桜の花はきれいである。 他の事態との区別を表す 7 私は行きます。 (伊藤武彦ほか1993:21)• 条件を提示する 8 子供がいては何にもできない。 (日本文法大辞典:668) 1 主題を表す「は」 『日本文法大辞典』によると「は」は、「一般には、「提題の助詞」「題目の助辞」などの用語で呼ばれ、主格の「が」とその用法が区別される。 「は」は主題を提示し、陳述を導き、文末の述語に対応する」とある。 「ただし、主題として取り立てられるのは主語だけとは限らず、さまざまな事柄がその対象となる」(日本文法大辞典:668)。 例文 8 では、桜の花を主題として取り上げている。(「桜の花がきれいである」との区別は後で取り上げる)例文 8 も同様に主題を取り上げているが、これは「子供がいる」の連用形が「は」についたもので、主語とはちがうのである。 2 他の事態との区別を表す 「は」は他の事態との区別や対比を表す(日本文法大辞典:668)。 また、黒田(1965)は「「は」には、「他についてではなく、これについて断定する」という機能があるといっている(井上和子1989:159)。 「は」が主題を表すか対比を表すかは文脈によって決定されることが多い(類語研究会編1991:1119)。 例文 7 では「他の人はどうかしらないが、私は行く」という意味で、私と他人を区別した表現である。 例えば、「私が助けに行きます」という文では、「私が助けに行くのであって、他の人は行かない」という他を排除した表現となる。 先に触れたように「私は毎朝掃除をしています」という表現は「他人は知らないが、私は掃除をしている」という意味で、他人と区別した表現となる。 また、「姉は二十歳で、私は十七です。 」というように、「xは〜、yは〜」のような文型をとると対比の表現として明確になる(類語研究会編1991:1119)。 3 条件を表す「は」 「は」は条件を表す副助詞である。 (8)以外の例をあげると、「すぐにでかけなくてはならない(日本文法大辞典:668)」、「子供が病気ではお困りでしょう」などがある。 また、条件を表すものには強調の意味になるものもある。 例文 8 を「子供がいると何もできない」とも言うことができるが、「子供がいては何もできない」という表現のほうが、本当に何もできないという情景が伝わってくる。 「主題とは、ある事柄に対して話し手が何かしらの判断を下すときに、その判断の対象となる事柄をさす。 」 ということは、副助詞「は」は判断を下す文(判断文)で用いられるということになる。 よって、「xは」の操作子機能は、〈xはどうであるか判断せよ〉ということになる。 それぞれ例文を見ていこう。 (6)「桜の花はきれいである」は桜の花がどうであるかを発話者が主観的に判断した表現である。 これに対し、「桜の花がきれいである」は、桜の花がきれいという現象を表している。 さらに区別するために、「桜の花はきれいである」はどのような状況でも言うことができる。 例えば桜を目の前にしていなくても、自分の主観的な判断として、どこでもこの表現を発話することができる。 しかし、「桜の花がきれいである」は桜を目の前にしていなければ発話することのできない表現であり、その意味で、現象を表したものといえる。 例文 7 は「私は行きます」という私の判断を表している点で、判断文といえる。 例文(8)も「子供がいる」という事に対して「仕事ができない」という判断をくだした表現である。 以上、副助詞の「は」の操作子機能は〈xはどうであるか判断せよ〉になる。 が は 品詞 格助詞 副助詞 意味• 主語を表す• 排他を表す• 対象を表す(強調の「が」• 新しい話題を提示する• 主題を表す• 他の事態との区別を表す• 9 a. I only know him by name. (グローバル英和辞典1994:238) b 彼の名前だけは知っている。 ibid 10 a. That's okay by me. (グローバル英和辞典1994:238) b. 私はそれで結構です。 ibid まず、上で示した操作子機能がこれらの文にも通用するかという点では、十分通用するだろう。 9 bは、「彼の名前はどうであるか」ということに対し、「知っている」という判断が下されている。 10 bに関しても、同様に、「私に関しては、それで結構」という判断文となっている。 次に、助詞そのものの意味についてだが、基準・限定のbyに関していえば、その固有の意味を内蔵していると思われる。 すなわち、「名前だけは」の文は「名前だけに関していえば」と言いかえる事ができ、この場合での助詞「は」は「に関していえば」という意味を持っている。 また、例文 10 bも同様に「私に関していえばそれで結構です。 」ということができる。 最後に、「は」の判断するという操作子機能を持った上で、「に関していえば」という意味が成り立つのかという質問に対しても、成り立つといえる。 例えば、「私はそれで結構です。 」を操作子機能と助詞の意味をあわせて表現すると、「私に関していえば、それで結構だと判断します。 」ということができる。 よって、英語前置詞の基準・限定表現のbyは、日本語助詞「は」に対応し、操作子機能とともにその助詞固有の意味も有するといえる。 2 「が」と意味上の主語を導くfor 日本語の「が」と対応する英語前置詞を見つけることは難しいが、そのなかで、意味上の主語を導くforが対応すると思われる。 これは、forの後の名詞 代名詞 が、それに続く不定詞の意味上の主語になる(グローバル英和辞典1994:676)ということである。 11 a Nothing would please me more than for you to pass the exam. b 君が試験に合格する以上に私を喜ばせることはないだろう。 12 a For him to be so upset, something must have happened. b 彼があんなにうろたえているからには何かあったに違いない。 まず、この文にも操作子機能が当てはまるのか、という事に関していえば、当てはまるといえる。 「が」の操作子機能は「Xを現象としてとらえよ」ということであるが、 11 bを見てみると、「君が試験に合格するという現象以上に私を喜ばせることはないだろう」という事ができる 12 bに関しても「彼があんなにうろたえている現象からすると、何かあったに違いない」ということになる。 次に、助詞固有の意味が内蔵されているかという点に関しては、内蔵されていないという見方をしたい。 これは、この二つの文の「が」が操作子機能によってのみ説明されるからである。 この「が」が基準・限定の「は」のように別の言い方で言い換えられない点からも説明がつく。 「は」には操作子機能と助詞固有の意味が両方共起した訳を作ることができたが、この場合の「が」ではそうすることができないのである。 以上、助詞「が」は英語前置詞の意味上の主語を導くforに対応し、操作子機能のみを有する。 それぞれの操作子機能が全ての「は」と「が」の表現に当てはまるとは限らないが、一般的に「は」は判断文で用いられ、「が」は「現象文」で用いられるということである。 また、それぞれに対応する英語前置詞は、「は」が基準・限定表現のby、「が」は意味上の主語を導くforである。 そして、この意味での日本語助詞「は」は、操作子機能とともにその助詞固有の意味も有し、「が」は操作子機能のみを有するといえる。 小鹿良太(1993)『国文法の達人』文英堂• 松本洋介(1994)『新総合国語便覧』第一学習者• 西尾実ほか(1992)『岩波国語辞典第4版』岩波書店• 江副隆秀(1987)『外国人に教える日本語文法入門』創拓社• 森田良行(1995)『日本語の視点』創拓社• 伊藤武彦ほか(1993)『文の理解にはたす助詞の働き』風間書房• 中右実(1997)『空間と移動の表現』研究社出版• 類語研究会編(1991)『似た言葉使い分け辞典』 創拓社• 富樫文夫(1996)『定期テスト満点BON!中学国語文法』学研• 木原研三(1994)『新グローバル英和辞典』三省堂• 中島文雄(1987)『日本語の構造』岩波書店• 井上和子(1989)『日本文法小事典』大修館書店• 『日本文法大辞典』明治書院.

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